1-3.
「魔法獣かあ」
ここは学園の保健室。
といっても寮に校舎に劇場に、他にも沢山の施設を擁する学園にはエリア毎に保健室が用意されていて、ここは図書館に併設された保健室だ。
目の前でうーんと思案顔をしている青年は、ノウス。
私の父の姉の息子──つまり従兄にあたる。
ウェステリアの名を継いでいないにしても、その血はしっかりと受け継がれたようで、彼もまだ人気の生徒達に劣らないイケメン顔だ。
傷心の私は、一応学園の教員である彼に報告も兼ねて愚痴を聞いてもらおうとやってきていた。
「それよりも可愛い従妹が犯人扱いされたのよ?そっちをまずは慰めるべきじゃなくて!?」
思わず机をバンと叩くと、ノウスは面白そうに笑みを浮かべる。
「だってカミリア。君が人を害する魔法が使えないこと、僕が一番よく知ってるじゃないか」
そうなのだ。
私は、カミリアは、悪役なのに攻撃魔法に弱い。
これはウェステリア家暫定上位に位置する重大な秘密なのだ。
だからゲーム内でのカミリアは主に口と陰湿なイタズラでヒロイン、アリスをいじめていた。あとはわかりやすく平手打ちとか。
最終的に彼女の──というか私のこの弱点は全校生徒に知られることになって、カミリアはウェステリア家の恥さらしとして縁を切られる上に国外追放の身となる。
クレアドールは三つの小国を従える大きな国だから、そこを追い出された者の行く末なんて想像するだけでも恐ろしい。
そんなの私はまっぴら!
(それに……)
ついさっきまで、腕の中で守っていた小さな少女を思い出す。
アリス。
元のゲームでは、ヒロインの顔はあまりはっきりとは写らないスチルやパッケージがメインだった。
黒い瞳と髪は、プレイヤーである日本人女性に没入感を与えるためのキャラクターデザインだったのだと思う。
この世界では多大なる魔力を秘めるとされている黒色を髪と瞳に宿した可憐な女の子。
訳あって今はまだ全然魔法を使えないんだけど、そんなの問題じゃないくらい、本物のアリスは魅力的だった。
ほっとしたように微笑んだ顔が頭から離れない。
(……とにかくとっても可愛かった〜!)
あの瞬間に私は決めていた。
ゲームの本筋とは関わらないように平穏無事に可愛い女の子はべらせて薔薇色……じゃない、百合色の学園生活を送ろうと数時間前に考えたばかりだったけど、その考えは変わったのだ。
なんとかしてゲームの攻略対象のイケメンどもを蹴散らして、アリスちゃんを落とすと!
きっと数々のゲーム補正が私を襲うだろう。
しかし前世で抑えこまれていた私の願望だってきっと相当な力を持っているはず。なんたって人生ひとつ分溜まってるんだから!
「あれ、そうなるとやっぱり魔法獣っておかしいわね……?」
白状した通り、私には攻撃魔法がない。
ゲームのカミリアだって、主に魔法以外の方法でアリスをいじめていた。
それなのにいきなり魔法獣が出てくるなんて、おかしい。
「そう。そもそもカミリアも知っての通り、学園内で悪意をもって魔法を使うのは禁止されてる。それに狙った相手を魔法獣に襲わせるなんて、そこらの生徒達にできる芸当じゃない」
私の内心は知らないまでも、ノウスも真剣な顔で頷く。
「この件は僕が責任をもって報告するよ。カミリアは気にせず、二年目の学園生活を楽しんで」
「気にせずっていっても、犯人扱いまでされてるのよ」
「いざとなれば僕が証言できるから心配しないで」
「いやっ!私が攻撃魔法を使えないことは、ウェステリアの血が流れている限り一生口にしては駄目よ、お兄様!?」
「はいはい、わかってるよー」
「本当にわかってらして!?」
つい先程の真面目さは消えて、のほほんと頷くノウスの口元が笑っているのを私は見逃さなかった。
こ、このひと、絶対面白がってるわ──!
私は思わずノウスの襟元を掴んでがくがくと揺さぶる。
そうしてふざけていると、さっきまで落ち込んでいた気分がいつの間にか薄らいでいた。
そういう所、本当にこの従兄には適わないな、と私はこっそり心の中でノウスに感謝した。
落ち込んでいる場合じゃない。
私はゲームに打ち勝って、必ずアリスちゃんを落として見せるんだから──!