懐かしく悲しい思い出
次の春から、晴れて中学生になろうとしていた頃、灯台に向かう途中にあるこの長い階段の数を数えた。その時は、麗奈は自分とほぼ同じぐらいの身長だった。それともう1人、和彦という幼なじみ。
和彦は、近所ということもあって良く一緒に遊んでは、遅くまで灯台にいてよく親に怒られた。
「やっぱ長いね〜この階段。まだ覚えてるでしょ?優人君。この階段の段数」
少し息を切らしながら、彼女は問いかけてきた。
50段程まで駆け上がって来たのに、あまり疲れが見えない。陸上部の英雄と呼ばれているだけある。
バスケ部を小学生からやってきて、今も厳しいトレーニングをして体力を付けているのに、敵わない。
両足に1.5リットルのペットボトルが付いてるみたいに重い。呼吸を整えながら、残りの段数を見上げて答えた。
「すげー覚えてるよ。228段」
彼女がクスッと笑った
「それ聞くと、いつも思い出して笑っちゃうんだよね。228段。『フツーや』って読めるんだよね」
僕も思わずクスッと笑った。
「それそれ。『普通ではねぇ!』とか、『しょーもな!』とか、言ってたな」
「ほんと、思い出す度に笑っちゃうよ。学校のみんなに言ってもあんま分かってくれなかったよね」
「ほとんどうちらしか笑ってなかったよな。周りは何が面白いの?って感じで見てたけど」
「この階段にまつわるエピソードを、みんな知らないからだよ」
実は、こんなにも笑えるのには訳があった。
小学生の頃、僕がこの階段の頂上から転げ落ちたこと、それを助けようと走ってきた和彦も下まで転げ落ちたのに、何故か二人とも無傷だったこと。
中学生の頃、誰が一気に頂上まで駆け上がれるか勝負して、ほぼ互角だった僕と和彦が同着し、頂上で二人とも酸欠になったこと。顔面蒼白でぐったりしてる僕らを、大笑いしていた麗奈が野良猫の糞を踏み、買って間もないお気に入りのスニーカーが汚れショックで大泣きしたこと。
「でも、思い出したくないのもあるから、なんか矛盾する」
彼女の声のトーンが下がると、僕も思い出してきてしまった。
和彦を失った去年の夏のことを。