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1. ヒロインと魔法獣

※未読だったので全くの偶然なのですが、主人公の名前が人気の悪役令嬢作品と同名だったので変更しました。驚きました。

 王立クレアドール魔法学園。

 良家の子女や、才能を見込まれた子供たちが齢十五の歳から集められ、寮生活と学園での授業を通して魔法を学ぶ、王国一大きな学園。

 今日は新たに入学する生徒たちを迎える、入学式が執り行われる日だ。

 普段能力別に割り振られたクラスに分かれて授業を行うため、なかなか目にすることのできない人気者も勢揃いするとあって、園内は浮き足立っていた。


「ねぇ見て!クラウス様だわ!」

「銀色の髪が今日も麗しい……あっ一緒にいらっしゃるの、ギルベルト様ではなくて!?」

「次期国王をお支えになるお二方が普段から仲がよろしいなんて、本当に素敵だわ」

「あら、あちらにはその次期国王陛下様が──!」


 全生徒を収容できる学園内の劇場へ向かう道すがら、少女たちは黄色い歓声をあげてあちらへこちらへと忙しい。

 小鳥のさえずりのようで、それ自体はたいへん可愛らしいと思うのだが、彼女たちの視線の先を追うと途端にげんなりしてしまう。


「あら、カミリア。うかないお顔ね?」


 隣を歩くベアトリーチェが含み笑いで首を傾げる。

 深い青色をした美しい髪の少女は、同じく公爵家の出で、幼い頃から親しくしてきた親友だ。


「銀髪の穏やかな好青年。快活に笑うワイルドイケメン。王道すぎる金髪イケメン王子様……」

「それはアーサライル殿下のことかしら?まさに、王の道にいらっしゃる方ですものね」


 可愛らしく頬に指を添えたベアトリーチェが納得したように頷く。


「いえ……ええ、それはそうなんだけれど……」


 言わずもがな、攻略対象のイケメンたちだ。

 学園の少年少女たちは誰しもが心酔し、彼らの人気は圧倒的だ。


「それよりもカミリア。どうしてまた髪を結んでしまったの?綺麗な巻き毛ですのに」


 不思議なことに、ベアトリーチェはそのイケメンたちの動向には興味がないようだった。

 今朝、私が気合を込めてひとつに縛り上げた髪を残念そうに見る。


「邪魔だったの」

「いまさら?」

「う……」


 前世ではいつも髪は短くしていた。

 面倒くさいから、と言い訳していたが、本当は誰にも言えない自分の性的指向を密かに主張するためだった。

 しかし実際にここまで長い髪になってみると、本当にめんどくさい。

 カミリアとして初めて目覚めた一年前、私はそう思ってしばらく髪を結い上げていた。

 とても綺麗にしていたけれど、機会があればこれも切ってしまいたいと思っていたほどだ。

 しかし栗色の髪はとても滑らかで、結い上げる度に愛情を込めて細やかに手入れをしてきたカミリアとしての日々が思い出されて、私はいつの間にか自然と、再び髪を下ろすようになっていたのだった。


「まあ、わたくしはどんなカミリアでも美しいと思いますわ」

「リチェ〜!」


 思わず抱きつこうとするが「暑苦しいのは嫌いですわ」とスキップで回避される。

 ぐぬ、さすが幼なじみ。容赦がない。

 残念のため息をついて、私はリチェの背中に呼びかけた。


「ねえリチェ。私、やっぱり入学式は欠席するわね」

「あら、どうして?」


 王子サマのように出席するのが当然である方々は別として、入学式の出席は義務ではない。

 欠席する生徒もいるにはいるが、ほとんどの生徒が新入生の顔ぶれと、高貴な方々を直に目にするのを楽しみに進んで出席するのだ。

 まあ、主に後者の理由が大きいと思うけれど。

 それよりも私にとって重要なのは、今日がゲームでは一日目にあたるということだった。

 ヒロインが入学してくる。学園の主だったイケメンたちが一人の少女のために上を下への大騒動が巻き起こる始まりの日。

 それは、ライバル役の私にも問答無用で降りかかってくる悪夢だろう。


 できればなるべく関わりたくない。


 それが一番の気持ちだった。


(だってそもそも、私がイケメンを好きにならないのにどうやってライバルになればいいのよ……)


 女の子が好きだといっても、ラブストーリーにときめく気持ちはあった。

 乙女ゲームをプレイしていたのも、元々オタク気質だったこともあって同じ年頃の女子に人気のタイトルは軒並み手を出していた時期があったからである。

 不思議がるリチェをあしらって、一人寮への道を戻る。

 部屋に戻ったらどうしようか、明日からの授業の予習でもしようかしら。

 ああ、そうだわ。寮の庭園の世話を先にしましょう。

 そう思いついて寮の建物をぐるりと回り込もうとした。


 その時だった。


「わあっ!?」


 建物の角から小柄な人影が飛び出てきて、勢いよくぶつかる。

 なんとか踏みとどまることができ、代わりに反動で後ろへ転びかけた相手の肩を掴んで引き寄せる。

 転ぶのを予期したのだろう、腕の中で瞳を強く閉じているのは私よりもひとまわり小柄な少女だった。


「ちょっと貴女、大丈夫!?」


 肩を掴んだまま呼びかけると、少女はおそるおそる目を開けてほっと安堵のため息をついた。

 代わりに私はハッとする。

 肩までの黒い髪、うるんだ黒くて大きな瞳、全体的に身長が高いクレアドールの世界で珍しく小柄な少女。


(ヒロインだ……)


 思わず手を離しかけた私に、少女は嬉しそうに満面の笑顔を浮かべた。

 小さな花が開いたよう──。

 その笑顔に私はもう一度ハッとするが、次の瞬間少女は笑顔を凍りつかせた。


「逃げなきゃ……!」


 鈴が鳴るように可愛い声で呟いて、少女は来た道を振り返る。

 つられて私も視線を追うと、寮の横に広がる林から、黒い影が飛び出してきたところだった。


「キャ……!」

「なに、あれ!?」


 思わず少女を抱きしめる。

 黒い影は大型の犬のような形をしている。

 口元が大きくぱっくりと開いて、鋭い牙の形をした影がのぞく。

 低く唸り声をあげて、今にもこちらへ飛びかかってきそうだった。


「魔法獣!?」

「逃げましょう、はやく!」

「逃げるって言っても、もう……!」


 少女に押されて足がもつれる。

 その瞬間、魔法で生み出されたと思しきその獣が高く飛び上がった。

 私はとっさに少女を守るように抱き込んで強く目を閉じた。

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