1-2.
覚悟した衝撃が襲ってこないので薄く目を開くと、黒い獣はまっぷたつに分かれて目の前の地面に落ちていた。
外見と同じくただ真っ黒な断面が溶けて、地面に吸い込まれるように消えていく。
あまり気持ちのいい光景ではないそれがヒロインの目に入らないよう、更に少女を抱き込むと、じゃり、と砂を踏む足音がして声をかけられた。
「その子を離せ」
「え……」
見ると、少年が手にした剣を振って空間に消し去るところだった。
茶色い髪、金色の瞳。まだ幼さは残るが整った顔立ちの少年が、こちらを睨みつけながら歩いてくる。
「あ、貴方が助けてくださったの?」
「いいから彼女を離せ」
すごい剣幕で、こちらの質問には答えてくれない。
ヒロインの少女がやっと目を開けて、もうすっかり消え去った獣の姿を探してきょろきょろと首を振った。
「もう、大丈夫です」
「あ……ありがとうございます!」
緊張が緩んだのか、目の端に涙の粒がうっすら溜まっているのも彼女の可愛らしさに花を添えている。
思わずほっこりとしかけた私たちに、置いてけぼりをくらった少年が怒鳴る。
「アリスを離せ!」
「あっユリアン!」
ヒロイン──アリスが少年ユリアンに気づいて驚く。
しかし彼の剣幕には気づかなかったのか、嬉しそうに私の制服の裾をつまんでニコニコと紹介してくれる。
「あのね、この方が助けてくださったの」
「違う!そいつがさっきの魔法獣をけしかけて、アリスの逃げ道を塞いだんだ」
「えっ」
「は?」
思わずアリスと声が重なってしまう。
呆れ返った私とは逆に、アリスはちらっと私を見て、驚いたように一歩さがった。制服を掴んだ指も離れて、ちくりと胸が痛んだ。
「ちょっと、そんなことするわけ……」
「アリス、こっちへ来い」
私の言葉を遮って、ユリアンはアリスの肩を抱き寄せて急ぎ足で去っていこうとする。
寮の角を曲がるまで、アリスは困惑したように何度も私を振り返っていた。
「なんなのよ、もう……」
一人取り残された私は、少しばかり落ち込みながらも、校舎へ足を向けることにした。
魔法獣のことを、ちゃんと報告しないといけない。