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初夜

 暫く廊下で体を拭いていると


「ハ、ハイガさん……どうぞ」


 と部屋の中から声がかけられた。

 随分と弱々しい、消え入りそうな声だ。

 扉を開けて部屋に入る。

 先ほど部屋の中を照らしていた灯りは消えており、室内は窓から差し込む月の光だけが光源になっていた。


「こ、こんばんはハイガさん……」


 ベッドの上、ミリアがペタリと正座をしていた。

 月の光がスポットライトのように彼女を照らしていた。


「こんばんはミリア。ちょっと見ない間に、随分とお洒落をしたんだな」


 ミリアは先ほどまで着ていた冒険者の服ではなく、生地の薄い真っ白なネグリジェを着ていた。


「こ、これはその……エレナさんから貰って……へ、変です?」


「いや、似合ってる」


 嘘偽り内気持ちを述べた。

 冒険者の服を着ていた時の溌剌としたイメージは成りを潜め、今のミリアからは月光に溶けて消えてしまいそうな儚くも神秘的な印象を受けた。

 彼女の赤い髪が、白いドレスが持つ静謐さを際立たせていた。


 しかしこれエレナさんの持ち物なのか……。多分サイズ的に若い頃に着てた物だろうけど、どうしても今の肝っ玉母さんなエレナさんが着ていた姿を想像してしまう。いかんいかん、想像するな俺。


 俺の賛辞にミリアは、恥ずかしそうに太ももをもじもじと擦り合わせた。


「あ、ありがとうございます。そ、それで、その……長らくお待たせしたしました」


「うん」


「と、隣に……どうぞ」


 お言葉に従い、ベッドに近づいていく。

 ミリアは近づいてくる俺を見て、どこか不安そうに胸の辺りで手をギュッと握り締めていた。

 やはり血を吸われるのが怖いのだろう。

 出来るだけ怖がらせないように、優しくしよう。

 なにせこれから毎日する行為だ。苦手意識を持って貰っては困る。


 ベッドに上がり、ミリアと同じように正座をした。

 ミリアと向かい合う。

 ほんのりと石鹸の香りがした。俺と同じようにミリアも身を清めていたのだろう。


「……っ」


 すぐ目の前にいるミリアの体は、ほんのわずかだが震えていた。


「やっぱり怖い?」


 俺が問いかけると、やはり不安そうに体を震わせた。

 だが、じわりと赤く染まった顔。その顔に並ぶ2つの眼は、全く揺れずこちらを射抜くように見ていた。

 よかった。色こそ変わってしまったけど、彼女が持つこの『眼』は変わっていない。

 人外になっても、強い意志を秘めた眼に変わりないことに、俺は安心した。


 ミリアは震える口を開いた。


「そ、それは……はい。やっぱり初めては、怖いです。で、でもハイガさんは、私とずっと一緒にいてくれるって。それって男の人にとって凄く重い覚悟だと思うんです。だから、私も……覚悟を決めたです」


「そうか。ミリアは強いな」


「……えへへ」


 頭を撫でるとくすぐったそうに身を捩らせた。

 さて、日が変わるまで時間もない。


「じゃ、始めるか」


「は、はいっ……そ、そのっ! ふ、ふつつつつかものですけど、よろしくお願いします!」


 かなりつが多い。やはり緊張しているのか。


「一応聞いておくけど、今まで経験とかは?」


「ないですっ。初めてです!」


 何故か怒ったように言うミリア。

 

「そうか。じゃあ俺に全部任せてくれ」


「……は、はい。……全部任せます」


 そう言うとミリアは体の力を抜き、俺に預けた。

 軽い体重が胸に寄り添ってきて心地いい。


「んっ」


 俺はミリアの肩に優しく手を置き、ゆっくりとベッドに横たえた。

 そのまま寄り添うようにして俺も横になった。


「じゃあ、するな」


「や、やさしく……お願いしますね」


「目を瞑って」


「は、はい……!」


 ギュッと目を瞑るミリア。

 俺は自分の人差し指に歯を立て、軽く食い破った。

 じわりと傷口から血が滲み出る。


「ミリア。口を開けてくれ」


「へぇあ!? く、口です!? え、その……い、いきなりです!? よ、よく知らないんですけど! 知らないんですけど! ……さ、最初はこう……ボディタッチとかキスとか……ごにょごにょ」


 目を瞑ったまま何事かを呟くミリア。


「いいから。俺に任せてくれ」


「う、うぅ……分かったです」


 ミリアはゆっくりと口を開いた。

 綺麗に並んだ白い歯と、小さな舌が目に入った。

 その口の中に血が滲んだ指を近づける。

 いきなり口の中には突っ込まず、まずは唇をなでるようにして触る。

 口紅を塗るように、優しく弧を描く。


「……っ」


 ビクリとミリアの体が震えた。

 構わず続ける。

 唇の後は、歯に触れる。ツルツルした歯に血を塗り、歯茎を慎重に擦る。

 母親が娘の歯磨きをするように、丁寧に優しく。

 それから舌に触れる。筆で文字を描くように、丁寧に。


「んむ……」

 

 ちなみに何故こんな風に血を吸わせるのかというと、いきなり血を飲み込もうとすると結構な確率で体が拒否してしまうからだ。

 正直吸血鬼になりたての元人間にとって、血はあまり美味しいものではない。

 十分に馴染むまでは、ただの異物だ。

 だからこうやって面倒くさいくらい慎重に、馴染ませるように血を与える。

 こうしていると、本当におぼろげだが、ずっと昔に母親からこうやって血を与えられた記憶が浮かんでくる。俺が生まれて一番最初の記憶だ。いろいろなことを忘れてしまった俺だが、初めて血を吸った記憶は残っていたらしい。それくらい鮮烈な記憶ということだ。

 今日のこの記憶も、ミリアの中に深く残るのかもしれない。そう考えると出来るだけいい思い出にしてあげたい気持ちが湧いて、血を与える行為にも熱が篭もった。


「んっ、あふっ……」


 暫くすると、ミリアが恐る恐るといった様子で口内の指に舌を絡ませてきた。

 最初は触れる程度だったが、徐々に舐めるような動きになっていく。

 滲んだ血を吸い出すように、緩やかだが貪欲さが垣間見える動きだ。

 

 暫くミリアの好きなようにさせていた。

 十分な量の血を与えたので、指を引き抜く。


「あ……」


 引き抜いた瞬間、ミリアが切なそうな声を出した。

 唇から吐息と共に出た涎が、指に橋を作っていた。


 ミリアが目を開き、その声を恥じるように顔を赤く染めた。


「どうだったミリア?」


「ど、どうって……そ、想像してたより細くて……あ、いい意味でですよ!? いい意味で細かったって意味で、つまり、その、えっと……あぅ」


「味は?」


「味です!? そんなこと言わせちゃうんです!? ……そ、その……聞いてたより生臭くなくて、飲みやすかったていうか、どちらかと言えば美味しいと思ったです。って、初めての私に何を言わせるんです!? ハイガさんは変態ですか!?」


「いや、でも大切なことだし」


 血をどう感じるかってのは、吸血鬼としては重要は問題だ。

 幸い、ミリアは大丈夫なようだ。よかった。俺の血をマズイって言われたら、今後の生活に支障が出るからな。吸血鬼の主従関係において、血の相性は一番重要だし。


 ついでだし、俺も血を貰っておこう。


「じゃあ、次……いいか?」


「はっ……はい。その……何も分からないですけど、優しく……して下さい」


「怖がらなくていいぞ。リラックスして受けいれた方が痛みもないし、気持ちよくなる」


「はい。……パパ、ママ……ミリアは今夜、大人になります」


 ミリアは再び目を瞑った。 

 と思いきや、カッと眼を見開く。


「……あ、足とか開いた方がいいんです!? し、知らないですけど!」


「いや、そのままでいいけど。じゃ……行くぞ」


「あっ、服は!? ふ、服脱いだほうがいいんでしょうか!?


 血で服が汚れることを気にしているんだろうか。

 下手な吸血鬼は血を吸う時に手間取ってそこら中を血まみれにすることもあるが、俺は違う。この道、数100年のベテランだ。目を瞑ってたって吸血できる。


「服はそのままでいいよ」


「な、なるほど……着たままの方が好きってことですか……」


 何だろう……。

 よく分からないけど、俺とミリアの間で何かが食い違ってる気がする。

 まあいいか。とにかく今は血だ。


「あっ……」


 俺はミリアに覆いかぶさり、首筋に歯を立てた。

 じわりと溢れた血を吸い付くように飲み込んでいく。

 やはり美味い。病み付きになる味だ。生きている実感を感じる。

 

「んっ……はぁぁっ……ハイガ……さんっ」


 ミリアが体を震わせながら、切なげな声をあげた。

 血を吸われたことがないので、あくまで人づてだが、血を吸われるときの快感は例えようがないほど気持ちいいらしい。

 ミリアの手が俺の背中に回り、痛いくらいに抱きついてくる。


「あぁ……ハ、ハイガさん……! これ……すごいっ」


 満腹になるまで血を吸った俺は、そのままミリアの隣に横になった。

 血を吸う行為は肉体的にも精神的にも充実する。

 いい……吸血だった。


「よし、終わりだ。お疲れさんミリア」


「……ふぇ? あ、あの……続きは?」


 未だ快楽に表情を溶かしたままのミリアが体を起こし荒い息を吐きながら言った。


「こ、これから、その……あの……」


「いや、続きも何もこれで終わりだけど」


「で、でも今からその! ……ほ、本番というやつなんじゃ……ないですか? よ、よく知らないですけど!」


 本番? いや、本番なら今終わったんだけど。


「その……私が聞いていたのと何か違うっていうか……これ、本当にアレなんです?」


「アレ? ああ、うん。これが吸血鬼の吸血だ」


「……きゅう、けつ?」


 ミリアは理解不能といった表情で俺を見ている。

 森で説明したはずなんだけどな。

 よく分からないけど、もう1度説明しておくか。


 俺は改めて、吸血鬼の吸血について伝えた。

 この行為を1日に1度行わないと、眷属は消滅してしまうこと。

 吸血鬼にとって命を繋ぐ大切な行為であること。

 

 俺が説明していると、みるみる内にミリアの顔が真っ赤になった。

 先ほどの赤さ以上に赤くなり、今にも頭から湯気が出るかと思いきや、凄い勢いで毛布に潜り込んでしまった。


「いやあああああ! わ、わたっ、わたし何を――にゃああああ!? ち、違うんです違うんです! そうじゃなくて私……わあああああ! 馬鹿! 私の馬鹿! バカバカ!」


 毛布に潜り込んだまま叫び、ベッドの上をゴロゴロ転がるミリア。

 中学生の時に書いた中二病全開の自作小説を発見した高校生みたいだ。


 どう考えても大丈夫な様子じゃないが、一応尋ねることにした。


「だ、大丈夫かミリア?」


 毛布の中で枕に顔を押し付けているのか、くぐもった声が返ってきた。


「大丈夫じゃないですよ! 私てっきり、その、アレを――ああああっ! もおおお! ていうかハイガさんもちゃんと説明してください! あんなの普通に勘違いするじゃないですか!?」


「か、勘違いって何の?」


「言えるわけないです! こ、殺して……私を殺してください! 恥ずかしくて生きていけないですよ!」


「いきなり眷属殺しとかハードな展開やだよ」


 よく分からないが、死にたいほど恥ずかしい勘違いをしたらしい。

 一体何を勘違いしたのか。


 結局ミリアが何を勘違いしたのかは分からなかった。

 ミリアは転がり疲れたのか、緊張から開放されたからか、そのまま死んだように眠ってしまった。

 俺もミリアの寝顔を見ながら、久しぶりにベッドの柔らかさに身を委ねて眠りについた。


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