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2-2.

 魔法獣について、少し考えたことがある。

 あれは、やはりゲーム補正というものではないかということだ。

 本来なら私がアリスに嫌がらせ──つまりイベントを起こすことで、攻略対象のアリスへの好感度が高まっていく。

 まあ、落ちることもあるけどアリスちゃんに限ってはそれはない。

 しかし私が彼女に嫌がらせをするつもりがないのでは、起こるイベントも起こらない。

 その代替としての魔法獣、なのではないだろうか。

 今のところ、学内で他に魔法獣の噂や事件が起こっている気配はない。私とアリスが接触する場面のみでこうも頻発しているとなると、あながち間違ってはいないのではないかと思う。

 実際に、彼女が危ない場面では必ずといっていい程、攻略対象のイケメンたちが現れる。

 私はアリスの無事を確認してから、さっさとその場を離れるという流れが繰り返されているのだ。


(あれ、そういえばアリスちゃんの攻略対象ってだれなのかしら?)


 今はまだ、アリスの前に現れるイケメンたちはランダムである。


(ゲームではたしか、途中でルート確定が判明する大きなイベントがあった気がするのだけど……まあ、私にはあまり関係のないことね……)


 アリスの攻略対象が誰であれ、カミリアの出現率に差はあれど結末は変わらなかったはずだ。

 しかも私はアリスを攻略しようとしているのだから、出現率を減らす気もない。

 ただ、私が会いに行くことで彼女が危険にさらされるというのは大問題だ。

 早いところ、なんとかしなければと思う。

 そもそも、魔法獣の存在が本当にゲーム補正なのだとしても、魔法を使ってアリスを襲うよう指示している人間は必ずいるはずだ。

 その人物を突き止めてやめさせる。

 魔法獣が出てくるとき、必ず近くに術者もいるはずなのだ。


(それをなんとか炙り出せるような方法を考えて……)


「きゃあっ!」


 ノウスに相談しようと思い、思案にくれながら中庭を通る渡り廊下を歩いていると、どこかから悲鳴が聴こえた気がして私は立ち止まった。

 間違いなくアリスの声だ。

 なんていったって今のところ彼女の悲鳴を一番聴いているのは私なのだ。悲しいことに。

 慌てて中庭に降りて声のした方へ向かう。

 たどり着いたのは魔法樹の植わっている一角だった。

 魔力を込めて育てることで、回復薬としても使える果実がたわわに実った魔法樹が、枝葉を広げている。

 果実はきちんと申請をして許可された生徒しか獲ることができないので、普段からひと気の無い場所だ。

 案の定、渡り廊下や向かいの図書館棟からは木々に隠されて死角になっているそこに、アリスの姿はあった。

 校舎の壁を背にして二人の女生徒に詰め寄られるようなかたちで。

 アリスの足元には彼女の鞄が落ちているので、さっきの悲鳴は鞄を取り上げられて投げつけでもされたのかもしれない。

 どういう状況だろう?向こうからは見えないように少し離れたところで立ち止まり、話し声に耳をすませる。


「わかりやすく言わないとおわかりにならないかしら?田舎育ちのあんたみたいな庶民と、アーサライル様じゃ身分違いもはなはだしいって言ってるの!」

「しかもアーサライル様だけじゃ飽き足らず、側近のお二人にまで色目を遣ったりして!」

「魔法もろくに使えないくせに、ユリアンくんにまで面倒見させて、本当に恥知らず」


 驚いた。

 つまり、本来なら私がアリスに言っていたはずの言葉を他の生徒が言っているということだ。

 アリスは困ったように小さく縮こまっているが、ユリアンの名前が出てあっと声を上げた。


「あ、あの、ユリアンは子供の時から一緒に育ったので、お兄ちゃんみたいな存在で、だから……」

「はぁ!?言い訳とかほんとみっともないんだけど!」


 反論されたのが気に食わなかったのか、アリスの正面に仁王立ちした少女が彼女の肩をつかんで壁際に押しやる。

 助けようと足を踏み出したところで、ふと彼女たちの頭上に目がいった。

 二階の窓からもう一人の女生徒が覗いている。

 差し出した両手には、周りの景色を逆さまに映した透明な塊がふよふよと波打ちながら浮いている。……あれは、水?

 私は嫌な予感がして走り出した。

 二階の少女が手にした両手をひっくり返すのと、私が少女たちの輪に滑り込んでアリスの上に覆い被さるのは同時だった。


「えっ……!」


 バシャ──!


 魔法で作られた水が一気に私に降り注いだ。

 予期しない乱入者に少女たちは固まっていたが、すべての水が落ち切ってから振り返った私を見て顔色を変える。


「カ、カミリア様!?」

「……貴女たち、私と同学年の方々とお見受けいたしますけれど」


 顔が濡れないよう俯いていると、前髪からぽたぽたと雫が落ちていくのが見える。

 あまりに景気よく被ってしまったので、寒い季節じゃなくてよかった、とこっそり胸を撫で下ろした。


「…ッええ!わたくしバランドール家の者です、カミリア様のお屋敷のパーティーにも何度か招かれて──」

「私も…っ!」


 なにを勘違いしたのかご丁寧に家名を明かす少女たちを、私は彼女達が「格好いい」と言ってくれる睨みを思いっきり効かせて見据えた。


「ヒッ」


 二人の少女が青ざめる。


「貴女方のしていることはとても卑劣な行いだと自覚なさって。上級生として、貴族としての矜恃をお持ちなさい!」


 一喝すると、少女たちは「だって」「そんな」と口にしながらも競うように走り去った。

 見上げると水を落とした少女の姿もとっくに消えていた。

 私はくるりと振り返ると、呆然と立ち尽くしているアリスを見た。

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