2-2.
呼ばれてグラウンドに出ていくと、観客席から大きな歓声があがる。
生徒たちに混じって、数人の教師助手の姿を見かけた。
生徒の自主性にまかせる主義の学園では、申請さえ通せば放課後に学園内のどの施設を使ってなにを行うのも自由だが、さすがに規模が規模なので監督役といったところか。
それでも、教師ではなく助手、というところにアーサライルの思惑と手を回した痕跡がうかがえる。
見渡すと、観客席の一角にリチェがいるのを見つけた。
普段あまりはしゃいだりしないリチェが、珍しく私に向かって大きく両手を振り、目が合うとその手を握ってぐっとガッツポーズをした。
なにかを言っているのだろうか、口元が動いているけどなにを言ってるかはもちろん聴き取れない。
(ギルベルト様なんてぎったぎたのぼっこぼこになさいませ──なんて。ふふ、リチェが言うわけないわね)
一人でそう考えて笑ってしまう。
アリスとリチェに元気づけられて、私は晴れ晴れとした気持ちでギルベルトを迎えた。
反対側の入口から出てきたギルベルトは、客席に向かって元気よく手を振っている。
その腰には剣を下げて──ってやっぱり決闘のつもりじゃないかしら!?
「ギルベルト・ユーゲンとカミリア・フォン・ウェステリアによる実践指導を間もなく開始する」
私が彼の帯刀を指摘する間もなく、実況用の魔法設備で拡声されたアーサライルの声がコロシアムに響き渡った。
「今回は魔法を使っての催しゆえ、観客席に被害が及ばぬよう、また、外野から余計な横槍が入らぬよう闘技場機構にあるバリアを張らせてもらう」
アーサライルがそう告げると、私とギルベルトのいるグラウンド部分の上空に青い膜がかかって、客席とグラウンドを隔絶する。
青い膜はすぐに透明になって、ためしに、とアーサライルのそばに控えたクラウスが炎の球を私たちの方へ投げ落とすと、それは膜のところで弾かれてカラフルな火花を散らして見ている者の目を楽しませた。
「“決闘とは違い”明確な終わりは決めていないが、双方が納得すればそこで実践を終了とする。では」
アーサライルはそこで一旦言葉を切った。
クラウスの花火にやんやと盛り上がっていた聴衆も、静まり返った。
「──はじめ!」
再び観客席は歓声に包まれた。
とりあえずギルベルトとの距離を詰めようと歩き出すと、あちらも同じように向かってくる。
五歩ほど距離を残して向き合った私たちは、お互いを見合った。
「こんな大勢の中で魔法獣を出せるか?」
警戒した面持ちで、私にだけ届くようにギルベルトが問いかけた。
「やっぱり疑っていらっしゃいますのね。私はあのような魔法、使いませんわ」
「じゃあどうしてアリスがあんたに会ったときだけ、アレに襲われるんだよ!?」
「知りませんわ。私だってどうにかしたいと考えてはいます」
「ハッ、知らん顔したって無駄だぜ。あんたがピンチになれば、嫌でも出さざるを得なくなるだろうしな」
そう言いながらギルベルトはゆっくりと腰に提げた剣の柄に手をやる。
「やっぱり決闘する気満々じゃありませんか!ちょっと、貴方せめて魔法でどうにかしようとか思いませんの!?」
「俺は魔法は苦手だ!」
「そのための魔法指導ってはなしになってるんでしょうがーーっ!」
思わず素で叫んでしまってから、はっと客席を見上げる。さすがに距離があるので、今のはしたない口のきき方は聞こえていないようだった。
「やっぱり普段は猫被っていやがるんだな」
「貴族の女性のたしなみですわ!」
「無理することはねぇよ、俺がその化けの皮はいで──」
ふとギルベルトが言葉を途切れさす。
なにかに気をとられたのか、私の背後を覗き込むように首を伸ばした。
どうしたのかと首を傾げるのと同時に、観客席の生徒が大きな声で叫んだ。
「カミリア様、うしろーー!!!」
えっ、と思いうしろを振り返った瞬間、風を切る音がして胸の前──先程まで私の体があった場所をなにかが横切った。
ギルベルトが、自分の元まで飛んできたそれをさすがの早業で斬り捨てると、ふたつに分かれた矢がぽとりと地面に落ちた。
「えっ、矢?」
「貴様……剣術じゃ勝てる見込みがないからってこんなん仕込みやがって──」
「いや、今の確実に私が危なかったわよね!?」
「……たしかに。いやでも、自分で仕込んだなら避けるのもわけないだろ!?」
「みんながみんな貴方みたいな身体能力してると思わない方がよろしくてよ!?」
ぎゃあぎゃあと口論する私たちを置いて、客席ではグラウンドを指さして大きな悲鳴がそこかしこからあがっていた。
見ると、グラウンドの周りに建てられた客席を支える柱の間に飾られた鎧の騎士たちが、ぎくしゃくとだが動きだしていた。
ざっと数えて全部で二十体。
弓を持った鎧は、いま両断されて地に落ちた矢と同じものをつがえようとしている。
「な、なによこれ……」
「あんたが仕掛けたんじゃないのか?」
ヒュッ──
矢が放たれて、思わず頭を庇ってしゃがみ込んだ私の目の前にギルベルトが身を躍らせた。
飛んできた矢を再び斬り落とす。
「わ、私が仕掛けてるのなら私には襲ってこないはずでしょう?」
「それもそうだな」
それをきっかけに、鎧たちが私たちの元に殺到しはじめた。




