第八話 設立秘話 (1)
じいちゃん家は建築事務所兼居住スペース。白いコンクリートとガラス張りが融合した建物だ。設計はもちろんライン・ブラオン。一階が事務所スペース。じいちゃんはアトリエって呼んでるけど。建築関係の本や趣味の写真集などが吹き抜けの壁一面を埋め尽くしている。二階はプライベートスペースになっていて、広いリビングダイニングと寝室、ゲストルーム。小さいころはよくここに連れてきてもらってたっけ……。
「じいちゃん、久しぶり!」
「ゲーニー、元気だったか? それからえーっと見たことある顔だな。たしか……
シュリヒトだったか? 元気やったか?」
「うんー。元気ー。みてみて、これ面白いもの持ってきたんだ」
「なーんやその箱?」
「これはねー新しく開発した壁抜け装置でね」
「ほー、なんや面白そうな機械やな」
…………。
「感動の対面もいいんだけど、私達そんなに時間ないんじゃない?」
あ、そうだった。
「ゲーニー、そのちっこいのは? 嫁か?」
「こちらラクーンさん。今の上司なんだ」
「おー、これはこれはゲーニーがいつもお世話になっとりますな」
「それから、シエンとティグレさん。裏ゲートの案内人かな。
で説明を端折るけど、じいちゃん、僕ら追われてるんだ」
「ほーう。誰に?」
「ゲート社の上層部なんだけど」
「なーんで、自分とこの会社に追われてるん?
賄賂でも受け取ったんか?」
「ちがうよ、じいちゃん。ゲートの大規模障害の容疑で追われてるんだよ」
「なんやそれ? 大規模障害ってそういえば昨日来るはずだったクライアントがそんなこと言うとったなぁ。復旧したらどうのって言っとったけど結局来んかったな。ゲーニーお前そんなことしたんか」
「いや、誤解というか、もしかしたらこれが原因かもしれないけど」
そういって、ユニットの入ったカバンを見せる。
「まー、でもよく来たな。茶でも飲んでいくけ?」
「じゃなくて! ゲートが発明されてから今のゲート社になるまでの話をききたいんだ。もしかしたらそれが原因の手掛かりになるかもしれなくて」
「あん時の話しか。もう50年も前のことやからな。俺はゲーニーみたいになんでも覚えているわけじゃないんやぞ? まあええわ。長話になるからここじゃなんだな。人数もボチボチおるしリビングの方で話そか」
ここに来るのも何年ぶりだろうか……。って同期達と来てるからそう年月がたっているわけではないか。
あの時はただの同期の旅行で、行く当てもお金もなかったからゲートを使えばただでリゾート気分も味わえるじいちゃん家に来たんだっけ。
だが今は違う。ゲート開発の生き証人として話を聞きにきているのだ。
…………。
「さて……」
皆ラインじいちゃんが話し出すのを静かに見守る。ティグレさんが唾を飲み込む音が聞こえてきそうだ。
…………。
…………。
…………。
「今日はばあさん旅行でなあ。茶菓子に好きなもん食べていいぞ」
くっそ。この間をどうしてくれる?
「私シフォンがいいわ」
「俺あ、甘いもんは苦手だ。コーヒー」
「僕はねー。ミルクレープかなー」
あっ、この人たちそういえばこういうノリだった。というか、朝から何も食べてないから、お腹が空いていたことに今気づく。不覚にもお腹がなってしまった。
「シエン、ここの家事用アンドロイドを手伝ってくれる? シエンならシフォンもミルクレープも作れるだろう?」
「はい。どちらの材料もあるようですし」
「で、じいちゃん昼飯ある?」
「なんだ。ゲーニーが一番腹減ってるみたいだな。最近カレーに凝っててな。ちょいと本格的なんを作ってやる」
そういうと、キッチンでスパイスの調合を始めた。この香りはカレーリーフにカルダモン、フェンネル、クミン、コリアンダー、クローブに、オールスパイス……。フライパンで香りが立つまで炒ると本格的な香りがしてきた。そこに強烈な食欲をそそるにおい。これはガーリックとジンジャーの香りか……。
あとはなにか炒めたりして、最後蒸し焼きにしているようで、匂いが一瞬引いたと思ったら、蓋を開けると同時に解放される複雑な香り……
「本物だ……」
「な。うまそうやろ? 最後に生クリームをちょいとかけて、バターチキンカレーの完成や!」
「何でこんな本格的な……」
「ほれナンや」
「なにこれ?」
「ナンや」
「だから何って聞いているんやけど」
「やから、ナンっちゅう食べもんや。本格派はこれやないとな」
「ちょっとゲーニー君ずるい。私もお腹空いてきたわ」
「ちょー待ってや。みんなの分作ったったから。
食べたい人は挙手な」
全員が無言で素早く手をあげた。目がコワい。そりゃそうだ。あんな匂いを嗅いでしまったら、食べるしかない。
かくして僕らのフードファイトは開始された。全員がっつく。空腹は最大のスパイスとか言うが、その状態でスパイスのきいたカレーを食べるとこんなにも旨いものか……
複雑に絡み合ったスパイスが、もはやどれがどうということではなく渾然一体となって、一口食べるごとに口の中に広がってくる。
「カレーの後では何やけど、そろそろシフォンケーキも仕上がるで。和三盆クリーム添えや」
「って、ちっがーう」
「なんだゲーニーお替りか? もうないで?」
のんびりフードファイトしている暇はなかったのだ。
「じいちゃん、そろそろ話しを初めてもらえるかな」
「よっしゃ、ええで」
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