第一話 新規ゲート開通に伴うあれやこれ (4)
――木星圏は目下、開発中のエリアでゲート社の人間くらいしかいないはずだ。もちろんシャトルがうろうろしているはずもないし、こちらをロックするような物騒なシャトルがいるはずもない。
「センサーに反応、識別コードなし。こちらをロックした模様」
シエンが危険なことを口走っている。今時そんな識別コード無しなんてシャトルがこんなところにいるわけない、
わけなかった……。
我々がいるシャトルのコントロールルームには中央に立体投影装置がある。センサーに反応した未確認シャトルと二課のシャトルの位置関係が投影された。
「接触まで、300秒……。
逃げれば追ってこないだろうか……」
「緊急回避します。重力制御が追いつかないので、加速度がかかります。どこかに掴まってください」
こういう時はシエンも最新型の人型端末だってことに気づかされる。
判断も行動も速い。
「このティーセット高いんだから、割らないでよ?」
ラクーンさんの判断もある意味速いが、優先順位がおかしい。とにかく、持っていたティーカップを放さないように、非常用のアシストグリップに掴まる。ジェットコースターの様なGがかかる。
「ロックは解除されましたが、依然としてシャトルが追ってきます」
「シエンちゃん。とりあえず近場の警察シャトルに救援要請!」
「ダメです。ジャミングされていて通信できません」
うーん。相手も用意周到だ。ゲートもない辺境の地域だ。どうせ警察も接触までには間に合わないだろうし……。
こんな移動用の二課のシャトルじゃあ直ぐに追いつかれてしまうし……。
「だから私のシャトルにすればよかったのよ。この倍はスピードでるわよ」
「お二人とも席についてください。
これより最大加速に入ります。先程の3倍のGがかかります。」
ん?さっきのは本気加速ではなかったってことか。結構きつーい加速だったけれど。そもそもこのシャトルは上司が管理していたし、操縦もシエンに任せていたからスペックすら知らない。
けれど、ただの移動用の二課のシャトルのはずだ。そんな性能が出るはずもない。
アシストグリップを放して、ちゃんと座席につく。
「シートベルトをお締めください」
カチャり……
同時にありえない衝撃が襲う。
ガチャ―ン……
ああ、ティーカップが割れた音か。
放してしまったことにも気が付かなかった。
「あー。私のジ○リのカップー。
あとで、弁償よ。ゲーニーくん」
この加速でよく舌をかまないものだ。
…………。
「振り切れませんね。応戦しますか?」
シエンが物騒なことを言っている。応戦も何もロックこそされたけど、まだ攻撃されてないし。こっちの被害妄想の可能性もある。
「このシャトル、武器なんてついてないだろ?」
「いえ、結構積んでますよ。
レーザー砲2門、
対シャトル誘導ミサイル、
アンチ・レーザー爆雷……」
ああ。そう言えばあのおっさん、ミリオタだった。
まさか経費で本物買ってたなんて。
「僕の出張費はしっかりちゃっかり、ケチってきたくせに、
何やってんだあのやろう!」
「シエンちゃん。やっちゃって!」
「ちょ、まっ」
止める間もなく、ミサイルが発射される。
「やっぱり、あるからには使ってみたかったんですよね」
シエンの目がすわっている。
「撃て撃てー!」
すっかり意気投合する女性陣? まあシエンも恰好が女の子だからいいか。
むこうからも砲撃がくる。今、絶対こっちから撃ったよな。正当防衛とか、そもそも武器の不当所持とかどうしよう、とりあえず黙認かな……。
「弾幕薄いわ!」
また、ラクーンさんが……。
もういいほっておこう。
シャトル後方の正体不明機に一発あたったようだ。
モニタで確認すると炎上しているようだ。エネルギーユニットにでも引火したか?
よかったこれでまける。
「ゲーニーくん。シエンちゃん。
人命優先!助けるわよ!」
「えぇ? さっきまで撃て撃て言ってたのに……」
しかし、確かに。襲われたわけだけど、助けないわけにもいかないこの人の死なない世の中で、人殺しになりたくはない。
「相対速度合わせます。接触まであと30」
こっちが救援に向かったことでむこうも非常用ハッチから出てくる。宇宙服のメットの下は見えないが180くらい、おそらく体格から男性が2人。
こちらの非常用ハッチから入ってくるなり銃口をシエンに向ける。
無言で最大加速するシエン。そして壁に叩きつけられる二人。
同時にシエンとラクーンさんがシードベルトを外し、相手の銃を奪いさり、二人にむける。
シエンはきっとまたミリタリー関係のソフトが違法インストールされているのだろう。
素早い動きも納得できる。しかし、ラクーンさんの動きはなんなんだろう……。
「とりあえず、ヘルメットを取ってもらいましょうか」
凍てつく目でラクーンさんが二人を見つめる……。
――俺、カップ割ったとき怒られなくてよかった。
銃口を向けたままラクーンさんが二人に近づく……。
ラクーンさんが二人に耳打ちした様子だが何を言ったのかまでは聞き取れなかった。だが、まるで首をつままれた猫のように二人はおとなしくなり、
「わ、わかった。」
二人は降参のポーズを取り、ヘルメットをとった。
「で?あんたたち、何? 洗いざらい話してもらうからね」
ラクーンさんが12歳の見た目とはかけ離れたプレッシャーを放っている。
「はい、すいません。すいません。
俺はカッツェで、そっちがマオスというもので」
「いーから、何なのか言う!」
「えーと、裏ゲートの売人をやってます。
下っ端の下っ端ですけど……」
「えー何? そんなことまで言っちゃっていいわけ?」
自分が洗いざらいと言ったわりに、ツッコミを入れるラクーンさん。
「ここいらをゲートのユニット乗せたシャトルが通るはずってんで張ってたんでさぁ。そしたら、おたくらが通りかかったんで、穏便にユニットだけ渡してもらおうと思ったわけで……」
とカッツエ。
「世の中には正規のゲートをくぐれない訳ありもたくさんいるわけで、そんな人達のためにあるのが裏ゲートです。ポブレに住んでるけどゲートにあこがれる人もおりますし……」
とマオスが言う。よく見ると二人はそっくりだ。
入れ替わられたらどっちがどっちだかわからない。
「そういう人にゲートを売ったりして暮らしてるんでさぁ」
「といっても、俺らにはユニットをつくる技術がないからこうしてゲート社がつくったユニットを強奪してるんでさぁ」
もうどっちがどっちだか、判らなくなってしまった。
「ゲーニーくん。
とりあえず、この二人縛っといて」
――その後、僕とラクーンさん、シエンと二人を乗せた二課のシャトルは何事もなく木星の第二衛星エウロパに到着した……。
「なんとか、エウロパに到着したわね」
「ええ、ここからならこの二人を警察に突き出せますね」
「ダメよ! この二人を突き出して洗いざらい喋られたらこっちもまずいもの」
うーん。確かにごもっともだ。
協定を結んで解放するほうが安全なのかもしれない。でもどうやって……。
…………。
また、ラクーンさんが二人に耳打ちをした。
「うーん。きっと大丈夫よ!
二人も私たちのこと絶対言わないって約束してくれたもの」
ラクーンさんの笑顔と、カッツェとマオスの怯えた表情からは自分には計り知れないものが読み取れたわけだが、よしとすることにした。
「ばいばーい。もう変なことするんじゃないわよ~」
上機嫌のラクーンさんが怖い。
…………。
…………。
…………。
「じゃあ、僕とシエンはゲートのユニット受け取りに行ってきますから。ラクーンさんはしっかりお留守番しててくださいよ」
しかし、ユニットを受け取った帰り道だったら危なかったな。
力任せに強奪されていたかもしれない。
やはり情報がどこからか洩れているんだろうか……。
ユニットは建設中のエウロパのステーションに届いていた。見たところとくに問題はなさそうだ。どうやらエウロパから運ぶシャトルに問題があったらしいが……。
――そんなこんなで、やっとのことでガニメデに戻ってきたわけで……。
「さーって、ユニットの取り付け作業とっとと始めちゃって」
うぅ。帰ってきてそうそうに張り切っているラクーンさん。
始めちゃってってことは手伝わないつもりだな。
「ちょっとくらい手伝ってくださいよ」
「私はただのマネージャーなんだから、できるわけないでしょ。
偉い人は責任とるのが仕事で、偉くない人は手を動かす!」
そもそも責任なんて取る気がなさそうな人がいうとなんて説得力のないセリフだろうか……。
とはいえここ1週間なにもしていなかったわけではない。
残す作業はユニットの取り付けのみだ。
ユニットを取り付け、開通作業を開始する。
「シエン。地球側のゲートと連絡をとってくれ」
「もうすでに済んでいます。
いつでもOKだそうです」
さすが、仕事が速い。
「ゲート開通作業開始。
重力制御システム起動。
エネルギー転送 30%……70%……100%
Wゲート再解放………」
「ビーーーーーー。
ビーーーーーー。
ビーーーーーー。
システムがダウンしました。
エラーコード651」
耳慣れない警告音が響き渡る。
今までゲートの再接続でこんなこと起きたことなかったのに……。
このエラー番号はマニュアルにも存在しない。
「どうしたの、ゲーニーくん? 何が起きてるの?」
「おかしいんですよ。さっき接続したはずのゲートが開かないし、こんなエラー見たことないんですよ」
読んでいただき、ありがとうございました。
感想、レビューなどお時間がありましたらお願いいたします。