真実
「なるほどのぅ。それが真実か。」
「そうだよ!だからオレは無実なんだ!」
ヒスイは懸命に訴えた。
小さな竜はハミルと名乗った。なんと初代のラグーン国王のパートナードラゴンだったという。彼が代表して話を聞くことになった。
「人の寿命は短く、ドラゴンの寿命は長い。いずれ別れる時が来ようとも、我らは絆を結ぶ。」
「何故?人間がドラゴンと絆を結ぶことに利点はあると思うけど、あなたたちに利点があるとは思えない。」
「我らは完成された生き物であるが故に不完全なものが分からぬ。」
「…その考えはちょっと…」
辰美の無遠慮な突っ込みにハミルは静かに笑った。
「それも含めて、人から学ぶことは多い。感情。意志。心。憎しみ、そして、愛。」
「悲しみも、辛さや、偏見。そういうものも、ってことね。」
「そのとおり。」
「でもさ。愛や楽しいって気持ちは分かるけど、憎しみとか悲しみはいらなくない?」
「強い感情は正であれ負であれ、魂を揺さぶる。魂が震えことを忘れてしまえば錆付き、輝きを失う。」
「ごめん、よく分からない…」
「どんな気持ちでも強く思えば心が動く、ってことよ。動かなくなってしまった心にはもう、魅力は無い。辰美は、何をしても何を言っても反応しない相手を好きになれる?」
「…ううん。自分のした事に、何かしらの反応が欲しい。」
「いじめの最たるものは、罵声を浴びせることでも、身体を痛めることでもなく、無視だって考えもあるわ。その存在をないものしてしまうほどの威力が反応しないっていうことにはあるのかもしれない。」
いじめ。その言葉に辰美の心が軋んだ。確かに、無視という形のいじめは経験がある。
「なにものにも反応しないという事と、強いということは違う。我らの意識は動揺しづらくはあるがそれは強さではない。」
ハミルは高く空を見上げた。
「まず、この人間と絆を結びたいと思うその気持ちが、我らの心の水面に波紋を起こす。」
ハミルは翡翠と辰美を優しい瞳で見た。
「その波紋が高い波動と成り、我らを強くするのだ。」
翡翠と辰美は見つめあい、微笑んだ。
「強くなったのは翡翠だけじゃないわ。私も翡翠のおかげで色んなことを知ることが出来たし、出来るようになったもの。」
「そうじゃ。そうしてお互いに響きあい、高められる喜びこそが至宝。」
「ハミル殿。無駄話はそのくらいにしていただけますか。」
見ると、ハミルの後ろから真っ黒いドラゴンが現れた。視界を塞ぐほどの大きさは無いが人間よりは大きい。そして人間に比較的近い輪郭をしていた。腰に剣と鞭を携えている。戦士系ドラゴンのようだった。
「無駄ではない。きちんと必要なことを話しているのだよ。」
ハミルはそう、黒い竜に告げると辰美たちのほうへ向き直った。
「すまないね。彼はまだ人間との絆を結んでいない、と、いうより結べないのじゃ。だから少々荒い話し方しか出来ぬ。」
「何故?」
「貴様は質問ばかりだな。そのような事、この事件をまとめるのに必要あるまい。」
「では、あなたに問うわ。この事件、どうまとめる?」
麗華は引かなかった。まっすぐに自分より大きなドラゴンを見上げている。
「いい目だな。悪くない。」
「無駄話はいらないんでしょう?」
「減らず口を…まぁいい。我ら竜族は人間が己の感情に任せて仲間を断罪するようであれば今までの絆を破棄する意志である。」
「つまり、人間がお姫様の敵、とか、肝を取るとか言って翡翠を殺したらドラゴンは人間と争う、ってこと?」
「まぁそういうことね。」
「だが、ひとつの真実を我らは得た。かのドラゴン、翡翠は無実であり、人間の策謀にはまったまでのこと。」
「そうだよ!だから争うことはもう無いよ!」
翡翠も懸命に主張する。翡翠とて人間と争うことは望んではいない。
「そうだ。罰するべきは人間であり、その罰則は人間の手で決められるべきだ。」
黒いドラゴンは静かに言った。外見は戦闘員であるが頭の中身はどうやら冷静らしい。
「それは、真犯人の扱いは任せてくれるって考えていいのかしら。」
話が通じる相手と見て麗華が聞いた。
「無論。だが、ひとつ問題が生じてくる。誰がその真犯人を捕らえ、真実を明るみに出すかだ。」
「あっ。」
辰美はごそごそとポケットを探った。
「これ、サクヤが持ってたの。」
辰美の手のひらには何かの紋章が刻まれた小瓶が入っている。
「これ、見たよ!あの時、オレに飲ませた薬が入ってたビンだ!」
「この紋章は…」
「ソウ国のものですね。忘れようも無い…」
「何かあったの?」
「ソウ国は隣接国でラグーンの侵攻を目論む国の最有力国。この黒いドラゴンはソウ国の人間に卵から生まれて間もない頃、さらわれたことがあるのだよ。」
「あれは運の悪い偶然です。だが今確かに証言できる。これはソウ国のものだ。私も見たことがある。そしてこの毒も…」
「まさか、使われたの?」
「そうだ。今回の計画は俺が利用されるところだった例の事件の再現だ。」
「話してくれる?必要なことよね?」
「認めよう。これは竜の体内に留まり、ラグーン伝統の竜の病に効くという薬草に反応して発動する。」
「発動すると…どうなるの?」
「身体が焼けるように熱くなり、毒の煙を吐く。」
「まさにそのままね。」
「うん。あの時の感覚、そのまま…」
翡翠が辰美の腕の中で強く頷いた。辰美がその頭を撫でる。辛かったのはよくわかる。
「ソウ国のものは俺を王家に連れて行こうとしたようだが途中で逃げ出した。偶然薬草を見つけて自分で噛んだ。そして、」
「毒の煙を吐いた、ってことね。」
「ああ。何とか沢に落ちて水で流され、助かったが、正直もう人間はこりごりだと思ったよ。」
「今も?」
「ん?」
「今も、そう、思う?」
麗華はまっすぐに竜を見つめていた。
「…それは今、関係ないだろう。」
「そうね。」
ふっと麗華は笑って視線をはずした。その後で黒いドラゴンは麗華を見下ろしていた。何か、言いたげに。
「はいはーい。まず翡翠君を連れてお城にいったらどうかなぁ。この瓶を見せて、黒いドラゴンの証言を添えれば違うって証拠になるよね?」
「危険だ。王家の内部にも内応者がいるかもしれん。」
「確かにの。ではそなたがついていったら良かろう。」
「俺がですか?!」
「そなた直々の証言であれば証明の度合いも違う。」
「しかし…」
「それと、もうひとつ智恵をやろう。翡翠と辰美であれば姫君を治せるかもしれん。」
「あっ」
二人は顔を見合わせた。
「そうよ。麗華の傷は治せたもの。」
「それならばかなり有望。そちらのほうは一刻を争うだろう。そしてそれが事件解決への糸口になるやもしれん。」
「…承知しました。で、あれば全力を尽くしましょう。」
黒い竜はそう言うと一声吼えた。




