第13話 抹茶金時
楓が久保田君をキッと睨む。久保田君は『悪りぃ、悪りぃ』と、全然悪ぶらずに店の奥にあるテーブル席に座った。
「佐伯さん。こっちに座りなよ。」
久保田君が自分の前の席を示すので、私はそこに座った。
「お冷やです。」
楓が水の入ったグラスをテーブルに置く。
「ご注文は?」
楓のテンションが低い。機嫌が悪いのがヒシヒシと伝わってくる。
「俺はアイスコーヒー。」
「私は…そうねぇ。楓、おすすめとかある?」
「季節限定ならカキ氷とかあるわ。」
私はメニューを見た。季節限定としてカキ氷が載っているページを開く。
「これにする。抹茶金時で。」
「畏まりました。」
楓が厨房へと入っていった。
「ねえ、久保田君。」
「ん?」
「楓はここでアルバイトしてるの?」
「ああ。」
「いつから?慣れてるところを見ると昨日、今日とかじゃないよね。」
「四月からだ。」
「全然知らなかった。楓、何も言ってくれなかったし。」
「知られたくなかったんだろな。」
「友達なのに?」
「友達だからかもな。」
久保田君の物言いに少しイラッときた。
「そうだとして、それなら何故、今日、私を連れてきたの?」
「知っておいて欲しかったから…かな?」
「なんで疑問形?」
「正直、俺も何故だかわからん。佐伯さんを連れてくるのが正解の様な気がしただけだ。」
「お待たせしました。」
楓が注文したアイスコーヒーと抹茶金時を持ってきた。
「アイスコーヒーになります。こちら抹茶金時になります。紀夫はブラックのままで良かったのよね?」
久保田君はコクリと頷いた。
口調は業務的だけど、先程の様な怒気は消えている。
「ねえ、楓。」
「なにかしら?追加の注文?」
「違うよ。その…あの…なんでアルバイトしてる事を黙ってたの?」
「えっと…恥ずかしいから?かしらね。」
「嘘だ。何か隠してない?」
「え?えっと…」
楓の目が泳いでいる。やっぱり何かを隠してるんだと確信した。
「佐伯さん。楓の仕事の邪魔になるからその辺で。」
「邪魔になってないと思うよ?私達以外にお客さん、居ないし。」
カランカラン
ドアチャイムが鳴り来客を告げた。
「いらっしゃいませ。」
楓は新しく来た客を席に案内している。なんてタイミングの良い客だろう。さっきまで私達だけだったのに。
「早く食べないと氷が溶けるぞ。」
久保田君に注意されるまで、すっかりカキ氷の事を忘れていた。私はスプーンを持つと抹茶金時に差し込む。
シャクシャク
パクッ
……キーーーン
あ、頭にきます!私がカキ氷を口に含んで頭キーンに顔を歪めていると、久保田君が真顔で言ってきた。
「もしかして佐伯さんってさ。」
「はい?」
「冷たい物食べると…」
「うん、そうなの。」
「歯茎に染みるのか?歯周病は怖いから歯医者行けよ?」
「ち、違うよ〜!私のはアイスクリーム頭痛です!」
キッと睨むと久保田君は『ゴメン、ゴメン』と平謝りした。
「でもさ、俺。そのアイスクリーム頭痛って言うの?それになった事が無いんだよな。」
「えー、いいなぁ。羨ましい。私はアイスとかカキ氷を食べると、いつもキーンってなるよ。これ、地味にきついんだよね。」
「だったらカキ氷を頼まなければいいんじゃね?」
「だってね、好きなんだもん。カキ氷。ほら、カキ氷食べると夏が来たなって気になるでしょ?」
「いや、全くならない。」
「か〜!久保田君って『侘び寂び』を理解してないなぁ。」
「いや、そんなに大袈裟な事なのか?」
そう言われると、確かに大袈裟かもしれない。
「とにかく!どんなにキーンが訪れようとも、夏とカキ氷の組み合わせは絶対無比なんです!」
「ふーん…」
「あ、今の対応。めんどくせって感じだったでしょ。」
「イヤ、ソンナコトナイゾ?」
「もー!久保田君もカキ氷を食べて夏を感じて下さい!」
私はスプーンにカキ氷を掬った。
「はい。口を開けて!」
「へっ?」
「いいから、口を開ける!」
「あ、ああ…まあ、佐伯さんが気にしないのならいいか…」
久保田君が呆気にとられつつ、渋々と口を開けた。私はスプーンを久保田君の口に差し込み、口が閉じられたタイミングでスッとスプーンを抜く。
「どう?」
「どうって?」
「夏を感じた?」
「あー…普通に抹茶金時?ちなみにキーンはこなかった。」
「おかしいですね。」
私はカキ氷をスプーンで掬い、パクッと口に入れる。
キーーーン!
くー!こめかみから頭にくる、なんとも言えない痛み。夏ですね…
「貴子。ちょっといいかしら?」
楓が私達のテーブルに来て、声をかけてくる。笑顔だけど目が笑ってない。
「どうしたの?楓。」
「言いにくいんだけど…」
「なに?私と楓の仲に遠慮は要らないよ?」
「じゃあ言うわね。カキ氷を『あーん』と食べさせるとか、なにバカップルしてるの?」
ボンッ!!
私の顔が一気に熱くなり、心臓がドッキンドッキンと鼓動が激しくなる。耳から『ピーーッ』と煙が出てないだろうか?
私、久保田君と間接ちっす…しちゃった…
「紀夫も紀夫よ。貴方、わかってたのでしょ?断固として断りなさいよ!」
「いや、佐伯さんが気にしてなさそうだったし。佐伯さんのなら別にいいかって。」
久保田君、それ以上は言わないで。超絶恥ずかしいから!
恥ずかしい以上に久保田君の事、意識しちゃうから…
私がワタワタしているのを見て、楓はお得意の溜息を盛大に吐いていた。
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(`-ω-)y─ 〜oΟ