進路
三年になると、クラスが別れ槙本と一緒の時間が少なくなった。さすがに進路のこともあり、そうそう遊んでばかりはいられなくなっていたのも事実だ。
「なぁ、お前どこの大学行くか決めた?」
昼休み、クラスが別々の俺らが行く場所は大抵屋上が多かった。
コンクリートの上に寝っ転がりながら空を見ていた俺は、何気なしに槙本に進路の事を聞いてみた。
「んー、今考え中。まだ迷ってんだよねー」
隣に座る槙本も空を仰いだ。槙本といるのが心地よくて、この関係を高校で終わりにする気が無かった俺は、おもいきって
「どうせなら、一緒の大学行かね?」
軽いニュアンスで言ってみた。すると槙本は笑って
「それって、辻が勉強頑張るの? それともオレがレベルを下げるの?」
サラッと酷いことを言ってのけた。
悪かったね、お前より頭悪くて……。ってか俺は普通なの。お前が良すぎるだけだ。
心の中でムカつきながら、俺は命令口調で言ってやった。
「お前が下げろ」
一瞬の間、の後、二人で大爆笑したのは言うまでも無い。 槙本にレベルを合わせてもらおうなんて、本当は思っていない。一緒の大学に行きたいのは、お前とずっと一緒にいたいのは、俺の願望で。それをお前に強制することは出来ないから。
だから俺は、何気なしに言った自分自身の言葉で決心したのだ。槙本と一緒に居られる様に、がんばらなきゃって……。
「おはよー」
短いようで長い夏休みも終わり、少し肌寒くなってきた10月。俺はいつもの様に教室に入ろうとした。
その時、廊下の窓の外を見つめていた槙本の姿が視界に入って、俺は足を止めた。
「槙本?」
呼んでも返事がない。聞こえなかったか? 俺はそっと槙本に近寄り肩を叩いた。
「おはよう」
「あぁ辻、おはよう」
心なしかトーンの低い槙本の声に、俺は眉をひそめる。
「何かあったのか?」
「寝不足。昨日テレビ見てたら寝るの遅くなっちゃったんだよ」
「そんなに面白かったのか?」
「んー、まぁね」
なんだか腑に落ちない返事。俺はふと槙本の手の甲に赤いミミズバレの様な傷を見つけた。
「お前、それどうしたの?」
「え?」
言われて、あっと袖を引っ張る槙本。その行為に俺の心臓が少しだけ痛んだ。
「どっかで引っかけちゃって……」
見ればそんな感じの傷では無い事くらいすぐわかっていた。
それでも傷を隠し、それ以上何も言わない槙本を見て、俺は初めてコイツを守ってやりたいと思った。 ただ一緒にいたいとか、そんなんじゃなくて、自分の中にあった曖昧な気持ちに、ようやく気がついた気がした。
何だかとても愛しく思えて、俺は無意識に槙本の肩を抱いた。
「サボっちゃえば?」
俺はあえて傷の事を追及せずに、話しを合わせる事にした。
「んー、どうしよっかなぁ」
ボケーっと窓の外を見ながら答える槙本。
「なんか天気も良いし、俺もサボっちゃおっかなー」
窓から差し込む光に手を翳しながら、俺は槙本に笑顔を向けた。
日の光と風が無い事もあり、屋上は結構暖かかった。
「んー、きもちー!」
思いっきり背伸びをしながら、空を見上げる。
「でもいーのか? 辻までサボっちゃって。今の時期まずくね?」
後から入ってきた槙本は、屋上の扉を閉めながら俺に言った。
「いーのいーの。たまには息抜きも必要だって」
「辻の場合、たまにじゃなくて、いつものような気がするけど……」
「何? 何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
「そう? 変なヤツ」
言いながら、俺はいつもの場所に寝っ転がった。
本当は聞こえていた。でも今日は槙本と言い合いたいんじゃない。
槙本の心が少しでも晴れてくれたらと思っていだんだ。そう、この気持ちの良い空の様に……。
「そんなところ突っ立ってないで、こっち来いよ」
上半身を起こして手招きする。槙本が俺のすぐ側まで来た所で
「どーぞ」
自分の太ももをポンポンと叩いて見せた。
「何、それ?」
「今日は特別に、俺様の膝枕を貸してやろう」
「男同士でキモくね?」
槙本の言葉で一瞬胸が痛くなる。でも俺は大げさに傷ついているふりをしてみせた。
「ひっでーの、せっかくの俺の好意をお前はそうやって……」
「サンキュ」
言い終わらないうちに、お礼の言葉が聞こえた。
「え?」
以外だった言葉に俺は驚いていた。それは、膝を差し出した事に対してか。それともここに誘い出した事か……。
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
言うなり、勢い良く槙本の頭が俺の太ももを直撃する。
「いてー! お前な、もうちょっとゆっくりこいよな」
「あー、枕がうるさいなー」
「お前っ……!」
「少し寝るわ」
俺の苦情も受け付けず、槙本は顔に腕をのせて日差しを遮った。俺は軽くため息を付いて、仕方なく言葉を呑むしかなかった。
なんだか変な感じだよな。誰か入ってきたら、絶対に変に思われるな、このシチュエーション……。それでもコイツが断らなかったのって、相当何かキツイ事でもあったのか?
数分後、規則正しい寝息が聞こえてくる。ゆっくりと上下する体。俺はまるで宝物を扱うように、槙本の髪の毛をそっと撫でた。
「なんでも話してくれたらいいのに……。俺じゃ頼りないか?」
返事が帰ってくるはずも無く。俺はただ思ったままを口に出していた。
いつの間にか大きくなっているこの気持ち。
決して報われるものじゃないって事くらいわかっている。でも、それでもお前の為に何かできることがあるなら、してやりたいんだ。
だから、それくらいは、許してくれよな……。
結局あの傷の本当の訳は分からず仕舞い。槙本の言っていた通り、本当に何処かで引っ掛けたのか。それとも別の訳があるのか。俺には聞く勇気が無かった。




