第1章 首輪の記憶ー前編ー
ー14年前ー
月明かりの綺麗な夜、森の中をゼナという男が歩いていると、どこからか子供の泣き声がした。声のする茂みの方へ歩いて行くとひらけた所に、女の人が左肩から血を流して倒れていた。腕の中には、まだうまれてまもないこがないている。ゼナはちかくの草むらから薬草を採ってきて怪我の処置をした。
気を失っていた彼女はやがてゼナに気付がついて
「怪我の手当てをしてくださってありがとう。私達は東の国から逃げてきました…でもその途中で怪我を負い、私の命はもうながくありません。どうかこの子を育ててください。それとこれを…この子が14になった時に役立ちます。」
次第に瞳の緑が失われ、どこか遠くを見つめたまま息をひきとった。月の光に包まれ美しく散りゆく体。最後に残された片方の手にしっかりと握られたぼろぼろの本と、月に照らされて光る首輪が寂しく残った…
太陽が教会の屋根まで上がった頃、にぎやかな市の中1人の少年が走って行く。
「おーいネロ、また遅刻か? ほれ、持って行きな。今日のは特にいいりんごだ。」
「ありがとう。また寄るよ。」
キーンコーンカーンコーン… 授業開始の鐘が鳴る。ネロは教会の裏口から柵を越えて二階建ての小さな建物の中へ入っていった。
「今日はこの本の書き写しです。1〜12ページまで書いた人から午前の授業は終わりです。」
「また書き写し…本でも読むか。」
授業はネロにとって退屈で仕方がなかった。特に金曜日の午前の授業は書き写しが多い。そんな時は、二階にある図書室で過ごすのが日課だった。 整頓された本棚を抜けて一番奥の窓がある所に腰を下ろす。そこには、ネロが今まで読んできたまだ途中の本が何冊か置いてある。めったに人が来ないこの部屋で、窓から流れ込む新鮮な風を受けてネロは本を読んだ。
ゴーンゴーン 昼の鐘が鳴り休憩時間になった。ネロは朝もらったりんごをかじりながら
窓の外を眺めた。 今日は青空が広がって遠くまで見渡せる…。
(いつかあの山の向こうに行ってみたい)
ふと、後ろの方でコツ、コツと杖をつく音がした。 ネロと同じくらいの少女が授業で使った資料を本棚に戻すところだった。
「その資料はもう一つ向こうの棚だよ。ほらここは【は】行。」
少女は急に話しかけられて少し戸惑ったけど右にずれ歩数を数えながら六歩いったところで向きを変え、本を戻した。今度は、左に体を向けて棚を指でなぞりながらネロの前に来ると、
「教えてくれてありがとう。私、テルー…えーと。」
「ぼ、僕はネロ。」
「ネロ、いい名前だね。…この匂いりんご?午後の授業お腹持たないよ。 そうだ、ちょっと待っててね。」
テルーは図書室をでてすぐ右にある『先生の部屋』へ入ると小さなバスケットを持ってきた。赤と白のチェックの布がかけてある。
「サンドウィッチ…少し不恰好だけど。一緒に食べよ。」
「いいの?あ、ありがとう。」
かたいパンの中にはレタス,チーズ,ハムが入ってオリーブオイルのソースが絡みおいしかった。
「ネロは本が好きなの?」
「うん。読み書きができるようになってからいつもゼナの書斎にある本んでた。」
「ゼナってネロのお父さん?」
「ゼナは14年前、僕を引き取ってくれた人。両親のことはよく知らないんだ。」
「ごめんなさい。何も知らずに聞いてしまって。」
「い、いいよ。僕が行ったことだから。それより…テルーって不思議な首輪をしているね何かの機械みたいだけど…」
「これは…」
ゴーンゴーン 午後の予鈴が鳴った。
「あっ、私戻らないと。また話そうね。」
「うん。」
慌ただしく別れを告げてそれぞれの教室に入った。 (テルー…どこかで聞いたような)
キーーン 「首輪に触れないで」 キーーン
「っ何だ?」