閉店
「えっ?」
自分のシフトの時間が終わり、アルバイト先であるコンビニを出ようとした時に店長から衝撃の言葉が発せられた。最近レポートに追われて夜遅くまでパソコンに向かい、知らぬ間に疲労が溜まっていたのだろうか。吾妻竜平は自分の耳を疑った。
「えっ? 店長、なんて言いました?」
「うちの店、閉店することになったの。この店、無くなるのよ」
「閉店?」
「本当にごめんなさい」
「なんでそんなことになったんですか? 売り上げ実は悪かった…とか?」
「そうじゃないのよ。先月入った新入りの二人、いるでしょ?」
「佐野と若本がどうかしたんですか?」
佐野礼太と若本光は、竜平の高校の部活の後輩である。大学からアルバイトを始めたいという二人に、竜平がこの店を紹介したのだった。
「あの二人がね、深夜の勤務中にとんでもない写真をSNSに上げてくれちゃってね…」
「とんでもない写真…って…! えっ、まさか…!」
「これ。最近よく聞くやつ」
店長が見せてきたスマートフォンには、佐野がふざけて売り場にあるガラス張りの冷凍庫の中に入り、商品であるアイスの上に寝そべっている動画付きのSNSの投稿が表示されていた。動画の音声からして、撮影者は若本なのだろう。
アカウントがどちらのものかという細かいところまで竜平は見ていなかったが、拡散数はとんでもない数字になっていた。
「はぁ~~~~…。じゃあ、この店、炎上で潰れるんですか!?」
「そうなのよおおお! ニュースで見るようなことが、私たちの前で! 現実で起こってんのよおおお!!」
店長は顔を手で隠し、その場にうずくまった。いつも温和な店長が、こんなに取り乱している姿を見るのは初めてだった。
「そんな…! マジかよ。あいつら、そんなことするようなヤツじゃなかったのに…。店長、すみません。俺があいつら紹介したから…」
「そんな、竜平君が謝る必要なんてないわ! 本当にごめんね」
竜平は高校3年生の冬休みからこのコンビニで働き、1年ちょっとになる。
全力で熱中した野球部は夏に引退し、大学受験もなんとか無事に終わり、やることがなく始めた。
…というのと、兄弟が下に2人いるというのに、敷地がバカでかく施設費とやらがかかる私立大に通わせてもらうことに罪悪感があったというのもバイトを始めた理由の1つだった。
「竜平君みたいに、一生懸命な…そんな若者ばかりじゃないんだなーって、なんだか残念に思ったわ…」
「店長…」
「今までありがとうね。詳しいことは、また連絡するから」
竜平が帰る支度を終えると、ちょうど同じくバイトの田端恵美も店から出るところだった。
「お疲れ様。田端さんも店長から…聞いた?」
「お疲れ様です。聞きました」
「はあ…。あいつら、やってくれたよな…」
「そうですよ! やっとバイト良いとこ見つかったってところで…。もう、佐野さんと若本さんに文句言ってやりませんか!」
「そうだな。なんか言ってやらないと、こっちだって怒り収まらないよな」
スマートフォンを取り出し、まずは佐野に電話を掛けた。
「…出ねぇな…。若本はどうだ…?」
若本にも電話を掛けたが、さすがに罪悪感があるのか気まずいのか、こちらも出ない。
「出ない」
「ま、ですよねー」
「次のバイト先探さなきゃな…」
「ですよね…」
◆◆◆◆
大学の構内には、アルバイトの求人情報が貼られた掲示板が存在する。
という記憶の片隅にあった情報を思い出し、休み時間に覗いてみることにした。
どこも可もなく不可もなく、なんだかピンと来ない。
そう思っていると、1つだけ雰囲気の違う求人があった。
《仕事内容:害虫駆除
日 給 :5万円(最大)
主に大学内での仕事です!》
募集元は「害虫駆除のキタミ」。電話番号も一緒に記載されていた。
日給で5万円? "(最大)"ということは、毎回5万円もらえるってわけではなさそう。
しかし、大学内での仕事なら授業の後すぐに行けて楽かもしれない。
というか、明らかに怪しい。
しかし、大学の掲示板に貼ってあるということは、それなりに信用しても良いのかもしれない。害虫駆除なら、コンビニよりは忙しくはないかもしれない。
竜平は疑いながらも、その貼り紙になぜかワクワクとした好奇心を持った。持ってしまったのだ。
「とりあえず、電話してみるか…」