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プロローグ

 ――大学内、実験室


「実験エネルギー充電開始!」


 一人ってのも気楽なものだが、助手がいた方がいいかもな。おっと、今日は学会の日だったか。まあいいや、学会なんかで議論しても証明がすすむわけでもないし。

 この高次元トンネル開通装置さえ完成させてしまえば、超ひも理論でいうところの4次元以上の空間を証明したようなものだ。今まで誰も確認できてない次元を見ることさえできれば……。


      ◇◇◇


「よっ! 相変わらずしけた研究室やなー!」


 大学時代の悪友のライン・ブラオンが実験室にいきなり入ってきた。ノックくらいしたらどうなんだろうか。また、飲みにでも誘いに来たんだろう。まったく、売れっ子の建築家のくせになんで暇があればここに来るんだろうか。


 ラインは自動翻訳機能を関西弁モードにしているらしい。誤変換じゃないかと思う失礼な一言だが、きっとそれっぽいことをいっているんだろう。親しき仲にも礼儀ありと言うのに。しかし、せっかく来てくれたのだ、エネルギー充電まで時間もあるし、お茶でも用意しようかな。


 ラインは学生時代は細身で165センチと男性にしては小柄で細身な方だった。だが、毎回接待で豪華なものでも食べてるのだろうか、今ではすっかり丸くなってしまった。


「うっさいなー、邪魔するなら、帰れよ!」


 悪態には悪態でかえす。せっかく来てくれた友人だが……。

 こっちにも礼儀はないか。


「おおっ! 今どき自分で茶を入れるなんて珍しいやっちゃなー。最終型のアンドロイド端末買うたらええやん。あっ、お茶菓子ない? ぶぶずけはいらんで!」


 人工知能が発達してきたことで、急速に社会の中にアンドロイドが目立ち始め、ついに民間用にも出回り始めた。一家に一台、アンドロイドの時代がもうすぐやってくる。というのが売り文句だ。

 特に人気がでているのはやはりというか、人型のアンドロイド端末だ。だが、このおんぼろ研究室に人型アンドロイドを買う余裕はない。この間、新しい、といっても中古だけど、端末をやっと研究費で落としたところだ。

 やれることは自分でやるのだ。


「ったく、いきなり訪ねてきて何もないはないだろ! まーた太ったんじゃないの? 

 それから、人型端末は高いから嫌なの! 別に不自由してないし」



『実験エネルギー 充電完了まで5,4、3、2、1』


 コンピュータ端末がエネルギーの充電完了を知らせてくれている。人型でなくたってこれくらい朝飯前なのだ。問題は無い。


「おっと、エネルギーがたまったみたいだ。

 実験をするから邪魔しないでくれよ。そのお茶飲んだら帰ってくれるかい?」


「いや、せっかくやし失敗すんの見てくわ。お前もほんまは優秀なんやから、どっかの金持ち研究室に入ればええやん? ヒカラ・ビルやったっけ? そんなどーでもいい空間さがしてないでな」


「カラビ・ヤウ空間だよ」


「そのカラビ・ヤウがなんなん? なんの役に立つん?」


「うーん。役にはたたないかな。

 超ひも理論で昔っから予言されている4次元以上の空間ことで、存在が証明できれば、超ひも理論の証明も楽になるっていうか……」


「えー、こんなに苦労してるくせに何の役にもたたんの?

 だいたいお前、したっぱの学生もいないし、大丈夫なん?」


 まだ説明が終わってないのにかぶりぎみで、役にたたないとか言われてもなぁ。

 しかし、学生がいないのは事実だ。東西に20メートル程の実験室は大人二人でがらんとしている。


「はー。アホは無視して実験開始するか」


コンピュータ端末に今日の実験記録を入力し始める。


『2067年12月30日 第31回起動実験 開始


 Eゲート接続座標指定

 XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX

 

 Wゲート接続座標指定

 XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX-XX』


 ラインは帰らずに室内をうろうろしている。まったく何がしたいんだか。


「まあ、綺麗好きっちゅうか、なんちゅうか。

 この手の学者さんにしては割とすっきりしてるほうやな」


「本とか論文雑誌とか紙の資料がほとんどないからかな。

 研究仲間はまだ本をたくさん抱えてるヤツが多いけど、この間、ようやく全部吸い出してデータにしたからな」


「おー。黒板やん。レトロな趣味やなあ」


 こいつ。人の話聞いてないな……。

 つい今しがた思い付いた数式はまだ保存していない。消されたら困る。さりげなーく、黒板の遠くに誘導しよう。


 黒板の反対側には、片付いた机の上に、100インチまで投影可能な立体投影装置付きのコンピュータ端末、入力用にキーボードが置いてある。こっちに触れられても面倒だ。


「キーボード? またレトロなもん使ってんなー。今時見いひんやろ。

 この端末かて最新のEEG-IF(脳波インタフェース)に対応しとるんやから、考えるだけで入力できるやろ?」


 頼むから端末にも近づかないでほしい。

 まあ確かに、USBという前時代の規格を無理やり接続している。

 10年ほど前から使われ始めたEEG-IFは、考えるだけで入力可能なのは今となっては当たり前である。出始めの頃こそエラーの数も多かったが、最新式のEEG-IFでの誤入力は0に等しい。


「ちょっとでも、エラーが入る可能性が気になるんだよ。

 だからこうしてキーボード買ってきてつないでいるわけ」


「よくわからんけど、よく売ってたな。そのキーボード」


「キーボードはジャンク品何個か組み合わせて直した。けど、ケーブルを挿すところがなくて、量子暗号ハブも買ってきた。ちょっと前の機種なら電源のところからケーブルを挿せたってのに。

 今はもう有線するところないのな」


「漁師? アンコウ? ハブ? 何なん? 何それ?」


「量子! 暗号! ハブ! な」


「はあ。そのハブがなんだって?」


「要するにだ、最新式の信頼性ばっちりのハブだ。ハブはわかるよな?

 うーんと、ハブ空港とかわかるよな? ものが集まる先っつうか何つうか……

 

 要するに、USBケーブルを挿すところがほしかったんだよ。無線給電システムで見通しがいい20メートル程度なら電源ケーブルもいらなくなっただろ? そのおかげで今まで電源線と共有していたデータ通信用の線も挿すところがなくなってて、それで仕方なくUSBケーブルを挿すところがついているこの量子暗号ハブを使って……」


「うーん。ようわからんけど。コンピュータ端末とキーボードを繋ぐためにいるんやな」


 こいつ、人の話を最後まで聞かないわりに理解が早いじゃないか……。

 電源ケーブルが無線になったことで、長いケーブルの類は一切なくなり、ずいぶんと便利になったものだ。


 しかしいざ有線しようと思うと、その便利さは逆転した。ケーブルを挿す場所がないのだ。

 端末と量子暗号ハブは無線で接続されており、買ってきた量子暗号通信ハブから辛うじてでている前時代の名残と言わんばかりのUSB端子だけがキーボードを接続できる方法のようだ。


 部屋の真ん中にある開発中のマシンにラインが近づく……。


「そんで、これが作ってる機械っちゅうわけか……。

 何これ金属探知機?」


 確かに開発中のマシンは、空港にある金属探知ゲートのようにみえなくもない。

 カバーの類は取り付ける必要性が今はないと思ってたので自作のユニットや配線がむき出しになっている。細かい説明はこいつにしてもわからないだろうし、下手に触られて感電されたり、部品を壊されたりしては困る。


「違う! 高次元トンネル開通装置!

 頼むから余計なところに触らないでくれよ」


「ほー。まあ、奇妙な機械やなぁ」


 そう言いながらくぐる。


 勝手に……。


 人が一人通れるくらいの大きさなので、丸っこい見た目のラインが通ると結構いっぱいいっぱいだ。運びやすいように二台ともキャスターがついている。カラビ・ヤウ空間の展開には最低でもこれくらいの大きさが必要な見積もりだったのだ。


「同じもんが二台あるけど、なんか違うん?」


 二台は50センチの間隔をあけて設置してある。


「いや、同じものだよ。東側をEゲート、西側をWゲートって名前にしているけれど、単に見分けるためかな。じゃあ、実験開始するぞ。

 隅っこでおとなしくしていてくれよ」


 そう言いながらキーボードのエンターキーを押す。


『高次元トンネル開通実験 プログラム起動……、


 量子暗号通信システム起動……

 チャンネル設定、

 チャンネル1番をEゲート、

 2番をWゲートに接続

  

 通信チャンネル1番

  エネルギー転送 10%……30%……70%……100%

  データ転送 10%……50%……100%


 続いて、通信チャンネル2番

  エネルギー転送 10%……30%……70%……100%

  データ転送 10%……50%……100%


 高次元トンネル開通作業開始

 Eゲート、Wゲート解放』


「さて、と、ここまでは自動プログラムがやってくれるから想定の範囲だ。でも、成功した後どうなるかは見たことないんだよな。

 東側のEゲートと西側のWゲートの二点のちょうど真ん中に、カラビ・ヤウ空間が人間の目に見えるように展開されるはずなんだ」


 ただただ、成功を祈りながら、実験室のEゲートを見つめていた。Eゲートの先にはWゲートとその先の壁が見える。


 …………。


 なにも起こらない。


「はぁ。今回も失敗か……」


 EゲートとWゲートのちょうど真ん中まで歩いていき、2基を眺めていた。着想はいいと思ったけど、高次元空間に座標指定でアクセスする方法なんてなかったから、開発にこんなに苦労するなんて思わなかった。

 

「今回も失敗か……」


「まあ、ええやん。そんなすぐ成功するもんでもないやろ」


 ラインがEゲートの方から近づいてくる。だから、部屋の隅っこにいろといっているのに……。

 とそのとき、何もないところで躓くライン……。


 こいつ太ったし運動神経もダメになっているな。


 さらりとかわすとちょうど装置の真ん中にラインが割って入った形になった。


「おっとっとっと」


 ふらついてWゲートにもたれようとしたとき、不覚にもキャスターのロックがはずれていたWゲートが西側の壁に向かって数メートル転がった。


 東側のEゲートと西側のWゲートと、その間の数メートルほどの空間に自分と、あとラインが転んでいる……。


 …………。


 …………。


 …………。

 

 EゲートとWゲートの間から覗くと、Wゲートの先に見えるはずの壁が見えない。

 

 真っ暗な空間があいているだけだ。


 目の前の暗闇に一瞬くらっとした。


 ラインは身体を起こして、Eゲート側の壁側にまわってゲートを覗く。


読んでいただき、ありがとうございました。

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