1. 決闘を申しこむ!
新たな事件は一夜明けた翌日、学園の大食堂でベアトリーチェと昼食をとっている最中に起きた。
起きたというか起こされた。
いくら平等な学び舎であり、多くの貴族が通ってるといえども、学園の名を持つ王族の扱いはさすがに別格で、大食堂には王家専用の食事スペースとなっているロフトがある。
食堂のど真ん中を通る赤い絨毯敷の階段を上がると、言葉通り“下々の”生徒たちを見下ろせるようになっている。
今日もアーサライルや側近のクラウスとギルベルトに連れられて、アリスも食事をさせられているはずだ。
私とリチェが入口近くのテーブルについて紅茶の給仕を受けながら、昨日の中庭での一件を話していると、食堂全体がざわめいた。
「ギルベルト様が降りていらしたわ!」
だれかが言う。
見ると、ギルベルトが一人で階段に姿を現していた。
ギルベルト・ユーゲン。
クラウスのオッフェンバーグが“魔法を司る一族”なら、ユーゲン家は“剣を司る一族”になる。
爵位は侯爵ながら、ずっと昔から騎士団長を歴任してきた栄誉ある家系で、みな幼い頃から修練を義務付けられ、若くして騎士団に入る。
今は学園に通うため休役しているが、ギルベルトも十二の頃から騎士団に所属して、既に一個師団を指揮するほどの実力もあると言われている。
本人は明るく活発で、多少短気のきらいはあるものの親しみある人柄で男子生徒からの人望も厚い。
陽に灼けた小麦肌と燃えるような赤い髪、太陽がぴったり似合う健康的な美青年で、憧れる女生徒もやはり多い。
いつもなら声をかける生徒たちに気さくに応えるはずなのに、ギルベルトはそれらに見向きもせず、真剣な表情で足音荒く歩いている。
というか、こちらへ向かってくる。
「カミリア・フォン・ウェステリア嬢!」
目の前で立ち止まったギルベルトは、食堂中に響き渡る大声で私の名を呼んだ。
「な……なんでしょう」
私はといえば、ティーカップを右手につまんだまま、ただ唖然とするしかない。
ギルベルトとカミリアが相対する場面なんて、ゲームにはなかったはず──いや、ひとつだけある。
たしか、実習のため敷地内に作られた洞窟内にアリスが誘い込まれ、カミリアによって激しく罵倒され頬を張られて泣いてしまったところに追いついたギルベルトが激昂して、カミリアに剣を向けるのだ。
そして告げる──
「決闘を申しこむ!!」
食堂は騒然となった。
私も呆然とするしかない。ゲームではこんな聴衆のさ中ではなかった。
そもそも、現実のクレアドールにおいて女性に、しかも公爵家の令嬢に決闘を申し込むなんて聞いたことがない。
見ると、リチェも驚いた顔をして私に目を合わせてくる。
ひっくり返ったような騒ぎの中、渦中の私たちだけがなにも言えずにいると、凛とした声がギルベルトのうしろからかかった。
「違うだろう、ギルベルト」
アーサライルだ。
食堂は一転してしん、と静まりかえる。
いずれ臣下になる者の無茶な振る舞いを止めにきてくれたのだろうか。
「俺が言ったのは、お前は剣はともかく魔法がまだ未熟ゆえ、ウェステリア家のご令嬢に“実践形式で魔法を鍛えてもらったらどうだ”、という話だ」
「あれ?そうでしたっけ?」
ギルベルトがきょとんとした顔で頭をかく。
周りの生徒たちは、ああなんだ、とか、でも実践なんて、とか、あのクラウス様のご婚約者なんですもの、きっと良いご指導をしてくださいますわね、とか好き好きに言葉を交わしている。
──いや、本当に魔法指導を受けたいならそのクラウス本人に頼めばいいのでは?と心の中で言い返してしまう。
アーサライルは指導という名目で、私の罪をあばこうとでもしているのだろうか。
ギルベルトの隣に並んだアーサライルは、顎をくいっとあげて私を見下ろした。
「どうだ、ウェステリア嬢。受けてくれるか?」
私は慌てて立ち上がってできるだけ優雅にお辞儀を返したものの、返事をすることができず自分の靴の先を見つめたまま顔をあげられない。
王子の言葉を拒めるはずがないのに。
生徒たちの視線も私に集まっているのがわかる。
すると同じく立ち上がったリチェが私の隣にやってきて同じように丁寧にお辞儀をした。
「王太子さまのご要望を、お断りするはずがありませんわ」
リチェが代わりに返した答えは国民として当然のことなのだが、私は弱ってしまって隣のリチェを盗み見た。
「……ケルビーニ家のご令嬢か」
アーサライルが少しの間をおいてリチェを呼ぶと、リチェは閉じていた目をぱっと開けた。
「ご存知でしたか」
「もちろんだ。残り少ない、我が妃になるかもしれない相手だ」
アーサライルが声をひそめた。
私たちを遠巻きにしている他の生徒たちに聞こえないようにはからったのだろう。
だって、彼は今なんといった?
(リチェが、王子の婚約者候補だったなんて……)
イケメンたちにあまり興味ないように見えていたのは、妃候補だと他に悟られないためだったのだろうか。
私と同じように頭を下げたままのリチェの横顔からは、なんの表情も読み取れない。
「顔をあげよ」
言われて二人して身体を起こす。
そこではじめてリチェはニッコリと可愛らしい笑顔を浮かべた。
「ベアトリーチェにございます。昔に一度、お言葉を交わさせていただいただけですのに、殿下のご温情に感謝いたしますわ」
「世辞はいい。それより実践演習のこと、ウェステリア嬢も同じ答えということでいいんだろうな」
「──はい、お心のままに」
後ろ手にリチェにそっとつつかれて、私はそう答えるしかなかった。