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2-3.

 

「……ごめんなさい、防ぎきれなかったわね」


 手を差し出すと、アリスはびくりと肩を揺らした。

 私は少し傷つきながらも、できるだけそっと彼女の濡れた肩と髪に触れる。

 風よ、と小さく唱えると、ふわりと暖かい風が手のひらで巻き起こって、濡れた場所を乾かした。

 ついでに自分にも手を向けるが、笑ってしまうほどひどく濡れた身体はこの程度の風では完全に乾かすことはできない。だって下着までびしょびしょだ。

 落ちたままの鞄を拾い上げてアリスに差し出すと、彼女はおずおずとだが受け取ってくれてほっとする。

 寮に帰ってシャワーでも浴びよう。


「それではね。またこういったことがあるかもしれないし、なるべく一人にならないようお気をつけなさって」

「はい……あのっ」


 歩き去ろうとすると呼び止められた。

 振り返るとアリスはいつかのように私の上着の裾を遠慮がちに細い指先で掴んだ。


「カミリア、さま」

「……名前を知っていてくださったのね」


 おそらく攻略対象のだれかが教えたのだろうが、名前を呼ばれた私は嬉しくてつい微笑んだ。

 アリスはまだ戸惑った様子で、しかしまっすぐに顔を上げて私を見た。


「助けてくださって、ありがとうございます」

「いいえ、同じ貴族として見過ごせない振舞いだっただけですわ。気になさらないで」

「いいえっ」


 アリスは勢いよく首を振る。

 ぎゅ、と制服の上着を掴んだ指に力がこもった。


「……いいえ。……わたし、もしかして大きな勘違いをして、カミリア様を傷つけてしまっていませんか?」


 最後の方は消え入るような声で尋ねる。

 私は胸の奥がきゅんとなって、アリスに逃げられて寂しかった気持ちやら、こうして気にかけてくれただけで充分すぎるほどうれしい気持ちやらでいっぱいになった。


「お優しいのね」

「いえ、わたしは……」

「アリス様がお優しくて、それだけで私は嬉しいですわ。でも……」


 でも。

 嫌な予感は当たるのだ。

 こちらを向いたアリスの背後に、滲み出すように黒い影がひとつずつ増えていくのが見えた。

 私は眉を下げてアリスにほほ笑みかける。


「アリス様にとっては、私と距離をおく方が正しいのかもしれません」

「え、それって……」

「下がっていらしてね」


 制服の裾を掴んだままの指をすくいあげるようにほどいて、私とアリスはつないだ手を中心にくるりと立ち位置を入れ替えた。

 手を引かれるまま、私の背に庇われるかたちになったアリスは不思議そうに私を見上げたが、その肩越しに獣の形をとろうと蠢く影を見つけてひきつるように悲鳴を上げた。

 アリスの手を離す直前、安心させるように一度強く握る。

 手をほどくとき、アリスの小さくてか細い指が心細いというように私の指を追ってきたのが可愛くて、私はニッコリと微笑んだ。


 振り返ると二匹分の影がやっと獣の形をとるところだった。

 今ならまだなんとかできるかもしれない。

 私は両手を向けて、風を呼び出す。

 私たちと魔法獣たちとの間で渦巻く風の球がぐんぐんと質量を増して、ちょうどひと抱えの大きさに育つ。

 元々はものを乾かす程度でしかない魔法だ。

 空間の壁をつくってその中で大きくしてみたけど、これで吹き飛ばすことが果たしてできるかしら。


(いいえ、やってみるしかないわ……)


「行きなさい、風よ!人を害するものを吹き飛ばして!」


 こちらに向けて唸り声をあげる獣に向かって風の球を放つ。

 ちょうど真正面でそれを受けた一匹の魔法獣は、渦巻く風にまだ安定し切っていない魔力を巻き取られるようにして立ち消えた。

 もう一匹は飛び退いた拍子に片側の脚を巻き取られ失い、離れた地面に倒れ込んだ。その地に落ちた影から再びゆっくりと脚が再生しはじめる。


「消しきらないとダメだということね──」


 初めての方法を試したせいか、後ろに倒れ込むような脱力を感じてあわてて足に力を込める。


「カミリア様、すごい……あっ?」


 背後でアリスが驚いた声をあげる。

 ちら、と首をめぐらすと、アリスは私の腰のあたりを見て目をみはっていた。


「リボンのところで、なにかがひかって……」


 グルルルル──


 アリスの言葉が大きな唸り声で遮られる。

 驚いたアリスが振り返ると、私たちの背後──挟まれるかたちで新たに三匹の魔法獣が姿を現していた。


「四匹もだなんて、そんな」


 一匹と三匹の獣に囲まれて、絶望したようにアリスが呟く。

 励ましてあげたいけど、今はどうすることもできない。

 私は新たに登場した魔法獣に向けて、再び両手を掲げた。


(今度はふたつ──!)


 しかし、それぞれに魔力を注がなければならず、疲労も手伝って風の球は遅々として育たない。

 間に合わなければ、小さくてもこれでどうにか三匹を散らして、それから……。

 そう考えをめぐらせていると、突然背中に強い衝撃がはしった。


「きゃあっ!!」


 いつの間にか四肢を取り戻した最初の一匹に体当たりされて、私は軽く魔法樹の根元まで吹き飛ぶ。

「カミリア様っ!?」


 こちらに駆け寄ろうとしたアリスが、合流した四匹に阻まれてじわじわと壁に追い込まれてしまうのが見えた。


「アリスちゃん!」


 思わず名前を叫んで立ち上がろうとするが、足をくじいたのか、再び情けなく地面に座り込んでしまう。

 アリスちゃんが危ない。


 私は祈るような気持ちでもう一度叫ぶ。


「やめて──!」


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