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3-1. 敵か味方か

 夜。


 私は女子寮の裏手、ちょっとした林の中に建てられた東屋に一人で座っていた。

 投げ出された左足首には白い包帯。

 あれから図書館の保健室を訪ねた私は、ノウスによって回復魔法をかけられ、クセになるといけないから念の為、といって巻かれたのだ。

 ノウスにはただ転んだ、とだけ告げた。

 察しのいい従兄はいつものように軽口で茶化しながらそれ以上は追求せず、背中の打撲痕にも治癒を施してくれた。

 なにも聞かずに、今日は保健室に泊まってもいいよ?と言ってくれたノウスを断って、結局魔法獣の術者を捜し出す相談もしないまま寮に帰ったのだった。


 間もなく寮の消灯時間になるだろう。

 その前に帰らなくちゃ──そう思ってはいても、身体を起こす気になかなかならない。

 思い起こすのは、もちろん中庭での一件。

 アリスが魔法獣に囲まれて襲われようとするところを、私はなにもできずに見ているしかなかった。

 じわ、と悔しさで目元が潤む。


「やっぱり、諦めるしかないのかしら……」


 そう呟いたとき、東屋の外でだれかが草を踏む音がした。


「だれっ!?」


 問いかけると、ひとりの青年が東屋の入口に現れた。

 ひとつに束ねた銀の髪を胸元に流した、ほっそりとしていて知らずに女性と言われれば信じてしまいそうな──クラウスだった。

 私はほっとして警戒を少しばかり解く。


「やあ」


 クラウスはにこ、と微笑むと、当然のような足取りで向かいの椅子に座る。

 私は投げ出した足をあわてて引っ込めて、背筋を伸ばした。


「やあ、ではありません。アーサライル様の側近ともあろうお方がこんな夜に女子寮の近くにいらっしゃるなんて、だれかに見られたらどうなさるおつもりですか?」

「うん。でも、()()()に会いにきているのをだれも見咎めたりはしないだろう?」


 私は呆れてため息をついた。

 そうなのだ。

 私の()()()()()の相手、それが彼だった。


 クラウスこと、クラウス・オッフェンバーグは、魔法に長け、何代にもわたってクレアドール国王一族に仕える大臣を務めてきた公爵家の子息だ。

 アーサライルよりも一年はやく次男クラウスを授かっていたオッフェンバーグ家の奥方は、アーサライルの乳母を任されることになった。

 つまりアーサライル王子とクラウスは乳兄弟というわけ。

 オッフェンバーグ卿──つまりクラウスの父親と学生時代から仲のよかった私の父親、ウェステリア公爵は、王太子と同じ年に生まれた私をクラウスの許嫁に、と約束をとりつけたのだ。

 ちなみに乙女ゲームといえば婚約相手は王子様が王道だけど、クレアドールでは十人の婚約者候補がアーサライル王子には存在する、という設定だった。特にゲームには絡んでこない設定だったので、ソフトが売れた際の続編制作を予定しての布石かな、と前世では思っていた。

 それでなくとも大国の主となる王太子の結婚相手だ。割と現実的な設定だと思う。


 話を戻して私とクラウスは、それこそ幼い頃はよく互いの屋敷へ遊びにいったものだけど、その頃から私はクラウスのことを優秀な兄、としか見ていなかった。

 先にクラウスが魔法学園に入学してからは私たちの交流も途絶えて、さらに入学の日に前世の記憶を取り戻した私はこの一年間、どうしても許嫁として振る舞わなければならない舞踏会などを除いてできる限り顔を合わせないようにしていた。


 それなのに、彼はいまここにいる。


「もう二年間もろくにお話していません。婚約だなんて、お父様たちの口約束でしかありませんもの」

「まあ、そうだね」

「それに、クラウス様もいまはもっと大事にされたい女性がいらっしゃるのでしょう」


 クラウスがほんの少し驚いた顔をして、すぐにまた余裕ある笑顔に戻る。


「それはやきもちかな?」


(どこを見てそうなるのかしら!?)


 思わず、ノウスにするように笑顔をはたきたくなる手を押さえた。

 おさえて、おさえて、と心の中で唱える。

 いつでも人を見透かしたような笑顔を絶やさず、掴みどころのないこの婚約者には、よく手をやかされていた。

 けれど、それこそ二年ぶりの二人きりの会話に、自分が緊張しているのを自覚する。

 ゲームの中では、当たり前だがカミリアとクラウスの二人きりの場面なんてろくに描かれていない。

 しかもゲームのシナリオが変わりつつあるこのときに、彼はなぜここにきたのか──。


「どうせ、昼の一件を踏まえて、アリス様に危害を加えないよう忠告しにいらしたのでしょう?」


 それしか考えられない。

 ふん、と不機嫌に口をひき結んだ私に、クラウスは微笑んだ。


「あの魔法獣は君が仕掛けているわけじゃないだろ?」

「え……どうして」


 思わず素に戻ってしまう。

 クラウスはふふ、と笑って、おもむろに右手を鼻先へもっていく。


「僕が魔法の香りを──昔からよく知っている他ならぬ君の香りを間違うわけがないよね」


(あっ!そうだわ、このひと──!)


 オッフェンバーグ家は王国中のどの貴族よりも代々魔力が強い。

 もちろん例外もあるが、クラウスは幼い頃から魔法に長け、不思議なことに『香り』で魔法の種類をかぎわけることができた。

 中庭でその能力を使ったのだろうか。

 けれど──、


「惑わせて私になにを言わせたいおつもりかは知りませんけれど、私もあの中庭で風の魔法を使いましたわ」

「うん、それはわかってるけど」

「……え、けど?」

「アーサー様が壊した魔法獣の残り香と、さらにそれを引き寄せた魔法石の香り。あとからあの場に駆けつけた僕がはっきりと感じ取ったのはそれだけだよ。そしてそれらはどちらもカミリアのものじゃない」

「……そう」


 顔には出ないよう気をつけたが、正直言って嬉しかった。

 私の潔白を信じてくれる存在ができたことに。しかも、明らかに私を敵視している王子サイドに。

 それにクラウスの能力はきっと真犯人探しの絶好の助けになる。

 魔法獣と魔法石。それらと同種の魔法をもつ人物を見つければ──って、あれ?


「魔法石って、なんですの?」


 私はこてんと首を傾げた。


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