回想〜夏祭り〜
「お~い、優人〜!」
暗い色の茶髪に、藍色の無地の浴衣を着た和彦が、僕の家の前から手を振って呼んでいた。
薄灰色の帯を垂らし、こちらを見ている。
空は薄紫色に染まり、窓を開けると涼しい風がゆっくりと吹き込む。
「わりー!今行く!」
2階の窓を閉め、財布と携帯を青色の小さな巾着に入れ、玄関まで着崩れしないように急いだ。
履きなれない下駄を鳴らし、門を開けると和彦が言った。
「麗奈、もうちょい時間かかるってよ」
「やっぱか、いつもこうだから慣れてるけど」
和彦は確かになと笑った。
門を閉めようとすると、白い縦縞が入った灰色の浴衣が挟まった。
「やべ、着崩れする」
何回もやり直して巻いたばかりの黒帯への努力を無駄にはしまいと、門を少し開けて慎重に浴衣を引く。
「そんな焦んなくても、麗奈は逃げないから安心しろって」
和彦が冷やかしてきたが、動じないふりをして門の鍵を閉める。
「別に、麗奈可愛いって思ったことないし」
仏頂面をしたが、少し顔が熱くなった気がした。
「はいはい、じゃー行こうか」
全部分かってるような素振りをされたが、和彦は特に気にする様子もなく、既に盆踊りが始まっている近くの神社へ向かった。
遠くから、太鼓や笛の音、そして何かを焼いている良い匂いがほのかに香る。
和彦の携帯からポヨンと通知音がした
「あ、麗奈、親に神社の前まで車で送って貰うみたい。そのまま2人で向かってて、とさ」
携帯の画面をみて、和彦は言った。
顔に反射している光が、和彦の整った顔立ちを照らした。バスケ部の和彦は、身長が182cmもある。175cmの僕が並んでも、高く感じる。
「分かった。ならこのまま、まえだ商店で飲み物でも買って行くか」
「そうするか」
神社に近づくにつれて、太鼓の音や人々で賑わう音が大きくなってきた。何かを焼いている良い香りも、少しずつ濃くなっていく。
神社の少し手前にあるまえだ商店でお茶を買って、鳥居まで向かうと麗奈が立っていた。
「あ!来た!2人ともいないから、先行っちゃってんのと思った」
僕らの所まで来てそう言うと、ほっとしたような顔をした。
「ごめんごめん、ゆっくり行って丁度かなと思っててさ」
和彦が左手を頭の後ろに当て、麗奈に謝った。僕もごめんと手を合わせた。
「二人とも大丈夫だよ!気にしないで」
麗奈はさっぱりと返事をした。三人で下からライトアップされた紅い鳥居を通ると、賑わっている広場が出迎えた。
「じゃ!今年も楽しみますか!」
麗奈は笑顔でそう言うと、僕らの手を掴み人混みの中へと駆けた。