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異世界に渡った現代吸血鬼の生態~実践編~  作者: タクティカル
第一章 異世界の始まりは闇より深い森の中
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初めての異世界交流

「多分色々聞きたいことだらけですよね? 私に分かる範囲のことでしたら、何でも答えるです!」 


 ニコニコと笑いながら言うミリア。

 その言葉は俺にとって、非常に助かるものだった。


 この世界について聞くべきことは多い。

 俺にとってこの世界は、説明書どころかパッケージの裏さえ読んでいない、RPGというジャンルだけで衝動的に買ったゲームのようなものだ。

 魔物が出てステータスがあり、元の世界と同じように人間が存在する、それくらいの知識しかない。


「何から聞こうかな。本当に分からないことだらけで……」


「何も覚えてないんです? 自分の今いる場所に何か思い当たることは?」


「全く覚えてないんだ。気がついたらこの森で目を覚まして、それからミリアに会うまで森を彷徨ってたんだ」


「なるほど……」


 ミリアは先ほど野菜やら肉を取り出した腰袋の中から、大きな紙を取り出した。

 それを地面に広げる。

 地図だ。


「一応聞いておきますけど、この地図の地理に見覚えがあったり……」


「ないな」


「ですか」


 もしかしたらこの世界は、俺がプレイしたことのあるゲームの世界だった――みたいな展開を考え、しっかりと見てみたがやはり初めて見る地理だった。


「じゃあ簡単に説明するです。まず地図の中心、この大きな街が王都、この国の中心部です。それで王都を中心に5つの城塞都市があるです」


 ミリアが差す指の動きを追っていく。

 中心に王都、そして囲むようにして城塞都市。

 城塞都市は位置的に、線で結べば綺麗な五芒星が完成しそうな配置だった。

 実はこの配置が地脈的な意味があって、各城塞都市のひとつでも陥落すれば封印が解けて封印されていた魔王が――みたいな展開がありそうだ。

 まあ、考えすぎだろうけど。


 ミリアの手が城塞都市の一つ、地図の左、西の都市を指した。


「ここが今いる場所から一番近い城塞都市『リグラント』です。ここから……」


 西の城塞都市から、更に左。地図の端近くまで指が移動する。


「ここです。この小さな村が私が拠点にしてる村『リッカの村』です。で、この近くにある森が、今私たちがいる森『常闇の森』です」


「なるほど」


 常闇の森……か。確かにこの森で目覚めてほぼ1日、ここは常に闇に覆われている。

 太陽の光が届かず、魔物のレベルも低いし、吸血鬼の俺にとっては最高のスタート地点だ。


 これで今居る場所と周辺の大体の地理は把握した。。

 

 次だ。


「ギルド、だっけ? それについて聞きたいんだけど」


「ギルドです? ギルドは冒険者に仕事クエストを斡旋する組織です。よっぽど小さな村じゃなければ、どこにもあるです」


 ギルドについての説明は、大体が想像したとおりのものだった。

 依頼されるクエストと冒険者にはランクが存在して、同じランクのクエストしか受けられない。

 クエストを失敗せずにこなしていれば、上のランクに上がることができる。

 何度も依頼を失敗すれば、下のランクに降格する。

 ギルドが定めた規約を破れば、冒険者としての資格を剥奪される。

 などなど。


 ミリアは下から数えて2つ目のFランクらしい。

 今はこの森で『ウッドベアー』という魔物を倒すクエストを受けている最中とのこと。

 何故かそのクエストについて話すミリアの顔は少し曇っていた。


 その他、この世界についての情報を色々尋ねた。

 忘れないようにしっかり記憶していく。


 さて、残るは――


 俺はミリアの顔を見た。


「はい? えっと……私に顔に何かついてるです?」


「ミリアについて聞かせてくれ」


「へ? 私、です?」

 

 自分の顔を指差し、小首を傾げるミリア。


 可愛らしい少女だ。そして不審者感丸出しの行き倒れ男である俺拾い、そしてその言葉を信用する、純真な心を持つ少女。

 

 俺は彼女に興味を持っていた。

 異世界で初めて出会った人間だから、ということもある。

 だが何より俺の興味を惹いたのは――眼だ。

 

 眼はその人間の本性、本質を表す。


 パッチリとした大きな瞳。透き通るような薄い蒼の瞳。

 そんな瞳の中に、決して折れず曲がらない、そんな不屈の剣のような――強い意志を感じ取ったのだ。

 ここ最近……といっても元の世界の話だが、こんなに強い意志を宿した人間は見ていない。

 その強い意志を宿す瞳を持つ少女。ミリアのことを知りたいと思った。

 

「えっと……私の話なんて聞いてもつまらないと思うですよ?」


「そんなことない。興味があるんだ。俺が始めて出会った相手だしな。それに可愛い女の子のことを知りたいと思うのは、当然のことだろ?」


「か、可愛いって……そんなことないです。そんなこと……えへへ」


 やはりこの手の言葉に慣れていない様子。

 顔を赤くして俯いてしまった。

 さすがにここまで免疫がないのは、ちょっと心配だ。将来悪い男に騙されないか心配になってしまう。

 まあ、現在進行形で俺に騙されてるわけだけど……俺は悪い吸血鬼じゃないからセーフだ。


 自分語りを渋っていたミリアだが、俺の口説き染みた説得もあって、ポツポツと話し始めた。


「えっと……じゃあ、はいです。改めて――名前はミリア・オーレント。ニッカの村で生まれて――」


 ミリアは片田舎の村で育った普通の少女だった。

 普通の少女は普通の両親に下に生まれ、普通にすくすくと育った。

 普通の子供だったミリアは、他の子供達と同じようにある冒険者の英雄譚に夢中になった。


「冒険者エミリア。誰だって知ってる有名な冒険者です。誰よりも強くて、どんなときでも優しくて、常にその行動には勇気が伴っている――そんなエミリア様が活躍するお話が大好きで、本がボロボロになるまで読んだです」


 御伽噺の英雄のような活躍。だが実在の人物だ。

 そんなエミリアに彼女は憧れた。ミリアと同じように憧れを持った同世代の子供達はいたが、みな次第に別のものに興味を移していった。

 しかしミリアだけは憧れを持ち続けた。

 子供時代を終え、大人を間近にした歳になっても、その憧れを胸に抱き続けた。

 そんな彼女が自分もエミリアのような冒険者になろうと考えるのは当然のことだろう。


「勿論家族は反対したです。特に才能もない自分がそんな冒険者になれるはずがないって。どうせすぐに命を落とすか諦めて帰ってくるかのどちらかだって。でも――」


「それでも諦めたくなかった」


「え……あ、はい。そうです。私は困ってる人を助けるエミリア様が大好きで、そんな冒険者になりたくて……村を飛び出しました」


 彼女が眼に宿す強い意志の正体は――夢か。

 幼い頃に抱いた夢を未だに強く持ち続けている。

 夢はいいものだ。人間が前を目指す、最も強い原動力になる。

 夢に向かって進む人間の歩みは眩しく、そして力強い。

 寿命が定められているからこその強みだ。

 俺たち不老の存在には持つことができない強さ。


「それから1年、ギルドに入ってまだまだランクは低いですけど、何とか頑張って冒険者をしてるです」


 その1年がどれだけ濃密なものだったのか、俺には分からない。それは彼女だけのものだ。


「頑張って……いたんです。このまま頑張って、少しずつ少しずつ進んでいけば……いつかは夢は叶うって、そう思って」


 懐かしいように過去を語っていたミリアだが、その表情が少しずつ曇っていく。

 先ほど自分が受けているクエストについて語っていたときの表情だ。


「何かあったのか?」


「……えっと」


 ミリアは迷う素振りを見せた。

 会って間もない、見ず知らずの人間に語ることか迷っているのか。

 だが逆に会って間もないからこそ、話やすいということもある。

 俺はミリアが話すのをジッと待った。

 ミリアはそんな俺の目を見た後、ゆっくりと話し始めた。


「……ついこの間の話です。クエストが終わって、何度かパーティを組んでる人たちと宿屋でご飯を食べてたときです。話の流れで、これから先の目標、進むべき道の話になって……」


 何となく話が読めた気がした。

 黙って続きを促す。


「みんなが将来のことを順番に話して、私の番になりました。私はエミリア様のような冒険者になりたいって、そう言いました。そうしたら――大笑いされました。私が冗談を言ってると思ったみたいです。でも本気だってことを伝えると、やっぱり笑ったまま『そんな馬鹿げた夢なんて叶うはずないだろ』『才能もギフトもないお前じゃ、エミリアみたいな英雄になれるはずがない』『夢を持つならもっと手が届くものにしろ』そう言われました」


「それは……」


 よくある話だ。大きすぎる夢を持った人間は時に嘲笑の対象になる。そこで心が折れれば、最初からそこまで。その夢に対する執着がなかったというだけ。

 だがミリアの瞳には夢へ向かう確固たる意思が感じられる。


「夢を笑われたことには正直、腹が立ちました。大切なものを汚された気がして、ショックを受けました。でもいいんです。両親にも言われましたし、慣れましたから。でも――」


 ミリアが拳をグッと握った。

 その手が震える。

 強い意志を宿した瞳が、不安定に揺れた。


「その時、みんなの言葉を一瞬ですが――受け入れそうになってしまったんです。ほんの少しだけ『確かにそうだ』って夢を諦める気持ちが胸の奥から出てきたんです。それが一番のショックでした。村を出て1年、1年です。1年経ったのにランクも一つしか上がってない。夢に向かって歩けば歩くほど、その夢がどれくらい遠いものなのかが分かってきて……そんな現状で……こんなんじゃエミリア様みたいになる頃にはお婆ちゃんになっちゃうってそう思ってしまったんです。その感情を認めたくなくて、宿屋から飛び出してギルドに飛び込みました。ウッドベアーの討伐、今の私じゃ1人では絶対に無理なクエストを受けてこの森に来ました。これくらいの無理をこなさないと一生エミリア様みたいになれないって、そう思って」


「……」


「子供ですよね。馬鹿みたいな夢をいつまでも持って、人に言われたからムキになって1人で飛び出して……」


 自嘲気味に笑うミリア。

 確かにミリアの言う通りだ。

 夢を笑われ、その事実を受け入れそうになって、逃げるように飛び出す。

 現実を受け入れられない子供の行動だ。

 だが――


「でも諦めてないんだろ」


「え」


「いくら馬鹿にされようが、馬鹿にされた言葉を受け入れそうになっても……まだ諦めてないんだろ」


 ミリアの瞳は揺れている。

 今、その瞳に宿る意思は不安定に揺れてはいるが、決して折れてはいなかった。

 諦めていない人間の眼だ。分不相応で途方も無い夢だろうが、いつかそれを叶えてしまうかもしれないと期待してしまう瞳。

 俺が大好きな眼。


「いいじゃないか。お婆ちゃんになっても。少しずつでも前に進めば、いつか叶う、そう思ってるんだろ? そう思ってるならいつか叶う」


 人間が持つ意思の力は強い。

 どんな化物だろうと、人外染みた力だろうと、人間が持つ意思の力に敗北する。それは世の常だ。

 それほどまでに意思の力は強い。

 到底成し遂げられないだろう夢も、強い意志さえ持っていればいつかたどり着く。それが人間の持つ強さだ。


 俺の言葉を聞き、呆けたような表情で俺を見つめるミリア。


「お、お婆ちゃんになってもって……簡単に言ってくれるですね。ハイガさんは何も知らないからそうやって……」


「そうだな、記憶喪失だからな。何も知らないからな。だから今のは何の虚飾も無い俺の嘘偽りない言葉だ」


 また、ミリアがジッと俺の目を見た。

 試すように、探るように。その力強い意思を持つ瞳で俺を見た。

 そしてクスっと笑う。


「……確かに、そうですね。私、何を迷っていたんでしょうか。なりたいって思ったからなる、ただそれだけの話なのに」


 ミリアの表情にあった曇りが消えた。

 晴れやかな表情だ。


「……不思議です。会ったばかりのハイガさんにこんなことを話して、しかも当たり前のことを気づかされるなんて」


 ミリアが笑った。やっぱり笑った表情の方が可愛い。

 俺はただ単純に自分の目に映ったものを言葉に出しただけだ。

 それだけの話。


「本当に……不思議です」

 

 だがもしかしたら今の言葉で、俺に惚れたかもしれないな。

 やれやれ、ミリアってばチョロイわ。


「あの……私、ハイガさんのこと……」


「え?」


 おいおい展開早すぎだろ!

 ちょっと相談に乗っただけでコロッと行っちゃうとか……本当にただのチョロインじゃねーか!

 いや、それはそれでいいけどね。俺の魅力値ステータスにはないが高すぎるのが罪なのか……。

 いいよ、うん。許す。俺に惚れることを許す。君が記念すべき異世界最初のハーレムメンバーだ。


 ミリア……改めハイガハーレム第一の刺客ミリアが、頬を赤くして言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。


「私、ハイガさんのこと……なんかお爺ちゃんみたいだなって、そう思っちゃいました」


「は?」


 お爺ちゃん?

 お爺ちゃんってあのお爺ちゃん? お婆ちゃんとつがいの? 高齢者と同じ意味のお爺ちゃん?


「あ、いやいや! 見た目とかじゃなくて、なんていうかこう……不思議と何でも話したくなるっていうか、聞いてもらうと凄く安心するところとか、私を見る目が優しいところが……故郷にいたお爺ちゃんとそっくりで……」


 確かに年齢はお爺ちゃんと呼べるだろう。最早ミイラといっても過言ではない。

 だが不本意だ! 心は常に10代後半のつもりなのに! 17歳教の信者なのに! 腹立つデース!


 俺の怒りが伝わったのか、弁解するようにワタワタと慌てた様子でこちらに詰め寄ってくる。


「お、怒らないで下さい。ほ、ほらお爺ちゃんって言っても、悪い意味ではなくていい意味です! いい意味でお爺ちゃんっぽいなぁって!」


 お爺ちゃんと連呼され、ちょっとムカついた俺だが、困った表情で慌てるミリアを見ていると何だか笑えて来た。

 いつの間にか俺は笑顔を浮かべ、ミリアもそんな俺を見て照れくさそうに笑った。

 

 何だかんだありつつ、ミリアとの距離が縮まり、初めての異世界交流は上手くいったような気がするのだった。



 


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