絆
その頃、王宮では姫君がまさに命の瀬戸際に来ていた。
国中の医師が集められ、手を尽くしたにも関わらず、病状は一向に良くならなかった。
「まだ…まだかのドラゴンは見つからぬのか…」
王は失意の底にあった。王妃はとうに心労で倒れている。もはや王妃の命すら風前の灯であった。
「王、ドラゴンを捕らえて如何致します?まさが本気で生き胆が効くなどという世迷いごとを信じておられるわけでは…」
ギルが王に問いかけた。
「それ以外、何を支えにせよと申すのだ…」
王は両手を組んで顔を覆った。王の失意のほどはギルにも分かる。だが、一国の王として判断を誤れば国自体が滅びてしまう。
「しかし、それではドラゴンたちが黙っていますまい。」
「罪を為した竜をも許せというのか。わが子の命を奪われてまで。」
王は手を握り締めた。
「国のために王家の犠牲は払わねばならん…だが…」
「迷うことは無いでしょう。今すぐドラゴンを捕らえ、生き胆を取ればよい。」
「グレオ大臣…」
「王。これをお持ちしました。」
グレオはそう言うと一匹の子ドラゴンを差し出した。薬で眠らされているがまだ生きている。
「かのドラゴンと思われますが…如何致しますか?」
「本当か?!」
「はい。」
「王!惑わされてはなりません!」
ギルが王の肩を掴んだ。
「しかし、もう、姫が…姫が…」
(ジェイ…間に合わなかったのか…)
ギルは絶望しかけていた。今ここで眠るドラゴンの生き胆を取れば万に一つ、姫君は助かるかもしれない。だが、国は滅びるだろう。まして、事の真実を詳らかにしないまま、一つの命を奪うことが許されようか。
(ジェイ!)
年若い、駆け出しの探偵である甥っ子を頼みの綱にしなければいけない現実を憎みながら、それでも最後の奇跡をギルは願った。
その時だった。
「そう!それは偽者ですよ!」
ギルの願いに応えるように強い声が響き渡った。全員が声の方を見た。
バルコニーだ。
そこには月光を背負って二人の男の影があった。
「曲者!」
グレオが問答無用で斬って捨てようとした。だが、その剣を幸也が跳ね返した。
「お見事です!」
「これでも元剣道部!昔取った杵柄、やっと思い出してきたよ!」
竹刀とはだいぶ違うがズブの素人よりは役に立つよね、と幸也は笑った。正直そんな余裕はない。先だってのサラヤとの闘いで大分体力を消耗してしまっていた。
「国王!聞いていただきたいことが…」
「貴様何者だ!」
「っと、しまったな。ジェイ!早く説明して!」
「国王陛下にはご機嫌麗しく…」
「麗しくもないだろうし、さっさと本題に入って!」
幸也は懸命にグレオの剣を抑えた。だが、次の一撃で幸也ごと吹っ飛ばされてしまった。倒れた幸也にグレオが襲い掛かる。幸也はそのままの姿勢でグレオの剣を受けた。
「うあ…」
「残念だったな…死ね!」
「静粛に!」
ジェイが叫んだ。
「グレオ大臣。あなたは国の大事に何をされているのですか。この国の大臣であるのなら、話を聞きなさい!」
ジェイの手は僅かに震えている。気取られてはいけない。相手は百戦錬磨のつわものなのだ。
「…この曲者は放置して良いと?」
「その方は曲者ではありません。私の連れ、更にこの国の大事に助力下さる方。」
「新米探偵風情が、手が震えているではないか。この者に脅されているのでは?」
「それはありませんね。」
ギルが口を挟んだ。
「その者の胸にあるのは私が支給した銀バッジ。そのバッジは王家に徒為す志の持ち主には効きません。」
そこまで言われてはグレオは剣を収めるしかなかった。
「…聞こうか。新米探偵殿の推理とやらを。」
ジェイは語った。
「翡…かのドラゴンは無実です。彼は何者かに毒を飲まされ、その所為で毒の煙を吐いたのです。」
「何者かとは?」
ジェイは懐から水晶玉を出した。呪文を唱えると中から一人の男が姿を現した。
「う…。」
僅かにうめき声を上げたが身体は動かないようだった。グレオの目の色が僅かに変わった。
「この男に見覚えはありますか?」
「さあ、知らんな。」
「知らぬはずはあるまい。」
ギルが言った。
「この男はソウ国の若き軍団長シャナル。若くして各国を侵略し、軍功にて奴隷から貴族へ成り上がったと聞く。」
「この男の胸ポケットに、これが…」
幸也がよろよろと立ち上がり、協会長に割れた小瓶の入った水晶玉を渡した。ジェイの持っているものより小さなものだ。
「出さないでください。毒が入っています。」
「毒?」
王が反応した。
「残念ながら姫君に使われたものではないです。ただし、かのドラゴンに使われた。効果は見てのとおり。」
「お前たちがやったのか?」
「違います。争いの最中、彼がその小瓶を出した時、幸也が咄嗟に瓶を狙って小石を投げたのです。」
「それが当たって瓶が割れ、自分で毒を被ってしまったと…」
「はい。その小瓶にはソウ国の紋章が刻まれています。」
「確かに。」
「それと同じ毒をかのドラゴンは飲まされ、身体の自由が利かなくなったところに、毒の元を仕込まれた。」
「なるほど。それではあの事件はドラゴンの意志ではなかったということか。」
「そして多分、そこにいる子ドラゴンにも同じ毒が使われているはず…」
ギルが子ドラゴンを確保した。それを医師たちに渡す。
「使われた毒を特定して欲しい。」
「はい。」
医師たちは子ドラゴンと水晶玉を持って隣室へ消えた。
「そういえばあのドラゴンをつれてきたのはグレオであったな。」
「かのドラゴンと辰美の過去見でも、二人の男が確認されています。金髪の男と、黒髪の男。」
「万事休す。」
グレオは胸ポケットから小瓶を出した。
何らかの毒が入っているであろうその瓶を石の床に叩きつける。
「危ない!」
一同が身構えたその時だった。小瓶は、割れなかった。長い鞭のようなものが小瓶を捕らえ、ひゅっとバルコニーに消えた。
「危ないなぁ。もう毒はこりごりよ…」
その鞭の先の毒を受け取りながら辰美が言った。
「ジェイ。水晶玉、ある?」
「え、あ、はい…」
「しまって。」
ジェイに小瓶を渡すとジェイはそれも水晶玉に入れた。そしてそれをギルへ渡す。小瓶には同じ、ソウ国の紋章が刻まれていた。
「これがさっきの毒と同じものかどうか確かめて下さい。それからこれも。」
麗華はそう言って似たような小瓶をもうひとつ協会長へ渡した。
「これは…」
「姫君が食らったであろう毒よ。サラヤの…本名はシャナル?のポケットから辰美がくすねたわ。」
「では、それを解析すれば!」
王が音を立てて立ち上がった。
「王!姫君の容態が!」
「間に合わぬ…間に合わぬのか…」
「退いて!」
侍従の声を聞いて辰美とヒスイが飛び出した。
「そのドラゴン、逃がさぬ!」
グレオが一瞬の隙を付いて翡翠へ向けて剣を投げた。
「翡翠!」
辰美が翡翠をかばう。その辰美を麗華がかばった。麗華の胸に深々と剣が刺さった。
「麗華!」
「私は平気!急ぎなさい!姫君が死んでしまう!」
麗華は背中を向けているのを良いことに辰美にうそをついた。」
「麗ちゃん!」
騒ぐ幸也を麗華が制した。
「早く行きなさい!」
「う、うん!」
翡翠と辰美が隣室へ消えると麗華はがっくりと膝を落とした。
「何してるの…犯人確保!」
「あ、はい!」
ジェイと幸也がグレオを抑えた。それでも抵抗しようとするグレオをギルがねじ伏せた。
その騒動の横を一匹の黒い竜が駆け抜けた。
「麗華…急所に当たっているではないか…」
「…私の役目はここまでよ…あとは辰美がうまくやってくれる…国は…ドラゴン達は守れるわ…」
「お前はどうする。」
「…だから、私の役目は、」
「そうではない。お前はどうしたい。死にたいのか?」
「そんなわけ…無いわ。」
「我と生きる気はあるか?」
「え?」
「俺はお前と絆を結びたい。」
黒い竜は麗華の傷に触れた。
「でも、」
「四の五の言うな。今は必要ない。生きたいか、我と絆を結ぶ気はあるかと言っている。」
「あるか、ですって?最高だわ。あなたと生きられるなら。私の気高き黒竜。」
「では名付けよ。人の子よ。」
「そうね。あなたの…あなたの名は…」




