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翼は背負うには重すぎる

作者: 天川ひつじ

真夏のある日。スーパーからの帰り道、細い道の中でケンカしている若者二人に出会った。


気にしないでおこうと思ったが、見つかってしまった。


仲裁を頼まれてしまった。


あぁ、頼まれて買ったアイスが溶ける・・・。


***


溶けてしまうぐらいならとおすそ分けしてあげた、ハーゲン〇ッツのカップのアイス(ただし本日限定特売特価)を三人で食べながら、若者二人がまだ言い合いしている。


ハーゲン〇ッツのアイスのうまさに免じて許せばいいのに・・・。


ケンカの理由は実にくだらない。


若者一人は、背中に見事な羽根を生やし、もう一人は、背中に見事な複数の腕を生やしている。


言い分は、こうだ。

このクソ暑い夏の存在する日本で、なぜお前は背中につけるオプションを腕では無く翼にしたのか、と。


きっかけは、こうだ。

何度も何度も繰り返したのに、腕の若者が、翼の若者の翼の羽根のすそを踏みつけた。


実にどうでも良い・・・。


ところで、どうだ、アイスは旨いだろう。感動して食え。我が家の贅沢品だぞ。


「だって! 翼なら空飛べるし! 雨も防げるし、寒い時も防げるし、夏だって日差し避けになるし!」


いや、飛べはしないよね。人間だもの。

だが、私の口は今、アイスを幸せに味わうためだけに在る。


「だからって身の丈に合わないもの背中につけないでよ、そりゃ踏みもするよ、ズルズルズルズル翼の先っぽ引きずって歩いてんだからさ。ほら姉さんも何とか言ってやってくださいよ」


腕の若者に、『おばさん』ではなく『姉さん』と言ってもらったので、コメントのために口を開いた。


「翼はねぇ・・・実際飛べなくない? 防寒具として素敵だけど」

背中の翼は、防御型。結界張ったり、小雨を防いだり、寒さから身を守ったりに便利。


でも夏だから、翼なんて暑くてたまらないと思うんだ。見てる分にも。

だから涼しげな虫の羽根にすりゃいいと思うけど、変えられないのかなぁ。


アイスを食べ終わってしまってさてどうしようかなぁ、と案じてみる。

あぁ、それにしても肩が凝ったなぁ。

「・・・とはいえ、まぁ、見た目はやっぱり憧れがあるのかなぁ。翼って」


腕の若者が主張する。

「でも便利なのは腕ですよね!」


「便利だよね。腕」

同意する。

「肩こりとかさ。首こりとかさ。腕だと、動かせてほぐせるからね・・・。疲れてる時はやっぱり腕だね」

ただいま、私は右肩と首それぞれから、複数の腕をうにょりと生やしております。だって凝ってて疲れてるんだもの。


「ですよね! できる事多いし! 引きずらないし! むしろ持てるし!」


「あぁ、じゃあ、翼を持って歩いてあげたらいいよ。暑いからね。風も通してあげたらいい。それでさ、冬は翼で囲ってもらえば良い。暖かいから。腕は冬に辛いよね。うっかりしもやけになり得る箇所が多いからね」


「えー、せっかくの腕なのに。長いドレスの裾を持ち上げてついて歩く子どもみたいに、私が翼の裾を持つんですか? それ、私がお付の人みたいじゃないですか、かっこうわるくないですかぁ」

と腕の若者が不満そうだ。


「あれ、腕をかっこいいと思って選んだんだ?」


「そうですよ」


なんて意外。きみは、西洋文化より東洋文化に馴染みがあったのかな。

「へぇ。珍しいね。便利だからかと思ってた。時代は変わったね」

腕は、かなり実務型だ。守るよりも、動かすタイプ。手がたくさんあるから仕事も早いし、器用だし、表現方法も多彩。小回りも利く。


それにしても、近いからとドライアイスを貰わなかったから、残りのアイスはもうダメになってるかなぁ。家族が泣くなぁ。でも溶けてまた冷えたらそれで別に良くないかなぁ。ダメかなぁ。

私は、そろそろ帰ろうと立ち上がった。

「ちなみに、背中の翼と背中の腕は、出し入れ自由だし、別に他のにも変えられるよ?」


「え」

「うそ」

若者が驚いて立ち上がった私を見る。

見て分かったらいいのだけど。可能だという事だけでも。


肩こりには腕を生やせば改善するかも。

小雨程度なら翼を生やして弾けばいい。

暑い時には虫の羽で空気を動かしてみれば良い。

半分ずつだって可能なので、好きなように使えば良い。


引きずるのが嫌ならしまえばいい。眠るのに邪魔なら消せばいい。

また空の下に来れば、歩けば、自分の背中にそういえばついていたなと思い出すよ?


驚いている二人に、じゃあ仲よくね、と声をかけてからその場からさらばだ。


***


昔は、それが人に見えるものとは知らなかった。

でも出していたら目を留めてくる人もいたからもしかしてとは思っていた。


それが今は昔の話。


今や、けっこうたくさん、若者の背中には翼がついていて。楽しそうに膨らんでいたり重そうに垂れ下がっていたり。

中には腕をつけた若者たちもいる。


不思議な事に、腕は腕同士、翼は翼同士で集まっている。

きっと性格とか嗜好が違うんだろうなぁと思ってた。



私の翼は羽根になったり腕になったり伸びたり縮んだりするけれど。

それは日本の四季の移り変わりと生活の中で、必要に迫られて変化したのか、変化したことに気づけたのか。


ついていない時は何もないのに、背中に何か出してると誰かや何かに遭遇する。


似たような何かの目に留まる。似たような何かが目に留まる。


増えたそれらに、時代は変わったなと思わざるを得ない。




見えないものに縛られない方が良い、見えるものに縛られない方が良い。


どっちにだってなれるのだから。混ざるのだから。



支え合えるほどに、今はたくさんいるんだから。


高温多湿な日本の夏に、翼は背負うには重すぎる。


まだ変え方を知らないのなら、違うものを背負ったものに、支えてもらうのが一番いい。


***


三日後、溶けて固まったアイスは美味しくないと嘆いた家族のために、再びスーパーにアイス(残念ながら本日定価)を2つだけ買った帰り。


見事な翼の持ち主と、複数の腕の持ち主とが、向こう側を仲良さそうに歩いていた。


大きな翼の端を数本の腕が掴んでいる。時折、腕が翼を振って大きな風を生み起こす。


涼しそうだな!


夏でもそれなら良いね。二人いてこそ!



今日のアイスは旨いに違いない。

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