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一般ファンタジー小説

真理の小鳥

作者: 藍上央理

 ある小さな国にとてもかわいらしい王子が生まれました。

 待ちに待った王子の誕生に国を挙げて三日三晩お祝いしていると、パーティに招待されていなかった魔女がお城にやってきました。

 とても力の強い魔女でしたので王も后も心の底から震え上がりましたが、魔女は王子に金色のからくり仕掛けの小鳥をお祝いに贈りました。

 魔女はその小鳥を「真理を告げる小鳥」だと教えてくれました。その小鳥の言うとおりにしていれば必ずこの小さな国は幸せになるだろうと。

 それからずーっと、小鳥は王子の宝物になりました。

 王子は自分ではわからないことがあると、真理の小鳥に訊ねました。

「厩番の子と仲良くなったよ、けれど、彼をお城には入れてはいけないんだ、友達なのにどうしていけないの」

 小鳥は答えました。

「王子様はお城に住んでいます。厩番の子供はお城の外に住んでいます。友達ならばお城の外で仲良く遊べばいいのです」

 その答えのおかげで、王子はその友達の厩番の子供と森や野原で遊んで、いつのまにか遊ばなくなるまで仲良しでした。




 王子が大きくなって父君の仕事を傍で見るようになると、またいろんな疑問が湧き出てきました。

「なぜ国民は税金を払わなければならないの」

 小鳥は答えました。

「王様が国民を守り、幸せにするために必要なのです」

「王は税金払わなくていいの」

「王様は敵から国を守るためにお金の代わりにいつでもその命を国のために捧げているのです」

「では、僕もいつか命を捧げるの」

「そういうときが来れば」

「どうすればそんなことが起きなくてすむの」

 小鳥は言いました。

「隣の強い国の美しいお姫様と結婚するのです。そうすれば国は強くなって、国民を守ることが出来るのです」

「もっと強い国が攻めてきたらどうするの」

「大丈夫ですよ、その国のお姫様と結婚すればいいのです」




 王子様がもう少し大きくなると、父君はまつりごとの相談をするようになりました。その度に王子は真理の小鳥から聞いた言葉をそのまま父君に伝えました。

 そのおかげで国は前よりも豊かになってみんなが幸せでした。




 王子は久しぶりにお城が抜け出して野原に遊びに行きました。最近はお城のなかが退屈で何だか狭く感じるようになったからでした。小鳥にそのことを訊ねると、「王子様は大人になったのです。そろそろ王位を継ぐときが来たのです」と答えました。

 けれども父君はまだ若いし、まだ自分が王にならなくても良い気がしていました。けれど真理の小鳥は「真理」だけを語るのですから言うとおりにすればみんなが幸せになるのはわかっていました。




 野原は小さなころと変わらず、広々としていて、所々に背の低いベリーが茂っています。背の高い木は森のほうにかたまっていて、王子は森へは遊びの狩りでしか出掛けたことがありませんでした。

 子供のころ、厩番の子供がいつまで待っても来ないので、王子は悲しい気持ちになったことを思い出しました。そのとき小鳥は、「厩番の子供は王子様より先に大人になったのです」と答えたのでした。

 野原は子供のころとちっとも変わっていませんでした。空もちっとも変わっていません。真っ青で所々に濃淡があって白い薄絹のような雲が浮いています。

 野原の先の急な斜面からは高いお城の尖塔とごちゃごちゃした町の風景が見下ろせました。活気があって幸福そうで全てがなんでもないことの様に感じられました。

「なぜ、私はここに独りきりでいるのだろう」と王子がつぶやくと、小鳥は、「お隣に美しいお姫様がおられないからです」と答えました。

「なぜ、お姫様でなければならないのだろう」

「それは、あなたが王子様で、相手がお姫様でなければこの国が幸せになれないからです」

 王子はぼんやりと向きを変え森へ入っていきました。まだ太陽は空の上にあったので、森のなかにまで太陽の光が射しこんでいました。

 いつも馬に乗って犬の姿ばかりに気を取られていたので、森をこうしてじっくりと観察するのは初めてでした。森にはいろんな匂いや気配が潜んでいて、物音が王子の見えない場所から絶えずしていました。太陽に照らされた葉っぱはきらきら光っていたし、茂みの下のほうにはまだ朝露が残っていて小さな真珠の玉のようでした。

 王子はどんどん森の奥に入っていきました。かわいらしい小鳥のさえずりが聞こえてきます。さくさくと小さな動物が茂みを掻き分ける音がします。真昼の森は平和そのものでした。

 いつも王子が狩をするときに森はこんなふうに平和であったでしょうか。牙をむいた犬たちが茂みを踏みしだいて飛び跳ねて逃げ惑うしかやいのししを追い詰めていき、王子が一番矢を動物の腹に突き立て、家来が手槍で動物の首を刺して、朗らかに、「大手柄ですなぁ」と誉めそやすのでした。そして、お城では王子が狩った動物でご馳走が作られ食卓をにぎわしたものでした。

 森の奥に突き進んで行くと、静かな空き地がありました。小さな涌き水をたたえた泉と細いせせらぎ。ベリーの茂みに囲まれた奥に小さな小屋が一軒建っていました。太い古い木を組み合わせた粗末な小屋でした。

 王子はお腹が空いているのに気づいて、迷いもなくその小屋の扉を叩きました。

 中からか細い娘の声がしました。

「申し訳ありませんが、中で休ませて頂けませんか」

「どなたかもわからないのに、中に入れろとおっしゃいますか」と声は答えました。

「私はこの国の王子です」

「ではなおさら中へは入れられませんが、外になっている果物や水を好きなだけお食べなさい」

「ありがとう」

 王子は木の根元に腰を下ろして木の実を食べて水を飲みました。そして、日が傾きかけているのに気づいてお城へ帰っていきました。




 お城に帰っても王子はあの小屋のなかの娘のことが気になって仕方がありませんでした。

 それで、また森に出掛けて行きました。

 はたして小屋は前のとおりに建っていました。

「こんにちは、昨日の王子です。また木の実を食べても良いですか」

 なかの声が答えました。

「その木の実はずっと昔から生えているもの。あたしのものではないのです。だから、あなたはあたしに許しを得ることなどないのです」

「では中に入れてください。あなたと話がしたいのです」

「王子だといわれてもあたしはあなたがどんな人間かもわからない。それなのに、王子だと言われて簡単に扉を開けることなど出来ません」

「信じてくれないんですか」

「だってあなたのことなんかちっとも知らないんですから」

 王子は娘の言うことは最もだと思い、その日は帰りました。




 王子は次の日も次の日も娘の小屋に通いました。扉越しにお互いの話を日が傾くまで飽くことなく語り合いました。

 森に住む娘が長い間たった一人でこの森に暮らしていること、それから小さなころにどこからか攫われてきたこと、森に住む魔女に大きくなるまで育てられたことなどを、娘は親しくなるにつれて王子に話してくれました。




 それでも王子がひとめ娘に会いたいといっても、娘はこればかりは頑なに拒んで受け入れてくれませんでした。

 王子はそれでも諦めず、毎日娘の元を訪れては、娘に心のうちを語って聞かせるのでした。


 


 ある日、娘はとうとう王子の願いを聞き入れてくれました。しかし、ひとつだけ条件があるというのです。

 王子はうれしくて仕方がなく、どんな願いもかなえてあげるし、どんな約束も守ると言いました。

「あたしは魔女から誰にも姿を見られてはいけないと言われています。誰とも会ってはいけないと魔女と約束しています。真実の愛を誓ってくれる男性が現れて、どんなことがあってもその愛をたがえないと約束してくれることがあれば、この小屋から外に出て行ってもいいといわれているのです。けれど、一度約束をした男性から裏切られたときはあたしのみに魔女の呪いが降りかかるといわれました。だから、あたしはこの小屋の中であたしに真実の愛を誓ってくれる男性を待ち続けているのです」

 王子はその言葉を聴いて飛び上がらんばかりに喜びましたが、ふと真理の小鳥の言葉を思い出しました。

 それは、隣の強い国のお姫様と結婚しなければこの小さな国は幸せになれないという言葉でした。

 今まで小鳥の言うとおりにしてきて不都合はありませんでしたが、顔も知らないお姫様よりも王子はいまこうして話をしている娘のほうが大好きになっていました。

 王子は娘を失いたくないあまりにこう言いました。

「あなたを愛しています。これから先ずっとあなただけを愛し続けます。何があろうともあなたに愛を誓います」

 王子がそう言うと、今まで固く閉ざされていた扉が開かれました。そして中から娘が現れました。 

 生まれて初めて見るような美しい娘でした。娘と王子は手を取りあって小屋の中に入っていきました。




 その夜、お城の自分の部屋で王子は真理の小鳥に言いました。

「好きな娘が出来たんだ。僕はその娘と結婚したい」

 小鳥は答えました。

「いけません。王子様にふさわしい、結婚しなければいけない相手は強い国のお姫様だけです。そうしなければこの国は不幸になりますよ」

「なぜ」

「なぜなら隣の強い国の王様がいつもこの国を狙っていて、お姫様と結婚しなければ強引に自分の物にするつもりでいるからです」

「お姫様と結婚したらどうなるの」

「隣の国の王様が、国民が平和で幸福になるように努めてくださいます」

「僕は幸福になるの」

「なりますとも。美しいお姫様と一緒に。国民に感謝されて」

 王子は身支度を整えると夜中の間にお城を出て行くことに決めました。森の娘を迎えにいくのです。

 真理の小鳥を抱きしめて窓からするするとお城を抜け出しました。

 その間中小鳥は王子に「隣の国のお姫様と結婚なさい、あの娘と結婚したら不幸になりますよ」と言い続けました。町を抜けても言い続けました。野原を駆けているときも。

 森の入り口で、とうとう王子は真理の小鳥を放り投げて言いました。

「僕はちっとも幸せでない。おまえの真理は決して僕の真理でない。僕の真理はこの森の奥にあるんだ」

 小鳥は野原の草の上に転がったまま、それでもなお言い続けました。

「王子様を幸せにするのはお姫様です。森の娘を愛しても王子様は幸せにはなりません。この国の幸福のために強い国のお姫様と結婚したほうがいいのです」

 そして、王子は振り返りもせずに森の奥の娘の元へ急ぎました。

 王子は娘に結婚してほしいと願いました。娘は王子を愛していたので二人で城に戻り、すぐに結婚式を挙げました。




 野原に打ち捨てられたからくり仕掛けの金色の小鳥はしばらくカタカタと動いていましたが、月夜の光に照らされてすっかりその姿を変えていきました。

 そこには金色の上等な絹のドレスを着た美しいお姫様が立っていました。月の光がお姫さまにかけられた呪いをほんの一時だけ解かしてしまったようでした。

 お姫様はその愛らしい瞳に大粒の涙を浮かべています。

 お姫様は幼い頃、上の姉と一緒に魔女に攫われて、魔女の呪いで真理しか話せない小鳥にされていたのです。

 自分の生まれ故郷の強い国は、お姫様が小さいときに力の強い魔女を怒らせてしまったことがありました。怒った魔女は強い国のお姫様を二人とも攫い、父君である王にも恐ろしい呪いをかけました。

 姉のお姫様が真実の愛を見つけたときは小さな国に戦争を。妹のお姫様が真実の愛を見つけたときは森に火をかけるように。

 魔女はお姫さまに言いました。

「将来、隣の国の王子と結婚できたら、お前をふるさとの強い国に戻してあげるよ。もし王子がお前の姉さんを選んだら、お前は一生真実の愛も得られず、真理しか話せないつまらない小鳥として暮らすことになるんだよ」

 お姫様は最初のうちは自分のお城に帰りたくて仕方ありませんでした。しかし、王子と月日を共にするうちに、ふるさとに帰りたい気持ちよりも王子が好きだという気持ちがまさってきたのです。しかし、お姫様は自分の気持ちを王子に伝えることができなかったのでした。

 愛を語りたくても真理の小鳥が話せる言葉はつまらない真理だけ。王子に何度も大好きだと告げても、その言葉は捻じ曲げられて王子に伝えられるのでした。




 まもなく戦争が起こって姉のお姫様はその戦いに巻き込まれてしまうでしょう。きっと最後の最後まで父君である王は自分の娘に気付くことなく、この小さな国を焼き払ってしまうことでしょう。

 妹のお姫様は泣きながら、あてどなく歩き去りました。

 まもなく隣の強国が大軍を引き連れて国境にやってきました。

 王子は最愛の后にきっと勝って帰るからと言い、自分の国の軍隊を率いて国境へと向かいました。

 そして長い戦争が始まり、小さな国は荒れ果て、いつしか滅んでしまいました。

 小さな国の宝物の真理の小鳥も、今となってはどこにあるのかもわかりません。

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