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第九話 対決 (3)

 

 「こっちも行きましょうか」


 一階行きのゲートを通ればあとは地下のはず、地下空間なんて社内の人間も知らなかったんだし、アウトサイドピープルと鉢合わせることもないはずだ。


 「全く、こんな横着なゲート作って、建物内までゲートで結んじまいやがって、こんなんだから大規模障害なんか起きるんだよ」


 「あれ、設計はラインじいちゃんとファインさんじゃないんですか?」


 「エレベータがあるんや。ちゃんと」


 じいちゃんはちょっと残念そうだ。自分が設計したものを他人にいじられたりするのは嫌かもしれないな。


 「ともかく一階を目指しましょう。社外を通れば楽にたどり着けるはずですよね」


 「一階まではな……。だがあいつらもバカじゃない、地下の空間にももう気づいているだろう。社長室にはこの建物の設計図もあるからな」


 「なんでそんなもの社長室に……ふつうは書庫とかにしまいこまれているものじゃないですか? むしろ上より下のほうが危険ってことですか?」


 「ああ、それにコントロールを奴らに奪われているから、トラップの嵐だ」


 「あー、僕、上に行けばよかったよう」


 「ま、そう言うな。お前の力のこの先必要かもしれないシュリヒト。でもトラップなんて作った本人達がいるんだから。そうそう難しものでもないんじゃないですか?」


 「それがなぁ、なにせもう半世紀も前のことやからな。マップはあるんやけど、どんなトラップ作ったかはすっかり忘れてもうた。すまんなゲーニー」


 「とにかく、アウトサイドピープルよりも先にシステム室に到着しないといけないのは変わらないわけだね」


 「コントロールルームでゲート社の認証が効かない今、トラップはすべて有効だ。そう簡単にいくかな」


 ファインさんが自身たっぷりだ。全く自分達が作ったからって……。今はそんな誇らしげにしている場合じゃないというのに。


 ルート0の一階からゲート社内へと侵入したが、見張りはだれもいなかった。さすがに最下層にまでは人出をさけないらしい。そこから壁抜けで地下への入口へと侵入した。本来はここも社長室のキーがないと開かない仕組みらいけど。こういうときに役に立つ道具だな。




 「地下10階まではただのシェルターだ。一気に下るぞ」


 昨日から階段で登ったり下りたりばっかりだな。走りながら先の情報を聞いてみる……。


 「地下10階までって、あとはどうなっているんですか……」


 「地下11階から20階までは巨大な迷路や、地下21階の入口がとりあえずのゴールやな。たぶんマップがなかったら一生出られんかもな」

 

 「なぜそんな作りに……」


 「やから、セキュリティーがだな……」


 「迷路なら片側の壁に手をついてずっといけば半分で出られるはずだけど……。そんな暇はない。

シエン、マップから最短ルートを割り出してくれる?」


 「はい。少々お待ちください」


 巨大迷路の入口である地下11階の入口で立ち止まる。一刻も早くシステム室にたどり着かないといけないというのに、この足止めである。


 「全くファインさんもラインじいちゃんも、これ絶対悪ノリして作ったでしょう?」


 「いやー、つい子供心がでちまってな。作ってる間は楽しかったぞ」


 「ルート検索が終了しました。迷わずに行っても小一時間かかってしまいます」


 「どうしよう。小一時間はちょっとかかりすぎるな。しかたない、壁を抜けていくか……。シエン、検索したルートをさらに壁を抜けられる前提でリルートしてくれるかい?」


 「それでしたら、15分ほどで抜けられるかと」


 「あぁ、せっかく作ったのに、面白くないやん」


 「今はそんなこと言ってる場合じゃないよ、ラインじいちゃん」


 壁を抜けながら5人で進んでいく。これで先行しているアウトサイドピープルも追い抜けたんじゃないだろうか。ようやく地下21階の入口まで来た。


 「しっかし、この壁抜け面白いな。原理はどうなっているんだい?」


 ファインさんがシュリヒトに興味深々だ。科学者同士だし、気があうだろう。この非常時でなければゆっくり話をさせてあげたいくらいだ。だが、今はシュリヒトにもやってもらうことがある……。

 

 「ファインさん、壁抜けの原理は後で……」


 地下21階は何もないんだろうか? 目の前にはドアが二つあるだけの行き止まりだ。

 

 「なんでドアが二つあるんでしょうかね?」


 「さあなあ、何でやったかな」


 右側の扉に僕とシュリヒト、左側にファインさんとじいちゃんという構図でドアを調べ始めたとき轟音とともに天井が落ちてきた。しまった忍者屋敷とかにあるあれじゃないのか?

 とっさによけたが、ファインさんとラインじいちゃんと別れてしまった。向こう側の声は聞こえない。よくよく見るとドアには文字が刻んである。


 『ドアを開けたければボタンを押せ。但し、押した瞬間反対側のドアは開かなくなる。押さなくても一日たてばドアは開く』


 「こんな時に……。囚人のジレンマか」


 この文言は向こう側にも書かれていると考えていいな。


 「何? ゲーニー、囚人のジレンマって?」


 「ゲーム理論って知ってるかい? お互いが協力すればよい結果になることがわかっても、協力しない方が個人の利益が高い場合に、協調が失われるっていう話なんだけど」


 「わかりにくいねー」


 「つまりこの場合は、協力した場合は二つのドアは一日後に必ず開くはずなんだけど、どちらかが協力しなければ、残りの一方は永遠に足止めってことなんだ。相談できなければ二組ともボタンを押してしまう確率が高いっていう理論さ」


 「二組ともボタンを押したら?」


 「たぶん二組ともここで足止めだ」


 「じゃあ、早く押さないとー。僕たちだけでもたどり着いたほうがいいんじゃないのかな」


 「ダメだ。マップにもこの情報は乗っていなかった。おそらく、設計図には書けないしかけがこの先もたくさんある。何が待っているかわからないし、作った本人達の記憶が頼りだ。向こう側もおそらくこれが囚人のジレンマであることは知っているはずだから、ボタンはそうそう押さないはず……」


 「うーん。どうしよっか。一日待つ?」


 この状態で一日はかなり長い、抜いてきたであろうアウトサイドピープルにも追いつかれてしまう可能性があるし、何より時間が惜しい。


 「待っていたらアウトサイドピープルがゲートを止める装置を発動してしまうかもしれない。ラクーンさんたちが頼りだけど、こっちも進んでおきたい」


 「じゃあ、壁抜けで向こう側に行こうよ」


 「あ、そうか、壁を抜けて反対側に集まれば全員で進めるのか」


 すっかり、このチートなアイテムに頼りっきりだ。これがなかったら何処で足止めされていたか……。


 壁を抜けて全員で進むと地下22階の入口が見える。ここも二つのドアがある。まさかまた囚人のジレンマのゲームをやらされるんじゃないだろうな……。今度は警戒して片方のドアに固まって様子をみる。

 

 さて、ゲームを楽しんでいただけているだろうか? 今から5分おきに50%の確率でこの部屋に毒ガスが噴出される君たちが5分後に生き残っているか死んでいるか正解と思う方の扉を開けるがいいい。


 ってなんだこれ、趣味の悪いリアル、シュレディンガーの猫問題じゃないか。


 「ちょっと、ファインさん、じいちゃん? これ解けなかったら本当に毒ガスでるの? 悪ふざけにもほどがあるよ!」

 

 「いや、すまんな。ジョークで作ったんやけど、まさか自分ではまるとは思ってなかったな」


 「笑ってごまかしてもダメだよ」


 「もうこんなの時間の無駄だから、とっとと壁抜けでドアの向こうに行くよ!」


 その後もテセウスの船問題とか、よくもまあいろいろ思いついたと言わんばかりのトラップやらに出くわしながらも結構な確率で壁抜けが役に立った。

 確率変動装置って、やっぱりずるいよな。


 僕たちはなんとか、地下32階の入口にたどり着いた……。



読んでいただき、ありがとうございました。

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