2. ゲーム補正強し
結論から言うと、私は“ゲーム補正”というものを舐めていた。
この世界が存在するのもゲームがあってこそなのだから、物語を予定通り進行させる力も相当強いってこと、私はもっと真剣に考えるべきだったのだ。
つまり──、
「アリスちゃんに嫌われすぎて生きてるのがつらい……」
教室で私は打ちひしがれていた。
といっても公爵家の令嬢として、他の生徒に恥ずかしい姿を見せる訳にはいかない。
一見自分の席について優雅に読書に励むお嬢様に見えるようしっかり気を配りつつ、私はがっかりしていた。
魔法獣はあれからも度々出現してきた。
それも私がアリスと接触できる機会ばかり狙ったように、時に堂々と、時に床についた染みのような姿で人目を盗んで。
ユリアンに私が犯人だ、と言われたときにはまだ完全には信じられない様子だったアリスも、ここ数日ですっかり私を警戒するようになってしまった。
園内で私と目が合った瞬間、彼女はびくりと震えて怖がるような表情でそっと目をそらす。
その時の私の気持ちがわかるだろうか。
思わず一行も読み進んでいなかった本を閉じてため息をついてしまう。
「はあ……」
「あら、幸せも尾っぽをまいて逃げてしまいそうなため息ですわね」
「リチェ!」
いつの間にやってきたのだろう。
ベアトリーチェが隣の席について、きょとんとした顔でこちらを見ていた。
「なにかお困り事でもありましたの?」
頬に手をあてて小首を傾げる。
あまり心配そうな表情には見えないが、リチェの綺麗な水色の瞳は、隠れた傷でも探すように、じっと私の顔に注がれている。
彼女らしい優しさを感じて嬉しくなった。
特に、顔を見ただけで怯えられてしまう現状ではなおさら。
「ええ……人に嫌われるのは辛いものだと思って」
「嫌われる?カミリアが?」
リチェは「まあ、」と呟いてくるりと手のひらを周囲に向けて滑らせた。
「男の方にも女の方にも人気者の貴女が?」
私がリチェの手のひらが指し示すままに教室を見渡すと、勘違いではないくらい次々と他の生徒と目が合った。
手を振ると、皆、会釈したり手を振り返したりしては、きゃあと友人同士嬉しそうに喜んでくれる。
……きゃあ、と言うのは女の子に限るけれども。
そうなのだ。
人気者とまではいかないまでも、学園の生徒たちには私を慕ってくれる者も多い。
もちろん公爵家としての肩書きや、他人が羨むとある縁談の持ち主として近づいてくる人間もいるのだろうが、私はその誰に対してもできる限り分け隔てなく明るく接してきた。
もちろん元来のカミリアの性質がそうさせたのもあるけれど、日常に溶け込んで、決して異物扱いされないように生きてきた前世の記憶が役に立ったと思いたい。
だって優しくして、優しさで返されるのはとても嬉しかったから。
ちなみに、女生徒に限っては睨むと怖い私のこの目つきも、「真剣な表情が格好良くて素敵ですわ!」に置き換わるらしい。ありがたいことだ。
「あまり気に病まないでね、カミリア。元気な貴女が一番なんですから」
「ありがとう、リチェ。貴女さては私のことが好きね?」
「ふふ、だーいすきですわ」
リチェは立ち上がると笑顔で私を軽く抱きしめてくれた。
ぽんぽん、と元気づけるように背中を優しく叩かれる。
あまり人と触れ合うのが嫌いな彼女にしてはとても珍しいことである。
私が感激して抱き返そうとすると、リチェはするりと離れた。
「わたくしったらはしたないですわね」
てへ、と効果音がつきそうないたずら顔で微笑む。
女神だなあと思った。