2. 闘技場にて
決闘の日が訪れてしまった。
名目上はたかだか魔法指導とはいえアーサライル王子が関与しているだけあって、催しには観戦希望の生徒があとを絶たなかった。
派手好きの王子様は、そのためにわざわざ学園の闘技場を開催場所に選んだ。
まあ、魔法獣の犯人を見つけ出すためにはなるべく多くひとが集まる方が良いことに違いはない。アーサライルもそのつもりかもしれなかった。
「私が一般庶民だったら気を失ってるところですわよ、これ……」
私は入場口の手前の控え室から、闘技場の中を覗き込みながら呟いた。
アーサライルはいくつかある闘技場のなかから、円形闘技場を選んでいた。
いわゆるコロシアム、だ。
グラウンドを見下ろす形にぐるりと取り囲んだ客席。その真下には、騎士団から寄贈された古めかしい鎧が剣や弓を持った形でいくつも飾られている。
全体を見渡せるから良いと考えたのかもしれないが、出場者は三百六十度あますところなく聴衆に見られてしまう。
さすがに人数はある程度限定したらしく、いまは二百人ぐらいの生徒たちが各々好きなところに陣取っている。
リチェも、どこかにいるはずだ。
公爵家は昔から多くの人々の前に姿を現す機会があるからまだ良いものの、こうして初めての決闘……いや、魔法指導の場に緊張しているのも事実だ。
「公爵家として恥ずかしくない振る舞いをしながら、攻撃魔法のことも悟られないように、なんとか無事に終わらせる……」
攻撃魔法でなければ、私はそれなりに魔法には明るい。
全然別の種類の魔法をギルベルトに本当に指南する流れに持って行ければなんとかなるだろうか。
「……さすがに、魔法獣の術士のことはアーサライル様たちにおまかせしてようかしら……」
「カミリア様!」
「ひゃっ!」
ひとり言を呟いていたところを呼びかけられて、私は思わず驚きの声をあげてしまった。
振り返ると、アリスとクラウスが控え室の入口に立っていた。
クラウスはそっぽを向いて口元をおさえている。
(あれは間違いなく笑っていますわね……)
じと、と強く睨みつけてから、ぱっと表情を切り替えてアリスに向かう。
アリスは手にしたなにかを差し出してきた。
「あのっこれ、おまもりです!お怪我に気をつけてください!」
手のひらに収まるサイズの、小さな巾着袋だ。
口をしぼった紐がほどけないよう、可愛くちょうちょ結びにしてある。
手の上にちょこんと乗ったその白い巾着からは、ほんのりと良い香りが漂ってきている。
「お花の香り……」
「中身はただのお花のポプリなので、おまもりと言ってもなんの効果もないんですけど……」
「いいえ!とっても嬉しいわ。アリス様、ありがとうございます!」
しょぼんと落ち込むアリスを抱きしめてぐりぐりしたい気持ちに駆られながら、なんとか我慢して頭を撫でるに留めると、アリスはほっとしたように微笑んで、客席に戻りましょう、とクラウスを振り返った。
(ちゃんとアリスちゃんをお守りくださいませ)
アリスが背中を向けたので、念を送るようにクラウスをじーっと見つめる。
クラウスは察してくれたのか、雑にピースサインをつくってこちらに振ると、その手をそのままアリスの肩にまわしてエスコートしていった。
「最後のは余計ですわ!!」
二人の姿が見えなくなるまで我慢してからそう口に出したところで、入場口の外──決闘の舞台へ私たちを呼び出す大きな銅鑼の音が鳴った。




