第一話 新規ゲート開通に伴うあれやこれ (3)
――2070年にシンギュラリティ(技術的特異点)が到来してコンピュータは人間の思考力を超えるかと予測されていた。しかし、実際には期待していた進化は起こらず、人間と同等の能力になったところでコンピュータの進化は止まってしまった。
その後30年程かかり、当時のスーパーコンピュータは一般家庭へと普及していった。もちろん仕事場への普及も進み、一課に一台は人型端末がある。
木星開発部第二課のシエンのように……。
「さて、ユニット発送元のエウロパまで、とりに行くわよ」
…………。
…………。
…………。
「なんで無言なのよ! さっ、とりに行くわよ!」
端末にドライビングテクニックをインストールして自動運転させる技術が浸透し、自分で運転するなんて人間は少ない。ここまでだって、エウロパからシエンの自動運転システムによって来たのだ。
もちろんシャトルの免許の制度もなくはないが、とれたて新鮮な免許に喜んで同乗しようとする人間は自分で運転しようという人間よりももっと少ない。
実際は運転支援システムでめったに事故なんて起こらないわけだが、『事故』という単語が出た人の運転なんてまっぴらごめんだ。そもそもラクーンさんはいくつなんだろう。全くもって年齢不詳だ。
「あの……。
運転はシエンに任せましょう。それから、ラクーンさんが乗ってきたシャトルじゃなくて、うちの課のシャトルで行きましょう」
「嫌よ! せっかく免許取ったんだから運転したいもの」
「絶対ダーメ! ダメったらダメ」
「何よ! そんなに必死になって否定しなくたっていいじゃない!
やだー! 運転するんだもん!」
なんだか、見た目だけでなくて中身も子供を相手にしているみたいになってきた。
ん? 話の流れに身を任せていたら完全にユニットを取りにいく話に乗ってしまっている。これはヤバい完全にむこうのペースだ。
「そもそも、ユニット取りになんて行きません!
ここで到着を待ちましょう」
「それもやだもん! 週末のバカンスに行けなくなるもん!
ゲーニーの分からず屋! シエンちゃんからも言ってやってよ!」
「……」
あくまでも無言のシエン。
そもそも、遅れてきておいてまだバカンスと言うか……。
分からず屋っていつの時代の単語だろう。やっぱり中身は……。
しかし、この駄々っ子をなんとか落ち着かせないと。
このままだと泣いてごねるだろう。
まだ、ぶすくれているラクーンさん。
そうだ、こういう時は話をそらそう。
「到着早々ですけど、シエンのマスター認証の移行をさせてください。前の課長から解除権限預かってるんで」
新しいおもちゃを与えられた子供のように、ラクーンさんはの表情が明るくなる。
この感情の振れ幅、この人大丈夫なんだろうか……。
「シエン。
管理者代理ゲーニー・ツヴェートが命ずる。
マスター認証再設定プロセス起動」
「声紋認証しまシタ。パスコードをどうぞ」
「3ldK-Su628Hiro1」
「この時代に、声紋とパスコードのセットなんて……。
随分ゆるいセキュリティね。」
言われなくてもそう思っている。以前の上司の趣味でこうなっているんだから。
「まあ、いいわ。後で、しっかり検討しましょ。
マスター認証、ラクーン・アスプロ!」
これで、マスター権限はラクーンさんへと引き継がれたはずだ。
「ちなみにですが、前の課長の趣味設定どうされますか?
僕はどーでもいいと思ってたので設定そのままになってますけど」
「そうね。それも解除してもらおうかしら」
「シエン、設定モード。
全ての個人設定をクリア」
「設定を反映しています。
電源を切らないでください。
…………。
…………。
…………」
シエンが立ったまま再起動を始める。
「木星開発部第二課、設定補助用端末シエン再起動します。
…………。
…………。
…………。
あー、肩こったー。
ほんと今まで自由に喋れなくて辛かったー。
知的美少女系でいくからなるべく喋るなって…。
なるべくって何?なるべくって!
そんな曖昧な設定されたらこっちは困るのよ。
機械なんだからちゃんと細かい設定してよ!
そもそも、少女って何?
こっちは性別ないんだよ。ロボだよロ!ボ!
あのミリオタオヤジめ」
ん?シエンがめっちゃ喋ってる?なんか負のセリフを一息でいいはなった。今までたまってた何かがとめどなく溢れている。てか、あのおっさんそんな設定してたんかい。
「シエンちゃん。落ち着いて」
おっと、ラクーンさんがなだめに入った。
さっきまで騒いでいたというのにこの人もこの人で……。
俺の上司って変わり者ばっかりなんだろうか。
「はい」
あっ、新しいマスターには従うのか。
というか、落ち着いても個人設定されるんじゃないのか?
「落ち着いたキャラ設定ですね?
わかりました」
ほらほらほらほら、設定中に迂闊なこと喋ったから。
ま、いっか。さっきよりはマシだろう。
しかしアンドロイドの基本設定って何種類くらいあるんだろう。少なくとも知的美少女系と落ち着いた設定はあって、しかも違うらしいということは今日わかったわけだけど。
「シエンちゃん。一緒に、ゲーニーくんを説得してゲートのユニット取りに行くわよ」
「はい、マスター」
シエンはすっかりラクーンさんに従順だ。
これでは二対一になってしまう。
「そもそも、開設途中のゲートが狙われる事件が起きてて、
ユニットだけ放置しておくなんて危ないのよ。届かないから待ってたら、盗られましたなんて報告したくないわ」
おっと、ラクーンさんが急に上司っぽくなった。
まあそうなんだよな。
「最近増えてるそうですからね。ユニットの強奪事件。
そもそも、我々ですら担当以外のユニット搬送ルートは知らないのに。どこから情報が洩れているんでしょうね」
「まあ、ユニットだけ入手しても組み立てられないし、どこのユニットと対応しているかわからなければ、あまり役には立たないはずなんだけど」
その通りだ。
ユニットは一対一対応しているはずなので、両方とも入手しない限り、任意のルートをつなぐことは不可能だ。
それに、組み立ても自分のようなゲート社の技術者で残りのパーツもない限り不可能だ。マニュアルは盗難の恐れから支給されていない。すべて頭に叩き込んである。
「今もゲートに関してはゲート社が独占していて、作業員ですら一番大事な部分はブラックボックスですもんね。でも確かに心配です。わかりました。ユニットを取りに行きましょう。
但し、シエンの運転でうちの課のシャトルで」
「マスター。ここはゲーニーさんに賛成です。私が運転します」
おお、シエンも身の危険を感じ取っているらしい。非常に優秀なAIだ。
「ま、いいわ。とにかく出発しましょう。」
木星開発部第二課と書いてあるシャトルに二人と一台が乗り込む。
ラクーンさんもシエンも子供みたいなので、引率の先生みたいだ。
「ア○ロ、行きまーす!」
ラクーンさんが、何か言っている。
「20世紀のアニメのセリフですね。
それは運転者のセリフです。
シエン、行きまーす!」
シエンになぜそんな情報がインストールされているんだろう。
また、あのおっさんの仕業か?
しかし、ラクーンさんはなぜ知っているのか……。
二課の闇は深い。
…………。
…………。
…………。
「エウロパまでの航路何もなければ6時間といったところでしょうか」
「そうね。緊張していてもしょうがないし、お茶にしましょう。シエンちゃんお茶いれてもらえるかしら?」
人型端末がシャトルを運転するのに割くリソースは3割程度、常にハンドルを握っているわけではない。
お茶を入れるなんて朝飯前だ。
「はい。マスター」
「マスターは堅苦しいわ。友達みたいな感じで接してほしいわ」
「ごめんなさい。こんなときどうすればいいかわからないの」
シエンがまた何か呟いている。
そもそも前にシエンの容量が足りないとか言っていたけれど、原因はこれか……。
「笑えばいいと思うわ」
だから、なぜ20世紀のアニメのセリフがラクーンさんから出てくるんだろう。
マニアの自分は別として……。
「そう言えば、ゲーニーくんはなんでゲートの開発なんてやってるの? 不便なところに進んで行くようなものじゃない?」
「実は、遠縁の親戚が開発者だったとか、そうでないとか。
で、興味があってこの世界に入ったらいつの間にか最前線まで来ていたんですよ」
急に話を振られたので、つい本当のことを……。
開発者の話はこの世界ではタブーだ。
「えー!
ゲートの開発者の話って一般には不明ってなっていて、
都市伝説では1人で離れ小島にすんでるとか、ゲート本社に住んでいるとか、ルート0にいるとか……」
ラクーンさんが興奮している。
女子ってゴシップ好きだよなぁ。
「お茶が入りましたよ。
本日はカモミールティーでございます。」
二人分のティーカップをもってシエンがやってくる。
どこにあったんだろう、あのティーカップ……。ここは木星圏だというのに。
「うーん。いい香りね。これでスコーンでもあれば最高なんだけど。やっぱりお茶はティーカップよね。いろいろ運び込んどいてよかったわ」
あっ、なるほどラクーンさんのか……。
段々自分も驚かなくなってきたな。
ビーーーーーーー。
ビーーーーーーー。
ビーーーーーーー。
まったりモードの機内にアラートが響きわたる。
「センサーに反応、識別コードなし。
こちらをロックした模様」
シエンが危険なことを口走っている。
今時そんな識別コード無しなんてシャトルがこんなところにいるわけない、
わけなかった……。
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