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異世界に渡った現代吸血鬼の生態~実践編~  作者: タクティカル
第一章 異世界の始まりは闇より深い森の中
8/19

土を食うか食わざるべきか、それが問題だ

 初めてのレベルアップから半日。

 あれから俺は、ひたすら魔物を倒しつつ、森の探索を続けていた。

 だがこれといって新しい発見もなく、再びレベルアップをすることもなかった。

 さて。


「はぁ……地面冷たくて気持ちええわ」


 いきなりだが、俺は地面にうつ伏せになっている。

 視界には茶色い土がいっぱいに広がっている。

 ひんやりと冷たい土が、俺の顔面をいい感じに冷やしてくれる。


 探索の休憩がてら一眠りをしている……というわけではない。そもそも俺は寝るとき、仰向けで眠るタイプだ。


 では何故眠るわけでもないのに、こうして地面に突っ伏しているのか。


 ずばり飢えである。

 普通の空腹からくる、普通の飢えだ。

 空腹が限界を突破して、倒れてしまったのだ。

 いわゆる普通の――行き倒れである。


 こうなる前に何とかすべきだった。

 具体的にはウサギっぽい魔物を捕らえて食べるべきだった。

 だが、食べるといってもできることなら火を通して食べたい。

 元の世界で連中から逃げて山で暮らしていた頃に一通りのサバイバル術――火を起こす方法や動物を捌く術などは得たはずだが、技術と知識は使わなければ錆びてしまう。現代社会の温い生活に慣れきった俺は、その手のスキルを完全に忘れてしまっていた。

 頭の中を『捕まえた動物に火を通す方法』で検索したら『ではまずガスコンロに鍋を設置しましょう』『もしくは電子レンジを使いましょう』と出てきた。

 完全に文明の利器に頼り切った吸血鬼がいるらしい。はい俺です。


 最悪生で食べるか。仮にも吸血鬼だし腹壊して死にはしないだろう……でも現代人として生でウサギを食うのはなぁ……生で食ったら結局血も一緒に取り込むことになるし……うーん。

 などと迷っている内に空腹がボーダーを越えてしまい、気がつけば地面に倒れ付していた。

 

 体が全く動かない。手も足もピクリとも動かない。

 動くのは首から上だけだ。

 詰みです。


「どうしたものか……」


 あまりの空腹に頭がおかしくなりそうだ。

 体が動かせない状態で空腹を満たす方法はないだろうか。


「うーん」


 こうなったら……土を食べるしかないか?

 幸い、広い森だけあってこの辺りの土にはたっぷり栄養が含まれていそうだ。

 首だけ動けば土は食べられる。

 土を食べる動物は結構いる。犬とか象とかな。ミミズなんて主食が土だ。奴らにできて俺にできないはずはないだろう。


 問題があるとすればビジュアル的に最悪ってことだ。客観的に見て、倒れながら土を食う人間を見たらドン引きする。まず近づきたいとは思わないだろう。

 土食ってる人間を見て『おっ、やってますね』なんて寄ってくる人がいたらそいつの頭はヤバイ。

 この世界の情報を得るために、人間とお近づきになりたい俺にとってそれはマズイ。


 そして現代に生きる文明人としてのプライドも捨てなければならない。

 吸血鬼としての誇りも捨てることになるだろう。伝説上の怪物である吸血鬼が土を食うなんて、恥さらしもいいところだ。きっとご先祖様からはバッサリ縁を切られるはずだ。


 ……土を食べるには、色々と捨てなければならないものが多すぎる。


 だが、辛い。死にはしないが死ぬほど辛い。

 物凄くデカイ爪を持った熊に腹を抉り続けられて、痛みが完全に麻痺している辛さ。

 自分で言ってて意味がよく分からないけど、それくらい辛い。


 この辛さから逃れられるのなら、土の一口や二口……いやいや。

 異世界に来て最初に食べるのが土とか、色々終わっている。

 せっかく始まった新しい人生に、文字通り『土』を付けることになる。

 ……上手いな俺。

 上手いこと言ってる場合じゃないな。本気で何とかしないと……。


 ――ガサガサ


 その時、すぐ近くの茂みが音を立てて揺れた。

 そして何かが現れた気配。

 不味いな……魔物か?


 今まで会った魔物はプチゼリーとウサギの2種類。

 ウサギならいい。観察した限り、あいつらは草食だ。基本草食ってるだけだし、こちらが近づいてもすぐに逃げる。まず危害を加えられることはないだろう。

 

 問題はプチゼリー。

 今まで散々倒してきた雑魚だが、今の状態は不味い。

 いくらのろまな攻撃だろうが、動けない今、一方的にやられてしまう。

 

 そしてこの体には今まで倒してきた奴らの返り血、いや返りゼリーがたっぷり付着している。

 もし連中に同族意識というものがあるなら、俺は間違いなく連中の復讐対象だろう。

 何十体という同族を殺戮した怨敵。その恨みは計り知れない。


 恨みを晴らそうと恐ろしい手段でアレやコレするはず。

 それはもう恐ろしすぎてこの話だけムーンライトノベルズに掲載されるようなエグイ惨状になる。

 それならまだいい。痛みは我慢できる。俺に痛みを与えるのが目的ならいいが、羞恥を与える復讐がメインなら……ノクターン行きだ。

 それだけは勘弁願いたい。


「プチゼリーはいやだ……プチゼリーはいやだ……!」


 俺は生まれて初めて神に祈った。

 十字架とか大嫌いだし、聖なる雰囲気も反吐が出るほど苦手な俺が初めて祈った。

 神よ……人間の神よ……!

 吸血鬼の俺が初めて祈る……! どうかプチゼリーだけは勘弁してください……!

 何でもしますから……! これから毎日、残り物をお供えしますから……! 週に1度は神を讃えるポエムを朗読します……! 何だったら月に1度は気が向いたら街頭に立って神の信仰を集める活動をしてもいいという気持ちを頑張って育みます……!

 だから何卒……! 何卒……!


 祈る。心を込めて祈った。

 祈りながら自由な首を傾け、音の発生源を見る。


 祈りは――


『じゅるじゅる』


 ――届かなかった。

 現れたのは飽きるほど倒してきた、スライム状の生物――プチゼリーだ。


 プチゼリーは、ゆっくり、だが確実に俺へ迫ってくる。

 ああ、終わった……。

 きっと俺は、あの触手でアレをコレされて、誰得な一枚絵を表示させたあと死ぬんだ……。

 異世界に来ておきながらハーレムを作る夢も叶わず、空腹に倒れたうえ、雑魚のスライムに陵辱されて死ぬ……。

 これだったら、元の世界でひっそりと孤独死してた方がマシだった。


 ゼリーの触手が伸びてくる。

 それは無防備な俺に向かって一直線に伸びてきて――支えを失ってボトリと地面に落ちた。 

 伸ばされた触手が途中で寸断されている。

 まさかこの歳で《異能》が……!? とか中二的なことを考えていたら、サクサクと音を立てて何かがゼリーに向かった。

 

 何か――人間だ。

 後姿しか見えないが、小柄な人間がゼリーに向かって歩いて行き、持っていた剣を振り下ろした。

 核ごとバッサリと断ち切られ、消滅するゼリー。

 消滅したゼリーから粒子が生まれ、その人影に吸い込まれた。


 人影が剣を腰に帯びた鞘に戻しつつ、振り返る。


「あのー、生きてます?」


 少女だ。

 皮でできた鎧を装備した軽装の少女。

 若い。凛々しい顔立ちにはまだ幼さが残っている。

 15.6くらいだろうか。

 赤い髪を肩まで伸ばした、可愛らしい少女だ。


「……」


 初めて異世界人に会えた感動と、異世界に人間が存在した安心感と、その異世界人が元の世界なら国民的美少女として人気が出るくらい可愛いかったので言葉が出なかった。

 少女が近づいてくる。


「えっと、大丈夫です? ……あっ、この肌の白さ、死んでからもう何日も――」


「生きてます」


「わひっ!?」


 勝手に死亡認定した相手が生きていたので、相当驚いたのだろう。少女がぴょんと飛び上がった。

 肌が白いのは生まれつきだっつーの。


「そ、そうですか。よかったです。えっと……こんな所で何を?」


「見ての通り、行き倒れています」


「……行き倒れてるって自分で言う人、初めて見たです」


 そりゃ行き倒れてる人は、自分が行き倒れてることを説明するほど余裕無いだろうからな。


 さて、せっかく会えた人間だ。ここで逃がすわけには行かない。

 この世界の情報や食料、そしてできることなら血を頂きたい。

「助けてくれてありがとう」「いえいえそれでは私はこれで」「さようなら」「さようなら」

 そんな展開はノーだ。

 せっかく出会えたこの奇跡、逃すわけにはいかない。

 何とかして獲物を釣り上げる……!


 ここは……あの手を使うか。

 ナンパだ。


「危ないところを助けてくれてありがとう。美しいレデイ?」


「う、うつ……!? 美しいですっ? そ、そんなこと初めて言われたです」


「ははは、そりゃ周りの男の見る目が節穴だったのでしょうな」


 よし、どうやら予想通り、この手のワードに免疫が無い様子。

 一気に畳み掛ける……! 餓死する前に決着をつける……!

 このまま自然な流れで、彼女に同伴する……!


「もしよかったらお礼がしたいんだけど、この後、一緒に食事でもどうかな?」


「……え? 食事、ですか? あ、あの……行き倒れてる、ですよね?」


 しまった。空腹のあまり選択肢をミスった。

 行き倒れてて食事に誘うとか意味分からんな。

 ……ふぅ、仕方ない。作戦変更だ。


「……ください」


「はい?」


「――ご飯食べさせてください!」


 もうこうなりゃヤケだ。

 同情でも何でもいいから助けてもらう。

 吸血鬼としてのプライドが音を立てて崩れていくが、プライドで腹は膨れない。

 ていうかそんなプライド、とっくの昔に捨てたし。


「え、ええー……? い、いや、別にいいですけど。行き倒れてるって分かった時点で、そうするつもりでしたし……」


 どうやらこの世界の人間は、随分と優しいらしい。

 元の世界で失われた久しい、見ず知らずの他人への温かい思いやりが感じられる。

 

 このままついでにもう一つ。


「一歩も動けないので、できたら運んでください」


「な、なんですかそれ……変な人です……ふふっ」


 少女が呆れつつもクスクスと笑った。

 

 こうして俺は初めての異世界人と出会い、彼女のキャンプに招かれることになった。

 

 

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