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ヒーローがいっぱい!  作者: minmin
3/3

ホットマンの冷奴

久しぶりの更新です。

なんとブックマークをつけてくれた方が何人かいらっしゃるようで感激しております。ちなみに作者は感想乞食なので、何か一言でも書いていただけると泣いて喜びます。笑

ではどうぞ~


 燃えている。

 幸せの象徴だったはずのマンションの一室が燃えている。


「お願いします!助けてください!

 子どもが……子どもがまだ中にいるんです!」


 仕事場から急いで駆けつけたらしいスーツ姿の母親が半狂乱になって叫ぶ。今回の火元はこの家族の隣の部屋だ。おとなしく留守番をしていた彼女の家族にはなんの落ち度もない。それだけに目の前の光景を受け入れたくないのだろう。

 ぎり、と奥歯を噛みしめる音が骨を伝って耳に響く。


 消防士は神じゃない?助けられる命には限りがある?


 ――そんなことはわかっている。


 仕方のないことだ。あきらめろ、気にするな。次の現場に引きずるほうが問題だ。


 ――その通りだ。正論だよ。でも、そんなことはくそくらえだ。


 救助する者は、自分が要救助者になってはいけない。だから、自分は飛び込めない。幼い命が火の中に消えていくのを黙って見ていることしかできない。

 誰もでもいい。本当に誰だっていいんだ。神様だろうが悪魔だろうが構わない。誰か、あの命を救ってくれ。


 ――すると。


「奥さん。

 子どもさんはどの部屋にいるかわかりますか?」


 どっしりと落ち着いた、しかし確固たる意思を感じさせる声が聞こえた。


「え、ええ。

 多分、玄関横の、子ども部屋に……」


 今度は戸惑い気味の母親の声。何事かと振り返ると。

 そこには、全身を余すところなく真っ赤なタイツに包んだ何かがいた。


「玄関横ですね。

 では――行きます!」


 赤い何か――声からすると多分男――はそれだけ言うとその場で飛び上がる。そして、次の瞬間。


 その全身が、燃え盛る炎に変化した。


 その炎は空中で人の形を保ったまま一瞬静止し、そのまま矢のように火災現場のマンションの一室に飛び込んでいった。

 なんなんだ、あれは。


「本物だ。本物の、ホットマンだ」


 呆然と立ち尽くす俺の後ろで、2年目の新人がどこか震える声で言う。


「ホットマン?」


 おそらく、というか間違いなくあれはヒーローなのだろう。消防士なんて仕事をしていると、ヒーローに出くわすことは珍しくない。だが、あんなヒーローの話は聞いたことがなかった。

 胸の中に若干の嫉妬が湧き上がる。ただの八つ当たりだと理解してはいるが止められない。

 きっとあいつらは、俺みたいな無力感なんて感じたことがないんだろう。あんな力があれば、どんな現場でだって命を救える。俺なんかとは大違いだ。

 醜いなと、自嘲の笑いが溢れる。消防士にあるまじき考えだ。

 そんな風に思っていると、場違いに明るい声が聞こえた。 


「身体を自由に炎に変えらるヒーローらしいです。有名になったのはここ最近ですよ。今みたいに火災現場に飛び込んで。

 俺、あんな風になりたくて消防士になったんです」


 あんな風になりたくて、か。そんな気持ち、長いこと忘れていた。もう随分たったが、消防士になりたての俺も、この新人みたいな目をしていたんだろうか。


「お前は一般人だろう。いくら努力してもヒーローにはなれないんだぞ?」


「まあ、そうですけど」


 放水のホースを必死に抱えながら新人が笑う。


「人助けるのに、ヒーローも一般人も関係ないでしょう?

 そりゃ、今回みたいに俺たちにはどうにもできないことだってありますけど……俺は自分にできることをやるだけです」


 ――――。


「……そうだな。そうだよな」


 その通りだ。この歳になって、新人に教えられることがあるとはな。


「あっ!帰ってきました!

 子どもも無事です!」


 見ると、行きとは違う青い炎に身を包んだ男が子どもを脇に抱えて戻ってくるところだった。炎に直接触れているのに、子どもは熱さを感じていないらしい。

 男――ホットマンが緩やかに着地して子どもを地面に下ろす。


「ありがとう、おじちゃん!」


 そのお礼の言葉を聞いてホットマンの身体が一瞬固まった。


「……少年。おじちゃんじゃなくてお兄さんだ。いいね?」


「え?う、うん」


 おい、今一瞬殺気みたいなの出てなかったか?


「ねえ、ぼくもおじちゃんみたいになれるかな?」


「だからおに……まあいい。

 そうだな、きっとなれるさ」


 そう言うと、ホットマンはしゃがんで目線を合わせ、拳を子どもの胸に当てる。


「力があるかどうかなんて関係ない。大事なのは、ここを燃やし続けることだ。そして、決して諦めないこと」


 そう語る彼の顔は、タイツに包まれていて見えなかったけれども。


「ハートを情熱で燃やし続けるんだ。

 合言葉は――『もっと熱くなれよ!』だ!」


 きっと、満面の笑みだったと思う。

 

 最後にサムズアップをして、彼は再び炎となって空に飛んでいった。










「いーやっほうー!」


 気持よく叫びながら大空を飛び回る。

 どういう理屈なのかはわからないが、全身を炎に変化させている間は自由に空を飛ぶことができる。まあ、そもそもヒーローは理屈から外れた存在だ。気にしていても仕方ない。

 目的地のビルが見えてきた。俺を見上げて驚き呆然と立いち尽くす通行人に手を振りながら速度をを上げていく。残り3,2,1……。


「到着!」


 雑居ビルの屋上にしゅたっと着地して決めポーズ。端から見れば怪しいことこの上ないが、オーナーには許可をもらっていて誰かに見られる心配はない。

 正中線を走るファスナーを開けてタイツを脱ぐ。これも一体どういう素材でできているんだか。特別に設置してもらったロッカーの中に入れておく。あとは回収して洗濯してくれるはずだ。

 扉の鍵を開け、いそいそと階下へと降りる。目指すは5階建てビルの3階にある居酒屋だ。居酒屋というよりは小料理屋といってもいいような雰囲気で、見つけて以来ずっと通っている。一仕事終えた後はいつもここだ。

 藍色に染められた暖簾をくぐって昔ながらの引き戸を開ける。


「いらっしゃい」


 調理場にたつ大将が笑顔で出迎えてくれる。まだ30代らしい大将のこの笑顔も、実は店の人気の一因だったりする。

 既に飲み始めている顔見知りの常連にかるく会釈してからカウンターの端に座る。だされたおしぼりで顔を拭って一息つくと、ようやっと落ち着いた。。



「つまみは何にする?ちなみに今日のお勧めはこれ」

  

 大将がそう言いながら後ろの食器棚に立てかけていた小さなホワイトボードを手に取る。ジャジャーンなんて口で効果音を付けながらクイズの回答よろしくお披露目してくれた。


「ん~……」


 さて、何にするか。

 酒は好きだが、実は強くはない。というか弱い。3、4杯も飲めばすぐ真っ赤になってしまう。本当はもっと飲みたいのに。

 ともかく、その貴重な3、4杯で満足するには段取りが大事だ。つまめるのはせいぜい2、3品。それをこのメニューの中からどうやって選び組み立てるか。それで勝敗が決る。

 当然かぶりはNG。最後にご飯物も食うからそれも考えて……。


 ――今日は揃える感じで攻めてみよう。


「大将、油揚げWと小瓶ちょうだい」


「はいよー」


 そしてすぐさま出てくるビールの小瓶とグラス。実は小瓶を置いてる店って中々ない。こういうところが俺みたいな小酒飲みには嬉しい。


「ふうーーっ」


 あっという間に最初の1杯を飲み干してしまった。キンキンに冷えたビールが熱くなった身体に心地良い。


「はいお待たせ。油揚げWね」


 2杯目を注いだところで出されるおつまみ。相変わらずタイミングばっちりだ。

 かるく炙った油揚げが2枚。その上から玉ねぎスライスとすりおろししょうが。さて、どうやって食べるか。


 ――まずは順当に醤油から。


 醤油をちょろっとまわし掛ける。ちょっと行儀が悪いが箸でぶすぶすと穴を開けて掛かった醤油を染みこませる。

 玉ねぎを適当に。箸の先でちょこっとだけしょうがを載せて……かぶりつく。



 美味い。

 


 それなりに良いものを仕入れているんだろうが、油揚げは油揚げだ。豆腐を揚げたものでしかない。なのに、どうしてこんなに美味いんだろう。

 ビールをグラス半分ほど飲む。油揚げもまだ半分あるのだ。ここで全部飲んでしまってはもったいない。


 ――じゃあ、今度はポン酢で。


 Wの片割れのもう1枚に今度はポン酢をもらってまわしかける。なんだか空気までさっぱりするような気がした。同じように玉ねぎとしょうがを載せてかぶりつく。で、再びビール。冷たいビールが身体の隅々まで染み渡っていく。最高だ。


 ――さあ、本日のメイン。


「大将、冷奴!あと何か日本酒1杯!」


 今日のテーマ、豆腐で攻める。なら、メインはやっぱり冷奴だろう。


「日本酒かあ。

 ……ちょっと面白いのが入ってるんだけど、飲んでみる?」


 なんて大将が勿体振って言う。こんな言い方をするなんて珍しい。よっぽど珍しい酒なんだろうか。


「じゃあそれで」


「あいよー」


 出てくるのを待つ間、なんちゃってチェイサーのお冷を飲む。心臓はさっきから鼓動が速くなりはじめていて、顔はもう真っ赤になっているはずだ。

 そうやって待っていると、大将が一度奥に引っ込む。再び出てきた時に両手に持っていたのは、豆腐と――なんだあれ?


「はいどうぞ」


 出てきたのは、シンプルにしょうがとネギだけを載せた冷奴。それと、グラスに入れられた透明なシャーベットだった。これが、酒?


「面白いでしょそれ。凍結酒って言うんだけど、一度凍らせた後そうやって少しずつ溶かしながら飲むんだよ」


 凍結酒。そういうのもあるのか。


「はいこれ」


 そう言って渡されたのは、水割りなんかをつくる時のマドラーだった。これで混ぜろということだろうか。恐る恐るグラスに突き刺してクルクルと回す。半溶けになっているようで、グラスの中でみぞれ状になっていった。

 しばらくかき回して、取り出したマドラーをおしぼりの上に置く。綺麗に中身が混ざったグラスを持ち上げてくいっとやると。


 ――美味い!


 普通にシャーベットを食べてる食感なのに、きちんと酒の味がする。辛口のきりっとした味わいだ。これはつまみが欲しくなる。

 冷奴に醤油をたらして角を切り取る。一口食べると、口の中がさっぱりする。より冷たいものを口にしていたせいなのか、今までより豆腐の味がしっかり感じられた。

 また凍結酒を一口。もう一口。それで、冷奴。

 酒の味はきちんとするのに、あまりアルコールを飲んでいるという感じがしない。いくらでもするする飲めてしまう。これはまずい。いや、美味いんだが。冷奴がまだ半分もあるのに、もう残り一口になってしまった。


「大将、ご飯ちょうだい」


「うん?白ご飯でいいの?」


「そう、普通のご飯」


 今日はここで〆だ。これ以上は多分飲み過ぎ……の、はず。

 茶碗によそってもらったご飯の上に冷奴を載せて、箸でぐちゃぐちゃと潰す。その上から醤油をまた掛けて、ご飯の上に満遍なく伸ばして、と。茶碗に口をつけて、大口を開けてかっ込む。こうすれば、豆腐も立派なおかずだ。すぐに茶碗が空になった。


 ――豆腐縛り、大成功。


 身体もいい感じに熱が冷めて、大満足の晩飯だった。

 油揚げと、キンキンに冷えたビール。冷奴と、凍結酒。世間ではホットマンなんて呼ばれている俺だが、実はクールな男なのだ。







「しっかしいつ見ても暑苦しい顔だよな、あの人」


「だよな。何してる人なんだろ。押しが強い営業とか?

 大将知ってる?」


「さて、ね。暑苦しいってのは同意するけど」


 ある常連客が帰った後の、いつもの会話。とある雑居ビルの居酒屋に、笑い声が響いた。





如何でしたでしょうか?

今回はオーソドックスな居酒屋飲みをイメージして書いてみました。凍結酒は梅雨が終われば来る夏にぴったりですね。

感想お待ちしております。

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