親友の距離
*
「2組の裕ちゃん、超可愛いんだけど」
「何々? どれ?」
休み時間に校庭で遊ぶ女の子たちを見ながら、俺たちは窓際の槙本の席で話をしていた。
「あのこ、今立ち上がった子」
槙本が指を刺しながら俺に教えてくれる。
「へー、槙本の好みってあーゆーのか」
「辻は? 好きな子いないのか?」
槙本は女の子を見ながら聞いてくる。コイツにだったら教えてもいいか……。
俺は少し考えてから、槙本にしか聞こえないくらい小さい声で答えた。
「2組の美香ちゃん」
「マジ!? 裕ちゃんと仲いい子じゃん。ってか、今も一緒にいるし」
ニヤニヤ笑いながら槙本は俺の顔を見てくる。
「な、なんだよ……」
「辻もいい趣味してんじゃん」
「うっせーよ。お前も人の事言えないじゃんかよ」
「ま、お互い頑張ろうぜ」
槙本はこぶしを俺の肩に押し付けながらそう言った。
お互い好きな子の話をしては盛り上がり、二人で協力しあって彼女たちと仲良くなっていった。それでも付き合うまでには半年年以上の時間がかかってしまった。
お互い付き合いだしたのは同時で、彼女たちが仲が良かったこともあり、結局は4人で出かける事も少なくはなかった。
それが楽しいと思ったし、美香と二人だけで過ごす時間も楽しかった。
*
――親友、いつしか俺たちはそんな関係になっていた。何でも話せる、信用できる、一緒に居て楽、かざらない、気取らない、気を使わない……。
理由は色々あるけど、とにかく槙本と一緒に居る時間は楽しかった。
なんとなく目が離せなくて、元気がないと心配になる。そんな風に思い始めたのは、高2に上がって夏休みに入る前くらいからだった。
彼女と付き合うようになり、最初は4人で出かけたりもしていた俺たちだったけど、時間が経つにつれ二人だけの時間を過ごす事が多くなっていた。
多分それからだと思う。自分の気持ちが槙本に向き始めたのは……。
「辻、今幸せ?」
突然聞かれ、俺はビックリして槙本を見た。
「何、どーした? 裕ちゃんと喧嘩でもしたのか?」
質問の意味の裏を、なんとなく察した俺は、校庭に出るために履いていた靴の紐を結ぶ手を止めた。
槙本は、俺の隣に座り込みひざを立てて小さくなる。
「なんかさ、疲れた」
「疲れたって、半年でそれって早くね?」
「そうだけどさ……」
頭を膝の間に押し込み、さらに小さくなる槙本。 その姿を見て、ザワリと俺の心が騒ぎ出した。他のクラスメイト達が、俺たちの横で靴を履いて出て行く。
俺は周りの雑音も聞こえないくらい槙本を見ていた。
ここで、コイツに……キス、したら、どうなるだろう――。
そんな想いが頭をよぎった。周りに友達もいる、きっとみんな驚くだろう。いや、それ以上に相当引かれるに違いない。それは周りの友達だけでなく、槙本にも……。
「別れちゃおっかなー」
槙本の声でハッと我に返る。俺は何を考えてるんだ? 頭にあった考えを必死に振り払い、俺は槙本に言った。
「無理して付き合うこと、無いと思うぜ」
「だよなー。で、辻は今幸せ?」
「あ、あぁ……」
再び聞かれ、俺は曖昧な返事をした。
彼女の事は好きだけど、やっぱり俺は槙本の事が気になっていた。
それが恋愛感情かって聞かれたら、そうなのかもしれないし、違うかもしれない。よくわからなかったが、とにかく俺は槙本から目が離せなかった。
結局なんだかんだで俺も槙本も彼女と別れ、フリーになった。
まぁ俺の場合、ふられたんだが……。
『どうしていつも友達と一緒なの? 私、一番じゃなきゃイヤ!!』
恋人より友達を優先しちゃいけないのか?
夏休みの彼女とのハッピーライフも無くなって、俺たちはまた一緒に過ごす時間が多くなった。
「女ってなんだろーねー」
「何なのかねー」
長い夏休みの一日。男二人で虚しくプールに来ていた俺たちは、大きめの浮き輪にはまってプールの上にプカプカ浮いていた。
「女の子と付き合うのがこんなに面倒だとは思わなかったー」
槙本は手でバランスを取りながら、浮き輪をゆっくりと回転させている。
「俺もー」
俺は返事をしながら、目に痛いほど飛び込んでくる日差しを片手で遮った。
「辻と一緒に居るほうが、よっぽどいーわ」
「――っえ? うわっ!!」
槙本の言葉に俺はこれでもかってくらい動揺して、バランスを崩して派手にしぶきを上げながらプールの中に落ちてしまった。
「ぶはっ!!」
勢い良く水から顔を上げた俺に、槙本はボケーっと
「なにやってんの?」
そう言った。俺は、いたたまれなくて、またしてもブクブクと水の中に落ちていった。
思春期によくある一時的な気の迷い。と、言うことにして、俺は槙本に対する想いを忘れようとしていた。
矢先にこれだ。俺はノーマルで、女が好きだ。なのに何でコイツの一言一言に、こんなにも動揺してしまうんだろう……。めんどくせーけど、やっぱり彼女でも作るかなぁ……。
落ち着くついでに一泳ぎした俺は、濡れた髪をかき上げながら荷物が置いてある場所に向かった。
「あのー……」
荷物の中からタオルを取り出していた俺は、後ろから声をかけられ振り返った。
「もしよければ、一緒に遊びませんか?」
そう言った女の子は、赤いビキニ姿のナイスバディちゃんだった。逆ナンってヤツ!?
俺のテンションは一気に上がった。隣にいた女の子もスタイルが良く、こっちは黒のビキニ姿だった。
「何? どうしたの?」
丁度いいタイミングで戻ってきた槙本は、俺と一緒にいた女の子たちを見て深くため息をついた。
俺は槙本に近寄り、耳元で誘われた事を伝えた。すると槙本は、自分の荷物を取り上げ
「オレ、帰るわ」
それだけ言って、俺に背を向け歩いていってしまった。
「ちょ、ちょっとまてよ!」
慌てて女の子たちに誤ってから、俺も自分の荷物を急いで拾い集め、槙本を追いかけた。
やっとの思いで槙本に追いつて、槙本の腕を掴む。
「まてよ、何? どーしたんだよ?」
掴んだ腕がすぐに振り解かれる。驚いた俺を見て槙本は苦笑いしながら早口で
「あぁ、ごめん。今日はそんな気分じゃないんだ。先に帰るから辻だけでも遊んでこいよ」
そう言って、足早に帰ってしまった。俺は訳がわからずに、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
その日の夜、気になって槙本にメールを送ってはみたものの、返事は返ってこなかった。
そして次の日の、その次の日も、また次の日も……。
槙本と連絡が取れなくなってから一週間。俺の頭の中は槙本でいっぱいだった。何かあったんじゃないかと心配して、とうとう家の前まで来てしまったのだ。
変に緊張していた俺は、大きく深呼吸してからインターホンを押した。
――ピンポーン――
少しして、スピーカーから聞いたことの無い女性の声がした。
「どちら様ですか?」
俺は家を間違えたのかと思い、表札を確認する。『槙本』確かに槙本の苗字だ。槙本の家は父子家庭で、確か母親はいないはず。
俺は頭の中にハテナをいっぱい浮かべながら、とりあえず槙本がいるかどうかを聞くことにした。
「あのー、同じクラスの辻ですけど、壱くんいますか?」
「あー、壱の友達? ちょっと待っててね」
ガチャッと大きく音を立ててスピーカーの音が途切れる。少しして玄関の扉が開いて槙本が出てきた。
「行ってきます」
出てくるなり槙本と目が合う。俺は少し気まずくて、目を泳がせながら軽く手を振った。
「久しぶり」
すると槙本は、少しだけ苦笑いしながら俺を見て
「久しぶり」
同じ言葉を繰り返した。
「わりーな、メールくれたのに返せなくて」
「いや、あのさ……、俺お前の気に障るような事したか?」
家を出て歩きながら、俺は一週間疑問に思っていた事をズバッと聞いてみた。
「……してない、よ」
なんだよ、その間……。
「じゃあさ、何でメール返信してくれなかったんだよ」
この際、そんな間は気にしないでおこう。さらに突っ込んで聞く俺に、槙本は少し俯き加減で重い口を開いた。
「うちの親父、再婚したんだ」
出て来た答えに、安心したんだか、残念だったのか、わからない感情がついてくる。
「へ、へぇー。あの親父さんがね、やるじゃん」
「うん」
親が再婚したっていうのに、ちっとも嬉しそうじゃない槙本。
「それで、彼女が家に引っ越してくるのに、色々と忙しくて」
「そうだったのか……」
槙本の言う『彼女』が少し引っ掛かった。仮にも自分の新しい母親の事を『彼女』と呼んだのだ。
慣れない『母親』だから、恥ずかしいのか?
「あー、でも良かったぁ」
大きく体を伸ばして、大きな声で叫んだ。
「何が?」
俺の発言に目を丸くして、槙本が聞いてきた。
「この間のプールの件、怒ってるかと思ってヒヤヒヤしてたんだよ」
「あぁ、あれね。今思えば、惜しいことしたな」
笑いながら言った槙本に、少しだけホッとした。その半面、会話の内容に若干傷付いていた。お前がそう言うなら、俺はそれに合わせるから……。
「だよなー、超スタイル良かったぜ」
「マジ? オレそのまで見てなかったー」
「バカだなぁ、しっかり見とけよ」
二人で腹を抱えて笑った、久しぶりの槙本との他愛のない時間。俺はそれがとても嬉しかった。




