第12話 夏期講習
夏休みに入った。
私はまだ一年生だから、大学受験に対して切羽詰まる事はない。かと言って、余裕をかましていると痛い目に合う事も確かで。
頭脳に恵まれたのか、普段は学校の授業と予習・復習で学力は事足りている。なので塾に通う事はしていない。
逆に塾に行かない事を心配しているのがお母さん。夏休み中の短期集中講座だけでも受講しなさいと半ば強制的に申し込みをさせられ、お弁当持参で朝九時から夕方四時半まで塾の建物に缶詰めの生活がスタートした。この生活は七月末まで続く。
初日の今日。塾の教室に入ると既に五十人くらいが席に座っていた。見渡すと同じ高校の生徒の顔が複数人ほど見受けられた。が、全員が学校で違うクラスなので接点が無い。私から話しかける事もないかな?と考えて、空いている席に座った。
「佐伯さん。」
「ひ!ひゃい!!」
突然、後ろの席から私の名前を呼ばれて、私は声がひっくり返ってしまった。ギギギ…と油の切れた機械の様に振り返ると、そこには久保田君の顔があった。
私は顔が熱くなってきたのを自覚する。
「く…久保田君!」
「なにをテンパってんの?」
「別にテンパってないよ?ただ…」
「ただ?」
久保田君はにこやかな顔をして、視線を私に向ける。
私は久保田を見て先日のレジャープールの一件を思い出すと、顔を背けたくなった。だが、私の意思とは関係なく視線は久保田君にロックオンされている様だ。
思い出すとお腹の具合もおかしくなってくる。別に下痢とかの類ではない。こう、何というか…お腹の芯。子宮あたりが変に疼く感じがする。
「ううん。何もない。それよりもさ。ここに久保田君がいて、楓がいないというのが不思議。」
「ああ、楓か。アイツは塾とか参加しないよ。」
「勉強ができるから?」
「それを言うなら君もそうだろ?」
「私の場合は、母親が塾に行けってうるさいから。家でゴロゴロされると鬱陶しいんだろうけど。どこぞの休日のリーマンオヤジ扱い的な?」
私があははと愛想笑いをすると、久保田君はフンと鼻で笑った気がした。
「佐伯さんは恵まれてるな。ま、俺もどっちかと言うと、君の部類なんだろうけど。」
「それ、どう言う事?」
「すまん、言い過ぎた。この話はここまでにしよう。」
久保田君が会話を強制終了した。何か言えない事でもあるのかな?と思うが、これ以上は聞けない。
ちょうど講師が来たので私は前を向いた。
「佐伯さんの髪。後ろから見るとつくづく思う。綺麗だよなぁ。」
カァーーーー
久保田君が私の髪を褒めてる。耳の先まで熱くなってきた。
講義は始まってるのに、講師の言っている事がよく聞こえないよ。
舞い上がった状態のまま、90分の1コマ目が終わってしまった。
休憩時間に深呼吸をしてリラックスする。よし、だいぶんと落ち着いてきた。
久保田君は2コマ目の講座を受講していないらしく、自習室で勉強すると言って出ていった。次は4コマ目を受講するそうだ。私は全ての講座を申し込んでいたので、一日中講義を受ける予定だ。
3コマ目が終わり、久保田君がやってきたが、私の周りの席は埋まっていて、離れた席に座った。
安心するやら、残念やら複雑な気持ちになるのは何でだろう。
4コマ目も終わり帰る準備をしていると、久保田君がやってきた。
「佐伯さん。この後は帰るだけ?」
「ええ。帰ってのんびりするつもり。」
「良かった俺と付き合ってくれないか?」
心臓がドクンと跳ねた。久保田君がそういう意味で言ったのではないと、わかりつつ…
「う…うぇい…」
「うぇい?」
また変な返事してしまった!
「ち…違うの。はい!大丈夫だよ。ほら、通常運転だから?ね?」
「通常運転?あはは。佐伯さんって、面白いよな。」
「なんか、すみません…」
なんで会話がスムーズにいかないんだろう。凹んでしまう…
「で、付き合ってくれるの?」
「は、はい。お付き合いさせて下さい!」
「え?」
しまった!返事を間違えてしまった。久保田君が引いてる。
「へ、変な意味じゃなくて…この後、どこかへ行くんだよね?うん、いいよ。」
「うん。じゃあ、行こう。」
なんとか正解を答えられた様で安堵した。
塾の建物を出て十五分ほど歩く。私達は、駅前の繁華街に来ていた。
「こっちだ。」
久保田君は大通りから路地を一本抜けて裏通りへと入る。
「ここだよ。」
久保田君が示すのは、外装が古ぼけた喫茶店だった
久保田君がドアを開ける。カランカランとドアの上に取り付けられたドアチャイムが鳴った。
後について入ると、そこはテレビの再放送で観たドラマに出てくる様な内装。昭和ノスタルジーとも言える純喫茶だった。
「いらっしゃいませ。」
と聞き慣れた声が出迎えてくれた。
「た…貴子?」
「楓?」
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(`-ω-)y─ 〜oΟ