初めてのレベルアップ
次回ヒロイン登場です。
その後も森の中を探索して、遭遇したプチゼリーをひたすら狩った。
どのゼリーもやはり弱く、1度のダメージを受けることはなかった。……いや、そのつもりだった。
そうやって油断して欠伸をしていたら、伸びてきた触手がいい具合に鳩尾にヒットして膝を着いたのは内緒だ。
油断はいけない。ジャージの腹部に空いた穴を見る度に、自分を戒めることにした。
あの光の正体もまだ分からない。
プチゼリーを倒す度に現れ俺に纏わりついたかと思えば、特にこれといって何かが起こるわけでもなく消滅する。
よく分からない。
まだまだ分からないことだらけだ。
ここはどこなのか。この世界に人間は存在するのか。そして人間の女性、その処女の割合はどんなものなのか。
一番最後が重要だ。できることなら、貞操観念ガチガチの世界であって欲しい。女子は成人するまで修道院に入ること、みたいなローカルルールがある世界でもいい。
そんなことを考えながらひたすら森を歩く。
特に発見もなく同じような景色ばかり続くので、少し飽きてきた頃、少し困ったことになった。
困ったことは2つある。
まず1つ目。
「レベルが上がらん」
■■■
名前:ハイガ
レベル:1
■■■
ステータスが初めて確認した時から一切変わっていない。
レベルも1のままだし、表示していない筋力などの値も全く変動していない。
かれこれ20匹はプチゼリーを狩ったんだけどな。
ゼリーが弱すぎて経験値が少な過ぎるから……とか?
いやでも俺、レベル1だぞ? 流石に20匹も倒したら1つくらいは上がるもんじゃないか? 普通なら。
それともレベルアップのシステム自体が違うのか?
例えば敵を倒すと経験値が蓄積されて、専用の場所――例えば教会とかでレベル上げ専門の神父様がいて、その人にあげてもらう……とか。
それだと非常にマズイ。教会はマズイ。俺にとっての不可侵領域、それが教会だ。あんな十字架をデカデカと掲げて、聖なる空気が充満した建物の中に入ったら、俺は死ぬ。蒸発する。冗談抜きに。
他に考えられるとしたら、魔物を倒しても微々たる経験値しか入らず、主な経験値はクエストの報酬で獲得したり……とか。そういうシステムのゲームもある。
こればっかりは考えても分からない。
分かる人に聞くしかない。探検を始めて半日ほど経過したが、今の所ゼリーともう一種類の魔物しか生き物を見ていない。人間っぽい生物に会えるのはいつになるだろうか、そもそも人間的な生物が存在するのか……こちらも心配だ。
そしてもう一つの困ったこと。
こちらの方が重要だ。
「……腹が減った」
空腹である。この世界に来て半日ほど経ったが、とにかく腹が減った。
最後に食べた菓子パンもとっくに消化されただろう。
さっきからひたすら歩いているから、カロリーの消費がハンパじゃない。
早く何か食べないと倒れてしまう。
仮にも吸血鬼なので、食べなくても餓死をするってことはない。……しかし死ぬほど辛いことには変わりない。
普通の人間は空腹の限界を超えたら餓死するが、俺は限界を超えても死ねないのだ。
昔、3週間以上何も食べなくて倒れたときは地獄だった。倒れたのが山の中だったので、助けもない。普通だったら餓死しているほどの空腹だが、死にたくても死ねない。あの時はたまたま大雨が降って発生した土砂崩れに流されて、奇跡的に人家まで辿り着き食糧をゲットしたが……あんな経験はもうゴメンだ。
飢えて動けなくなる前に、食糧の確保についても考えた方がいいだろう。
空腹と言えば、もう一つの空腹も問題だ。
もう一つ――根源的な飢え。俺が俺である限り、決して抗えない飢え。
吸血鬼を吸血鬼たらしめる要素。
――血だ。
これは我慢してどうなるもんではない。
吸わなかったら消滅する。吸血鬼としての『存在意義』を満たせず、この世から消えてなくなる。
今は消滅するまで飢えてはいないが、それなりの飢えは感じている。
幸いこちらに関しては、あてがある。
ポケットの中に、新しい輸血パックが入っていたからだ。
こちらに来る直前に、慌ててポケットに突っ込んだ。
これで少しは持つ。少しは……の話だが。
これが無くなって、そして血を吸えるような人間に出会えなかったら……最悪の選択肢を選ばなければならない。
「そ、それだけはイヤだ……」
想像しただけで体がブルブル震える。
最悪の選択肢――人間以外の生物から血を吸う。
そう例えば、先ほどからこちらの姿を確認しては逃げているゼリー以外の魔物――ウサギっぽい魔物。名前は分からない。警戒心が強いのか、ステータスが確認できる距離まで近づくと逃げられてしまう。
アレから血を吸う選択肢。
だがそれだけは避けたい。
今までの人生、どれだけ血に飢えようが、人間以外からは決して血を吸わなかった。野良猫や野良犬、人間に飼い慣らされてすっかり油断しきった近所のペット達。そういった生き物から吸うこともできた……だがしなかった。
それをしてしまえば、俺はその動物と同じランクまで堕ちてしまう。
それは長年生きている吸血鬼としての誇りであり、俺が何とか守っている最後のプライドだ。
恐らくその自身に課している掟を破ってしまえば、俺は俺じゃなくなってしまう。平気で動物の生き血を啜る、吸血鬼の風上にも置けない畜生になってしまう。
しかしどうしてこんなに血に飢えているのか。
自身の吸血ペースから考えて、まだまだ飢えを感じるのには早いはず。
昔と比べて血を吸う頻度が減り低燃費な体になった俺にとって、吸血は大体週1度のペースで十分だ。
最後に吸ったのは3日ほど前。まだまだ飢えを感じるには遠い。そのはずなのに……飢えている。
そこで気づく。
さきほどの火傷だ。
火傷を治癒した際に吸血鬼としての『力』を行使したのだ。
俺に残った最後の能力『不死性』は吸血鬼の代名詞とも呼べる『力』の一つだ。
吸血鬼としての力は血をその力の源とする。
使えば使った分だけ、自身の血を消費する。
あれだけの火傷を治したから、相当な量の血を消費したはず。
飢えているのはそれが理由だ。
「……補給しておくか」
血が足りなくなれば、動きが鈍くなっていく。
何があってもいいように、できるだけ万全に体が動くようにしておきたい。
残った輸血パックの血を摂取することにした。
パックに口を付けて啜る。
決して美味ではない、栄養摂取の為だけの義務的な味が口の中に広がった。
だが血は血だ。
いくら不味かろうと俺という吸血鬼の力の源には変わりない。
血を摂取したことで、飢えが満たされ失われつつあった活力が回復した。
いつも通りの感覚だ。
「……ん?」
それと同時に。体の中心から感じたことのない『力』が湧きあがるのを感じた。
中心から体の先端にビリビリと甘い痺れを伴って『力』が広がっていく。
なんだこれは?
こんな感覚、今まで味わったことがない。
痺れはすぐに収まった。
全身がまるで風呂上りのように温かい。
何が起こったのか確認する為に、体の各部位を確認した。
どこも変わった様子はない。が、気のせいか、体が動きやすくなっている気がした。
体の調子がいい。
「これはもしかして……」
直感に従い、再度ステータスを確認してみる。
■■■
名前:ハイガ
レベル:2
■■■
「やっぱりそうか」
レベルが上がっていた。ステータスもわずかだが向上している。
やはり今の感じたことのない不思議な感覚はいわゆる『レベルアップ』なんだろう。
なかなか気持ちがいい。快感と高揚感が同時にやってきて病みつきになりそうだ。
しかし一体どういうことだ?
どうしてこのタイミングでレベルアップを?
先ほどまで倒していた魔物の経験値が今頃作用して、時間差でレベルアップしたのか?
分からん。……本当に分からん。
だけど、まあ、レベルが上がるってことが分かってよかった。
レベル1で固定、とかいう最悪なオチは避けられたしな。
その後、繰り返し魔物を倒すも、先程のようなレベルアップが起こることはなかった。
やはり何か条件があるのか。
まだまだ分からないことが多い。
だがそんな未知に溢れた現状に、ワクワクしている自分がいた。
大きな白紙を少しずつ染めていくような快感を感じていた。