説明不足
「辰美さん。」
呼ばれて目を開けるとジェイが綺麗な笑顔が見えた。
「落ちてみましょうか。」
「え?」
そう言われて初めて辰美は足元に何も無い事に気がついた。否、何も無くはない。遥か下には波打つ海が見える。そしてジェイの背後には切り立った崖が。
そう、辰美が気付いた瞬間、ひゅっと耳元で空気が鳴った。そしてジェイの笑顔が上に遠ざかる。
「っ…」
辰美は息を呑んだ。それが最後の一息だった。
夢を見ていた。ああ、またあの夢だ、と辰美は思った。あの、花畑の夢と感覚が似ている。だが、今度はあの時のような穏やかさは無かった。訳の分からない恐怖を辰美は感じていた。身体が全く動かなかった。金縛りにあった、と、言うよりは筋肉自体に力が入らない。自由の利かない身体の代わりに感覚だけが研ぎ澄まされた。
匂いだ。嗅いだ覚えの無い匂いがする。煙のような、それでいて甘く、喉に張り付くような匂いだ。どうにかして薄く目を開けた。視界はぼやけてはっきりしない。だが、人影が見えた。薄暗く、冷たい部屋だ。そこに人影が二つ。背格好からして男だろう。片方は黒髪、片方は金髪であるようだった。
何かを話しているが何を話しているのか全く分からない。少なくとも辰美には理解できない言語であるようだった。そのうち一人が辰美のほうへ向かってきた。そして口に何かを放り込んだ。それは否応なしに辰美の中に留まった。




