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1-3.

 

「アリス様!」


 扉のすき間からこちらをうかがうアリスに駆け寄ろうとすると、リチェがなみなみと紅茶の注がれたティーカップをすっと差し出してきたので、反射的に受け取ってしまった。

 こぼれないよう足踏みをして勢いを殺してから立ち止まった。代わりにリチェが保健室の入口を振り返る。

 むっとした表情で、けれど優雅に頬に片手を添えて。


「あら、元凶のお嬢さまではありませんこと」


 ツンとしたリチェの言葉に、アリスが気まずそうに扉のすき間をさらに狭めた。


「リチェっ」


 咎めるとリチェは私に向き直り、見る見るうちにむーっと頬をふくらませた。

 カツカツと、わざとらしく靴のかかとを鳴らして入口へ向かい、扉をがらっと全開にすると「ひゃあっ」とアリスが飛びすさる。

 リチェはそれをちらっと一瞥すると、不意にスカートの両脇をつまんでくるりと可愛らしくこちらに向き直った。


「ともかく、わたくしもカミリアが勝てる方法を考えますわ」


 そしてわざとらしいほど丁寧にアリスにお辞儀をする。


「ごめんあそばせ、お嬢様」


 リチェはそうして去って行った。


(リチェ、やっぱりアーサライル様に気に入られてるアリスちゃんが気に食わないのかしら……)


 大抵の人間と一定の距離をおいて円滑に付き合うことが得意な彼女にしてはトゲのある態度だったように思えた。


「あ、あのっ、カミリア様」


 リチェの背中を見送るように廊下を見ていたアリスが、仕切り直すように私を呼ぶ。

 お邪魔でしたか?と問われて、微笑みを返した。


「いいえ。けれど、まだおひとりで動かれては危ないですわ」

「あっごめんなさい……!その、わたし、お聞きしたいことがあって」

「私に?」

「はい。……お怪我は大丈夫ですか?」


 アリスの視線は私の左足首に巻かれた包帯に注がれている。

 私ははしたなくないよう、ほんの少しだけ足を浮かせて揺らしてみせた。


「ノウス先生が治してくださったの。どこも痛くありませんわ」

「よかった……」

「わざわざそんなことを?」

「そんなこと、ではないですっ。それにわたし……」


 アリスが言い淀む。

 ノウスが苦笑してティーポットの茶葉を入れ替えはじめたので、私も椅子を引いてアリスを招いた。

 アリスは素直に椅子にちょこんと座って、しばらくしてノウスが差し出したティーカップとソーサーを両手で持った。


「なにか他にお聞きになりたいことがあるのね?」

「──はい。お昼の……ギルベルト様が申し込まれたこと、あれはやっぱり、わたしのせいでしょうか」


 消え入りそうな声。

 私はそっと彼女の頬を両手で包んで上を向かせる。


「どうしてそう思いますの?」

「……アーサライル様たちはわたしに優しくしてくださいますが、大事なことはなにも明かしてくれません」


 顔を上げさせられたアリスが困ったように目を伏せたので、私はあわてて手を離す。

 また俯いてしまうかもしれないと思ったが、アリスはかえって離れた手を追って私を見上げた。


「今回のことも、カミリア様を疑って、こらしめようとしてるのかも」

「こらしめるなんて……ふふ、アリス様は可愛らしいですわね」

「カミリア様!」


 言葉のチョイスにクスクス笑うと、アリスが赤面する。

 本当に可愛い。


「王太子殿下のお考えは、私たちのような未熟な者たちにはわからないものですわ。ただ、私が疑われているのは事実でしょう。けれど、こう考えてみて?」

「なんですか?」

「私と貴女が一緒にいればあの魔法獣が出てくる可能性は高くなる。それが決闘という限定された空間ならば、私が犯人かどうかわかりますし──それに、本物の術士を見つけ出すこともできる」

「あっ」


 アリスの顔がぱっと晴れる。

 やっぱり、私を疑うように、普段自分に優しくしてくれるアーサライルたちを疑わなければいけないことは、アリスにとって心苦しいことなのだろう。

 それをわかっているからこそ、アーサライルたちもアリスになにも言わないでいるのだろうが、それが一層彼女を苦しめているなんて、思ってもいないんだろうな。


「皆様、アリス様に優しくしてくださいますのね?」

「はい!アーサライル様はとても博識で、この国の成り立ちや貴族の習慣なんかを教えてくださいます。小テストでわたしがたくさん間違えたりすると、ちょっとこわいですが……」


 真面目か。

 元気づけようとして彼らの話を振って出てきたエピソードに、私は思わず額を押さえた。

 そういえばゲームにもそんな場面が出てきたっけ。

 アリスちゃんを妃にするつもりで、先を見通して勉強を教えているのだろうか。それにしても小テストって。


「ギルベルト様は、とっても明るくてお友達がたくさんいらっしゃいます!それにわたしが転びそうになると、いつも素早く助けてくれます」

「そうなのですか。さすが、騎士様ですものね」

「はいっ。でも力がお強いので、腕をひっぱって助けていただくと、いつも赤くあとがついてしまって……アーサライル様とクラウス様によく叱られて……」


 それであのやりとりか。

 中庭で、アリスに触れる度になんども払い落とされていたギルベルトを思い出して少しあわれに思った。

 にこにこ話していたアリスの表情が、そこで急に落ち込んだように変わった。


「あ……ギルベルト様はお強いから、やっぱりカミリア様が危険なことに変わりありませんよね……」


 くるくると表情が変わるアリスちゃんは可愛い。

 アーサライルたちが夢中になるのもよくわかる。


「そこのところは、がんばってみますわ。それよりもアリス様。決闘の日は、なるべくクラウス様のおそばにいらしてね」


 彼ならなにが起きてもアリスを守ってくれるだろう。

 そう思ってその名を出すと、アリスは小さくコクンと頷いて立ち上がった。

 お礼を言ってティーカップをノウスに返し、出口へ向かう。

 その途中で言いにくそうに「あのう、」と振り返った。


「カミリア様が、クラウス様の婚約相手…って、ほんとうなんですか?」

「…………まあ、いまのところはそうなっておりますね」

「やっぱり、そうなんですね。わたし、失礼します!カミリア様、お気をつけてくださいね」


 矢継ぎ早にそれだけ告げて慌ただしくお辞儀をすると、アリスはぱたぱたと去っていった。


(アリスちゃん……もしかしてクラウス様のこと気になってるのかしら……)


 正直、心中穏やかでない。


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