ある吸血鬼の昔話
俺の名前は『ハイガ』
どこにでもいる普通の吸血鬼だ。
年齢は覚えていない。そこそこ長生きをしているが、昔のことは殆ど覚えていない。
黒船来航のイベントを見に行った記憶はあるから、少なくともその頃より前に生まれた。
生まれた場所も覚えていないが、イギリスの方だったと思う。いや、ドイツだったか……フランスだったかも……アステカ? いや、アステカは無いか。とにかく日本以外で生まれたのは確かだ。
今は日本で暮らしている。
もともとは海外を生活の拠点にしていたが、色々あって始めた日本での生活は長い。
髪は灰色だが、それだと浮いてしまうので、黒髪に染めてる。見た目は肌の白い不健康な日本人に見えるはずだ。
吸血鬼の性質故、日に当たることができないので、日中は締め切った部屋の中で過ごしている。
夜は日雇いの仕事を転々として金を稼いでいる。
趣味はゲーム、特にロールプレイングゲームを愛している。
ゲームはいい。ファンタジーな世界は俺の心を癒す。
何より楽しかった昔を思い出す。
昔――俺みたいな吸血鬼や人外の連中が、まだまだたくさんいた頃のことを。
闇に耳を傾ければ同胞の息遣いが聞こえたし、少し人気のない場所があればそこは人間じゃない連中の溜り場になっていた。
今とは匂いも違った。昔は幻想の匂いがそこかしこからぷんぷんと香ったのだ。
それももうずっと昔の話だ。
今はもう数えるほどしかいない。残ったのは俺のように闇に紛れてコソコソと生活をしている奴らばかりだ。
最近ではそんな数少ないそんな知り合いとも連絡が取れなくなってきた。
恐らくは『連中』に狩られたのか、それとも――消滅したのか。分からないし、調べようとも思わない。
多分俺も……近いうちにそうなる。最近はそんな気がするのだ。
■■■
「――てなことがあってさ。マジでヤバかった。危うく銀のフォークで心臓貫かれて爆発四散するところだった」
今は昼。場所はアパートの部屋。
モニターの前に座り、知り合いに勧められたそれなりに流行っているネットゲームを楽しんでいる。
モニターの中では俺が操作する全身鎧の男と、やたら露出が多い狐耳のクノイチが湧き出るモンスターをタコ殴りにしている。
俺はマウスをクリックしながら、1週間前に非処女の女子高生に酷い目に合わされた件を話していた。
『で、女子高生にボコボコにされたって? 何そのご褒美www』
狐耳クノイチを操作しているフレンドの声がヘッドホンから聞こえた。
そこそこ若い男の声だ。
「ご褒美じゃねーよ。あのままだったら、確実に死んでたわ。吸血鬼ハンターとかじゃなくて、ただの女子高生に殺されるとか、ご先祖様が泣くわ」
『いや、でも1回くらい美少女に殺さるのもアリだと思うぜ? オレ、前に美少女ハンターに殺されたとき、人生で一番興奮したし。なんつーの? よく死ぬ間際って本能が子孫を残そうとするって言うじゃん? そういう興奮みたいな? あの興奮は1度覚えたら病みつきになっちまうぜ?』
「俺、お前みたいに転生とかできないから」
ボイスチャットの相手は長年の友人だ。かれこれ100年近くの付き合いになる。
勿論、人間じゃない。
狐の妖怪――妖狐だ。
昔は妖艶な美女だったコイツだが、今はただのオッサンだ。
20年前くらいにうっかり美少女ハンターに殺されて、魂だけになったコイツは近くを通りがかった妊婦さんの胎児に転生したらしい。そして普通の一般男性の皮を被って、日々平和に過ごしている。
流石の『連中』も妖狐がただのオッサンに転生したとは思わないのだろう。
俺をネットゲームや、アニメ漫画の世界に引きずりこんだのはコイツだったりする。
基本クズだが、残り少ない貴重な友人だ。
しかし今思い出しても腹が立つ。あの詐欺非処女女子高生め……!
「つーか絶対処女だと思ったのによー。あのナリでウルトラC級のビッチとか考えられんわ」
『お前ほんま処女厨のキワミアーwww』
コイツは笑っているが、俺からしてみれば笑い事じゃない。
吸血鬼である俺は大体週に1回程度、血を摂取しなければならない。
そして厄介なことに俺の体は非処女の血を受け付けない。
普通の吸血鬼にとって非処女、処女の違いは血が上手いか不味いかその違いだけだ。非処女の血は不味く、処女の血は美味い。安物のゴムみたいな肉と脂のたっぷり乗った霜降り肉の違いだ。
だが、俺はそれだけじゃない。
アレルギーなのだ。非処女の血アレルギー。
血が体に触れるとブツブツができるし、うっかり飲んでしまうもんなら嘔吐や頭痛、ふらつきや体の痺れ、鼻水、咳、関節の痛みにED……とにかく体調が悪くなる。
飲んでしまった量によっては、3日は寝込んでしまうこともある。
それくらい俺にとって非処女の血は劇薬なのだ。
あの後、何とか家にたどり着き、ストックしていた血液パックを摂取したが……これがまた不味い。処女の物でも血は時間が立つとクソ不味くなるのだ。
どう説明すればいいだろうか……。とりあえず新鮮さが足りないのだ。
プロの料理人が命をかけて作った料理と工場でパートのおばさんがチェックするだけの栄養補助食品。それくらい差がある。
まあ非処女の血よりはマシなんだが。
ちなみにこの血液パックは近所の病院で、看護婦に魅了の魔眼を使って手に入れている。
しかし、最近ニュースとかで性交渉の低年齢化が進んでるとか見たけど……本当だな。
その辺を歩いてる顔のいい女子高生とかみんな非処女だし。下手をすれば中学生でも非処女だったりする。
一見清楚に見えても、とっくに体験済ましていたり、俺のような吸血鬼には行き辛い世の中だ。
だったらどう見ても処女なブサイクを襲えばいいと思うだろうが、俺だって男だ。血を吸うならできれば美少女がいい。
『お、いい事考えた。アレじゃん。小学生襲えば? さすがに小学生ならイケルだろ。うわ、俺天才だわwww』
「いや……まあ、な」
同じことを考え、実行した結果……警察にお世話になった。
夜中に出歩く小学生はあんまりいないし、昼間に襲おうと思って相手を油断させようと最近流行りのカードゲームとかで誘い出すところまでは上手くいったんだけどな……。ちょっと暗がりに連れ込もうとしたら即通報だよ。あのたま○っちみたいな煩いブザー鳴らされてさ。最近は声かけるだけで通報されることもあるし。やっぱ全身コートでサングラスとマスクがマズイんだろうか。
でもそうやってフル装備しないと昼間はとても出歩けないし。
防犯意識が高まったのは犯罪減少に繋がるし、いいことだと思うけど……吸血鬼個人の意見としては、もう少しでいいので油断して欲しい。
昔はもっと簡単に血を吸えた。ちょっと声をかけて路地裏に連れ込めば簡単に血を吸えたのだ。
遺伝なのか吸血鬼という種族の特性なのかは分からないが、それなりに顔がいい俺は、簡単に女性を釣ることができた。
でも顔で釣られるような女は殆ど非処女だし、最近は栄養不足なのか頬がこけてきて、イケメンから徐々に遠ざかってるし。
今は俺にとっての吸血氷河期なのかもしれない。そしてその氷河期は、これからもずっと続くと思われる。
そんなことを考える度に気が滅入ってしまう。
何度も言うが……昔はよかった。
「ああ、昔はよかったなぁ……。俺さ、今はこんなんだけど、昔すごかったんだぜ? 城とか持っててさ、その城で今とは比べ物にならないほど豪華な生活してたんだ」
『武勇伝語る居酒屋のオッサンかよ。他人の武勇伝ほど興味ねーもんないわwww』
「ハーレムなんかも作ったりしてさ」
『よし、続けろ』
俺の脳裏にかつての輝かしい日々が浮かんだ。
かれこれ何100年前の話になるだろうか。
俺は若く、そして力があった。そして大きな夢も持っていた。
どの国だったか今となっては思い出せないが、その国で自分の夢――ハーレムを築き上げたのだ。
小さいながら自分の城を持って、その城に自分のハーレムを囲った。
実現した夢に浸りながら甘美な蜜月を過ごす。
最高の日々だった。
「しかもただのハーレムじゃないぞ? 全員処女のハーレムだ」
『処女厨乙www』
「いや、俺にとっては死活問題だから。ていうかアレだぞ? 俺、魅了の魔眼使えるじゃん、何でも思い通りにできるやつ」
『ああ、ギ○スね』
「ギア○って言うな。その魔眼使わないで、口説き落として作ったハーレムなんだぜ? 自分の足で国中歩き回って、気に入った子にアプローチしまくって」
若かった俺は愛を神聖視していた。魔眼を使えば容易くハーレムを作れるだろうが、そこに愛はない。俺は愛のあるハーレムが欲しかったのだ。
故に普通にナンパをして、貢いで、愛を囁いた。
北に清楚で料理の旨い処女がいれば行って「あなたが作った味噌汁を一生飲みたい」と言い、南に養父に虐げられている幼い処女がいれば「君は俺が守る」と養父をぶっ飛ばした。
西に村の生贄に選ばれた処女巫女がいれば「村の為に死ぬなんて言うな!」と代わりに女装して竜を酒で酔わせて退治、東に廃城に憑りついた退治されそうになっている美幽霊処女がいれば行って「一生一緒にいてやんよ」と退治に来た人間を追い返した(ちなみにその時の城が俺の本拠地になった)
雨にも負けず風にも負けず――とにかく死に物狂いで頑張った。実際普通の人間だったら死んでたと思う。
そんなこんなで俺はハーレムを作り上げた。
自分のことを心から慕ってくれる、処女だけのハーレム。
そんなハーレムと過ごす日々は、幸せ以外のなにものでもなかった。
「上手くいってたんだよ。多少刺されたりすることはあったけどさ、幸せにやってたんだよ」
そう、上手くいっていた。嫉妬深い女の子からの刺殺はしょっちゅうだったが、それも愛ゆえのこと。。
これからハーレムを作ろうと思っている吸血鬼の君に先輩から一つアドバイス――家に銀製の物を置くな。それだけ守ればなんとかなる。
そんな幸せな日々がずっと続くと思っていた。
だが――
「終わりはあっという間だったよ」
『ん? 何があったんだってばよ?』
連中がやってきたのだ。