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異世界に渡った現代吸血鬼の生態~実践編~  作者: タクティカル
第一章 異世界の始まりは闇より深い森の中
13/19

VSウッドベアー

 バキバキと枝を圧し折りながら、ウッドベアーが餌であるグラスラビットの死体に近づいていく。

 餌の設置から出現まで随分早い。

 ウッドベアーはスンスンと鼻を鳴らしながら、少しずつだが確実に餌へと向かっていた。

 どうやらかなり嗅覚が鋭いらしい。グラスラビットの血を匂いとって来たのだろう。


 全身を木で覆った熊、ウッドベアーがグラスラビットの死体にたどり着く。

 鼻先でグラスラビットの死体をつつき、すんすんと匂いを嗅いだ後、周りを警戒することもなく、餌を貪り始めた。

 相当に空腹だったらしい。都合がいい。

 実際、俺が隠れていた木のすぐ側を通過していったが、見つかることはなかった。

 猫まっしぐらならぬ、熊まっしぐらといった感じで餌の元へ向かったのだ。


 ただ俺はすぐ真横を通過する巨大な熊を目にして、緊張しすぎて心臓麻痺を起こすかと思った。

 作戦前に用を足していなかったら、失禁していたかもしれない。それは言いすぎか。


 3メートルはある巨大な熊。やはり特徴的なのはその体を覆う木だ。

 ウッドベアーという響きから想像していた木彫りの熊はあながち外れでもなかったようだ。

 全身がくまなく木で覆われている。

 木の種類は分からないが、相当に固そうだ。現に歩くとき鋭利な枝をバキバキ圧し折りながら歩いているが、纏っている木には全く傷がついていない。

 どのような進化を辿ればああなるのか、想像もできない。


 よく見れば、纏っている鎧は武者の甲冑のような構造になっており、関節部に隙間が見える。

 隙間の中には普通に毛が見えた。

 木の鎧を纏った熊――それがウッドベアーという魔物だ。


 ウッドベアーが通過する際、ステータスが確認できた。


■■■


名前:ウッドベアー

レベル:13


■■■


 レベル13。ミリアが想定したよりも高い。

 ミリアのレベルが8だから、レベル差が5もある。

 この世界においてその差は一体どれほどのものなのか。


 グラスラビットを貪るウッドベアー。そのすぐ側の木の陰から、ゆらりと陽炎のようにミリアが姿を現した。

 《気配遮断》を使用しているからか、ウッドベアーは近づいてくるミリアに気づく様子はない。

 ついにミリアが真正面に立つも、未だ一心不乱に食事を続けている。


「――すぅ」


 ミリアが剣を両手に持ち、上段に構えた。

 深く息を吸い込む。息を吸いながら自身の力をじっくりと蓄えていた。


 《ヘビーストライク》


 力を溜めただけ威力が増す攻撃スキルだ。

 食事に夢中なウッドベアーの目の前で、限界まで力を溜める。

 じっくりと溜めることができる限界まで。その蓄えられた力の波は、離れた場所にいる俺にも伝わってきた。

 あれを食らえば、流石のあの巨大でも――そう期待してしまう。


「――ハァッ!」


 そして限界まで力を溜めた剣を――一気に振り下ろした。


 ズズンと俺のいる場所まで振動が伝わってきた。

 小さな地震の揺れと錯覚してしまうほどの地響き。


 ミリアが振り下ろした剣は、見事ウッドベアーの顔面右側に直撃していた。

 頭部を狙う予定だったが、どうやら力を溜めすぎたことで剣先がぶれたのか、予定とは違う場所に当たってしまった。

 だが直撃は直撃。ウッドベアーの右顔面を覆っていた木は粉々に砕かれ、その下からは普通の熊毛を持った熊の顔が現れた。

 その顔は、木を砕きそのまま貫通した剣によって、ぐしゃぐしゃに潰れていた。


『ガアアアアアアアアッ!?』


 森の中に響くウッドベアーの咆哮。

 激痛による咆哮を叫びながら、滅茶苦茶に両の爪を振り回す。

 爪がまるでバターを溶かすように、周りの木を薙ぎ倒す。少しでもウッドベアーの行動を制限しようと思って、この場を選んだがこの爪の威力では意味はなかったようだ。


 目の前で咆哮を受けたミリアだが、気圧されることもなく冷静に距離を置いた。

 剣を中段に構えたまま、荒れ狂う暴風のような爪をジッと見つめている。


 まだウッドベアーはミリアを視認していない。

 突然視界の半分を失った混乱と激痛から未だ冷めないようだ。


 しかし突然、興奮からかウッドベアーが2本足で立ち上がった。

 まるでウッドベアーの頭部が空に登っていたかのような錯覚。

 

 でかい。3メートルくらいだと思っていたけど、4メートルはある。

 立ち上がったことでその巨大が更に大きく見える。

 

 ミリアの顔が一瞬、戸惑いを浮かべた。

 想像以上に大きかったのもある、だが一番は顔が遠ざかったことだろう。

 固い木に覆われているウッドベアーの体。

 最初の一撃でその木が剥がれた右顔面は、ウッドベアーにとって最大の弱点になったはずだ。

 それがミリアには届かない遥か高さにいってしまった。


「……っ」


 だが呆けてもいられない。

 気持ちを切り替えたミリアは、未だ暴風のように振り回される爪をじっくり観察して――懐に飛び込んだ。

 凄まじい速さと力で振り回される爪のわずかな隙間を潜り抜けた。

 

《クイックスラッシュ》


 潜り抜ける際に使用した縮地染みた動き、そのままの勢いを剣に乗せウッドベアーの心臓付近の木に叩き込む。

 木に僅かな皹が入ったが、砕けることはなかった。

 どうやら一撃で砕いた最初のヘビーストライクは相当な威力だったらしい。

 ならば手数で攻めるとばかりに、攻撃を続けた。

 

 一撃、二撃、三撃、四撃――と。

 ただ一点を集中して、剣を叩き込んでいく。


 ここでようやくウッドベアーが気づく。

 自分を攻撃した何者かがいて、それが自分を更に攻撃している、と。

 残った視界――左目がミリアを捉えた。


『グガァ!』


 ミリアを押し潰すように、上から振るわれる爪。

 あんな物が直撃したら、ミリアの小さな体は押し潰され地面の染みになるだろう。


 咄嗟に叫びそれを教えようとした俺だが、どうやら心配はなかったようだ。

 既にミリアは動いていた。

 

 爪が振るわれる瞬間、ミリアの剣が煌いた。

 目で捉えるのがやっとな剣閃が3つ。3つの剣閃が同時に走った。

 全く同じタイミングで叩き込まれる3つの剣閃。

 《トライスラッシュ》だ。

 スキルが心臓を守る木に叩き込まれた。

 深く刻まれる皹。

 だが砕けない。


 《トライスラッシュ》を叩き込まれ、一瞬動きが止まったウッドベアー。

 その隙にミリアはバックステップで、ウッドベアーから距離をとった。


 再度ウッドベアーと対峙するミリア。

 先ほどとは違う。完全にミリアを視認している左目。


『ガアアアアァァァァッ!!』


 混乱と激痛から来る咆哮ではない。明確な『敵』を威嚇する為の咆哮。

 その咆哮は遠くにいる俺まで届き、全身をびりびりと突き抜けた。

 俺の本能が『アレには勝てない』そう告げている。それほどレベル10の差は大きいのだろう。


 そんな咆哮を正面から浴びて、やはり射抜くような視線をウッドベアーに向け続けるミリア。

 

 本当に大丈夫なんだろうか。

 作戦では最初の一撃で仕留め、仕留め損なった場合、勝機が無いようなら逃走する……その手はずになっていたはずだ。

 今もなお逃げずに向かい合っているということは勝機があるのか。


 一瞬、ミリアの視線が俺の方を見た。

 一瞬、ほんの僅かな時間。

 その瞬間に、ミリアは笑った。こちらを心配させないように、精一杯の笑顔で。

 本当にこの子は……自分のことばかり考えていればいいのに。この状況で俺に気を遣って……。

 不器用な少女だと思う。

 子供の頃から持っていた夢を抱き続け、馬鹿にされ折れそうになって、それでも進む。

 不器用この上ない。

 だがそこが彼女の魅力だ。俺は彼女の魅力にやられていた。出会って間もない時間で。

 その彼女が持つ魅力を側で見ていたい。共に歩きその夢の行く末を見届けたい――こんな状況でも、そんなことを思ってしまう。


 ミリアの視線がウッドベアーに戻る。

 ウッドベアーがその豪腕をミリアに向けて振り下ろした。

 直撃すれば致命傷だろうその腕を、限界まで見つめるミリア。

 そして体が掠るか掠らないかギリギリの距離で――かわす。

「私も目がいい方なんですけど」膨れながらそう言っていた彼女の言葉を思い出す。

 迫り来る死を限界まで見て、それを直前でかわす凄まじい動体視力と度胸だ。

 アレが彼女が持つ強みなんだろう。


 ウッドベアーが次々と腕を振るう。

 それを限界ギリギリでかわし、かわし、隙をついて心臓を守る木に攻撃を加える。

 それをひたすら繰り返す。

 見ているだけの俺でも緊張の汗が止まらない。目の前でそれを演じている主役のミリアの緊張は凄まじいはずう。

 だがそんな緊張の糸を決して揺らさず、ミリアはひたすらかわし、そして攻撃を加えた。


 少しずつ、少しずつ皹が大きくなっていく。

 

 このまま行けば勝てる。ミリアもそう思っただろう。

 心臓を守る木を破壊し、そこに一撃を加える。それでミリアの勝利だ。


 だが――このままではミリアは負けるかもしれない。


 俺の目。夜の闇をものともしない目が、ミリアが持つ剣を捉えた。

 ミリアの剣に少しずつ皹が入っている。攻撃を加える度にその皹は増えていく。

 このままウッドベアーの防御が崩れるまでミリアの集中力は持つかもしれない。だがその前にミリアの剣が限界を迎えるかもしれない。

 どちらが先に限界を迎えるか。

 

 結果は――同時だった。


『ガアアア!?』


「――っ!?」


 ミリアの一撃がとうとうウッドベアーの心臓を守る木を砕き、そして代償とばかりに剣が途中から折れた。

 全体に走った皹も見過ごせない。あの剣はもう剣としてまともに機能しないだろう。

 少なくともあの剣で露出したとはいえ、心臓を貫くことはできないはず。


 ここまでだ。

 自分の役目を果たす。


 俺は隠れている木から出て大声をあげた。

 ウッドベアーが振り返り、俺を見る。


「ミリア! 撤収だ!」


「で、ですけど……! あと少しで……!」


 ミリアの無念が伝わる。気持ちは分かる。だがこのままじゃどうしようもない。

 そんな視線を込めてミリアを見た。

 ミリアは血が出るほど唇を噛み締め、自分に背を向けるウッドベアーから逃走した。


「……え?」


 逃走する、そのつもりだったのだろう。

 だが体が言うことを聞かなかった。

 ミリアの足が震えその場に座り込んだ。


 あんな立ち回りをした結果か、今になって限界が来たのだ。

 自分が何故座り込んでいるのか、全く理解できていない様子のミリア。


『ガァァ……』


 俺が叫ぶだけで何もしてこないと見るや、ウッドベアーは再びミリアに向き直った。

 そのまま座り込んでいるミリアに近づいていく。


 俺は再び叫んで気を逸らそうとするが、ウッドベアーがこちらを見る気配はない。

 脅威と認識されていないらしい。

 

「くそっ」

 

 俺はウッドベアーの背中に向けて走り出した。

 迫る巨大な背中に反比例して増していく圧倒的な恐怖。自身より強大な力を持つ相手への生物的な恐怖。

 その恐怖に足が止まりそうになるが、ここで足を止めてしまえば何のためにこの世界に来たのか分からないと、必死で足を進める。

 ここで立ち止まり目の前の少女が命を失ったら……もうこの世界で何かを成し遂げる気は起きないだろう。

 そんな取り返しのつかない感情に突き動かされる。


 ウッドベアーが座り込むミリアに向かって腕を振り上げた。

 すぐ後ろに迫っている俺には気も留めずに。

 俺は今までお世話になっていた棒切れを思い切り投擲した。

 くるくると飛んでいき、ガンと音を立てて、ウッドベアーの後頭部に当たる棒切れ。


『ガアアア!』


 流石にうっとおしかったのか、振り返りながらその腕が振るわれる。

 目の前に迫ってくる巨大な手と爪。

 俺はヘッドスライディングをしながら、それを潜り抜けた。

 ウッドベアーの真横を通り抜ける。

 すぐ頭の上を死がちらつく感覚。

 

「死ぬ!」


 頭頂部の毛が何本か持っていかれたが、何とか生きている。

 慌てて立ち上がり、ミリアの元へ駆けた。

 ミリアは座り込んだまま、こちらを睨みつけた。その目には涙が浮かんでいる。


「なにしてるんですか!? 死ぬ気ですか!」


「大丈夫大丈夫! あははは!」


「なに笑ってるです!?」


 そりゃ笑ってないとやってられないからね。

 流石の俺も頭のてっぺんから足の先までミンチにされたら、多分復活できないからね。

 本当に死ぬかと思った。

 何だかこの世界に来てから、死ぬ思いばかりしてる気がする。

 だが不思議なことに、生きている実感がある。

 元いた世界で死んだようにただ生きている頃とは違う。生の充実感。


 ミリアに手を差し伸べる。


「よし逃げるぞ! 掴まれ!」


「は、はいっ――っ」


 俺の肩に掴まろうとしたミリアの目が見開かれた。

 視線が上に。

 くっついて1つの影になった俺とミリアの影を、覆い尽くす巨大な影。

 真上からウッドベアーの手が振り下ろされていた。


 実際には凄まじい速さで、俺の主観的にはゆっくりと下りてくる死。


 自分でも思っていた以上に、俺の判断は早かった。

 ミリアの小さな体を思い切り突き飛ばす。


 希望的観測だが……多分即死はしないだろう。

 位置的にも俺の体の半分を削られるくらいで、何とか生き残れるはず。

 生きてさえいれば、突き飛ばしたミリアが俺を連れて逃げてくれるはず。……ぐちゃぐちゃになった俺を死亡認定しなければ……だが。

 だから俺は別に自分の命を賭けて……だとかそんな自己犠牲の精神のもと、ミリアを助けたわけじゃない。

 俺はそうだった。


 だがミリアは俺を抱きしめ、ウッドベアーの攻撃から庇おうとした。

 ミリアは人間だ。俺と違い即死に近い傷を負えば、間違いなく死ぬだろう。

 だが俺を助けようとしている。


 俺とミリアの立場は違うが、だが実際俺達はお互いにお互いを助ける結果となった。

 俺はミリアを突き飛ばそうと、ミリアは俺を庇おうと。

 そんなチグハグな行為。

 

 チグハグな行為の結末は、どちらも傷を負う最悪な結果となった。


「――」


 ウッドベアーの爪がズブリと俺の体に沈み込んだ。

 ガリガリと肉、骨を引き裂く音が自分の体の中から聞こえる。

 ショベルカーで掘られる地面もこんな感覚なのかもしれない……そんなことを思った。 


 俺とミリアはもつれ合いながら、吹き飛ばされ――俺の意識は飛んだ。


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