第2話 「救うべきもの」
主人公・琉生の回想も終幕!プロローグ終盤に差し掛かってきました。よろしくお願いいたします!
琉生はとある抗争に巻き込まれ、過酷な運命を背負うことに...彼を救ったのはある一人の少女でした。
※今回は残酷な描写が含まれております。苦手な方は閲覧をお控えください。
次に意識が戻ったのは真っ白な部屋の中だった。窓もドアもない、唯一あるとすれば壁にはめ込まれた時計のようなものくらいだ。そこで一人の少女が部屋の片隅に座っているのを見た。純白のワンピースに青のカチューシャ。そして藍色の澄み渡るような目を持つ銀色の髪の少女だった。
「君は...」
ワンピースの少女はこちらに気づいたようで、すぐに駆け寄ってきた。彼女の目には涙が滲み、まるでサファイアのような瞳をしていた。
「ごめんなさい...ごめんなさい...本当に...」
彼女は涙ぐんでオレの脚をさすると、ふと妙な感覚を感じた。冷や汗を感じ、恐る恐る足元に目をやった。膝から下が壊死し、跡形もない姿になっていたのだった。
「う...うわぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「私は...あなたの夢を奪ってしまった」
--真っ白な部屋が一面黒く染まるような錯覚に陥った。唯一の存在意義、オレにしかない力。オレの存在理由。全てがなくなってしまったような気がした。急に呼吸が荒くなり、目がぐるぐる回り始めた時、涙ぐんで少女はオレに一言言った。
「...私の魔法で治せるかもしれない」
「え...?」
「身体を再生する回復術を知ってるんです。ただ、この世界の医療機関では不完全なので私の世界に来てもらうことになりますが...」
--魔法?回復術?そんなお伽話じみたことが出来るのだろうか。オレは半信半疑で彼女に聞いた。
「それが仮に出来たとして...オレは何か代償に差し出せっていうことはあるのか」
彼女は息を呑み、再び口を開いた。なぜ彼女が震えていたのか、返答に時間がかかったのかはその時分からなかった。ただ、オレは藁にもすがる思いで彼女の希望とやらにかけてみたかったのだ。
「...無いですよ、私のせいであなたをこんな姿にしてしまったんですから」
彼女はオレの両手をぎゅっと両手で握り返すと、にっこりと微笑んだ。
「あなたの夢、取り戻してみせます」
この言葉を聞いた途端、心の何処かで彼女の願いを受け入れられない自分がいた。
「こうなって、良かったんだ。オレは何か目標があって走ってたわけじゃないんだ。悪いけど、そんな大層な魔法の力で治してもらう理由がない」
少女の手を優しく振りほどいた。
--ずっと、逃げてきた。オレが誰からも必要とされてないことは分かってたんだ。だけど、オレがあちこちの大会で優勝すれば、親もクラスの連中も褒めてくれた。それが朱道琉生として生きる上では必要なことだっただけなんだよ。ただ、それだけなんだ。この脚が無いなら無いで、もう生きる理由を持たない一人の人間ってだけだ。
「本当に諦めてもいいんですか?走ることがあなたにとっての生き方の全てなら、その生き方を取り戻すべきです。少なくとも私は、あなたに生きる意味を与えたい。私の我儘だって分かってますから、考え直してください!」
ほぼ初対面の彼女が、何故オレにここまで泣いてくれたのかも、真剣だったのかも分からない。ただ、彼女は命がけでオレを救おうとしてくれたことだけは、はっきりと分かった。だけど、何でそこまでして、初対面のオレに尽くそうとしてくれたのだろうか。オレは彼女の熱意に負け、治療を受けることを承諾した。
「ありがとう...分かった」
彼女は早速杖を取り出すと、部屋の空間をかき回すかのように大きく降り始めた。すると、空間が歪み、瞬きをした瞬間に葉の生い茂る部屋にいた。ジャングルの中にある秘密基地、といったところだろう。
「少し楽にしててくださいね」
部屋には古い書籍が山のように積んであり、薬草などがケースに綺麗に収納されていた。視界がぼんやりしてくると、彼女はこちらに道具を持って戻ってきた。
「そういえば、名前聞いてなかったんだけど...」
「すごい昔に会ったことあるんですよ。覚えてないかな...今みたいに魔女の服着てなかったし...私の名前はーー」
意識が急に遠のき、また目の前が真っ暗になっていった。彼女の名前を聞けずじまいだったが、彼女の姿はこの目ではっきりと焼き付けた。鮮明に、くっきりと。もし彼女に昔会ったことがあるならば、もう忘れない為にも記憶に刻んだ。
目を再び覚ました頃には、同じ葉の生い茂る部屋にいて、テーブルには置き手紙が置いてあった。その手紙は慌ただしく書かれた文字で、最後の文は掠れて見えなくなっていた。何故その手紙が読めたのかはわからない。その手紙の近くに「シュヴァリエ」と書かれたバッジが置いてあった。恐らく衣服についていたもので、引きちぎられた跡のように見受けられた。微かに血痕がついた手紙に恐る恐る手に取った。
「苦しい思いをさせてごめんなさい。この世界からの出方は空間魔法の扉があるので、そちらを使ってください。あと、私はもうすぐシュヴァリエの管轄の収容所に連れていかれるでしょう。私のことは決して探さないで。忘れて...」
ベッドから脚をそっと床に下ろすと、確かに以前のような脚の感覚があった。少しだけ鈍い痛みがあったが、少しのリハビリで克服できそうだった。ふとオレは彼女のことが気がかりになり始めたのだ。収容所に連れていかれた彼女は恐らく、オレを救うためにタブーを犯したのかもしれない。そこまでしてオレを助けた理由が分からないが、このまま彼女を放っておくことはしたくなかった。彼女がオレの命や脚を救ってくれたように、オレもあの子を助けたいと思った。ただそれだけの理由で、この異世界に留まり彼女を救う手段と能力を得ようと試みたのだった。
ーーシュヴァリエに連れていかれた彼女を救い出したら、ちゃんと名前を聞いた上で今度はお礼を言わなくちゃな...。「希望をくれてありがとう」って。
琉生は工事現場の裏の影に潜み、周りを伺っていた。
「やっぱり4年経った今でも昔ほどは速く走れないな...少しだけ痛い」
「ふぅん」
「うわぁぁぁぁ!何だお前!!」
ブロンド髪の少女が鉄骨をすり抜けて現れた。思わず琉生は腰を抜かしたのか、座り込んでしまった。
「私は水属性なの。身体も意識をすればこうやってすり抜けられる」
やはり魔法の超常現象は彼にとって今もなお驚きの対象であった。彼が深呼吸して息を整える様子を見た後、彼女は彼に改めて質問した。
「そこまで言いたく無いのなら良いわ。私が聞きたいのは貴方の両足のこと。貴方の脚が少し不可解でね。なんかこう、異質なものを感じたのよ。生身の脚とは思えない何かを」
彼女が彼の脚を触れた途端、手と脚の触れ合った部分に少しばかりの魔法の反発が現れた。
「あの子の波動を感じた...まさか...ね」
「いつまで触ってんだ、離してくれ」
「...悪かったわね、この魔力少し懐かしくて...」
ブロンドの髪の少女の表情は少し和らいだようで、彼女は立ち上がるとそのまま黙り込んでしまった。この隙に琉生はそのままこの場所を立ち去ろうとした。これ以上の詮索をされて正体を知られては厄介だと分かっていたからだ。
その時、工事現場の骨組みに稲妻のようなものが走り、少女に向かって上から降り注ごうとしていた。
「え...」
「あぶないっ...!!」
琉生は一目散に彼女の元へ駆けていった。
早速ヒロインがピンチ...!彼女の自己紹介は次回となります。3話終盤あたりから物語は動き始めます。導入で大切な回になるので、次回も読んでくださると嬉しいです。