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なんとなく文学的な

旅行帰りの感想のようなもの

作者: 録宮あまね

 最近とても疲れている。誰だって疲れているのかもしれないけど、精神的にどうしても元気になれない。友人や彼氏の励ましなんてさっぱりだし、甘いものを食べて、せめて心を落ち着かせようとチョコレートパンやチョココロネなんかを無理して食べてはみるものの、ちっとも心落ち着かない。

 仕事が合わないのかもしれない。ものすごくストレスを感じるもの。でも、生活のことがあるから(一人暮らしということもある)辞めるわけにはいかない。私にだって意地ってものがあるし。

 安直だけど、私がもう一人居たらいいなあなんて思う。仕事は交代で行けばいいし、何より私同士考え方も同じなわけだから、気持ちを分かり合えるはず。二人仲良く協力し合って生きていこう。

 一人うんうんと頷いて、それはとてもいい考えだなあと思ったけれど、食費は二倍になるから、今の仕事だけで生活していけるかどうか不安になった。生活をもう少し切り詰めればやっていけないこともない。何だか色々考えているうちに、ほんのちょっとだけど前向きになれたような気がする。想像するって大事なことでしょう?


 私の願いって案外強かったんだ‥‥。ボーっとする頭で、まずそれが始めに思ったこと。

 起きたら、横に私が居た。私は起きたのに、もう一人の私はすやすやと気持ち良さそうに眠っている。寝ている間に、勝手に分裂(?)したらしい。

 私ってこんな寝方をしているのか、と冷静に思ったけど、意識がはっきりしたら、心臓はびっくりするほどドキドキしてきた。

 いいものではなかった。

 どちらかと言えば、気持ち悪かった。でも、私が願ったのだし、実際横に居るのだから仕方が無い。とりあえず、もう一人の私を揺らして、起こしてみた。

「‥‥‥」

 もう一人の私は何か言葉を発することも無く、ただ静かに驚いていた。記憶はあるかと尋ねると「勿論」と答える。

「今、何を考えているの?」

 私は更に聞いた。

「‥‥‥申し訳ないけど、案外気持ちの悪いものだなって」

 彼女は言った。やっぱり、私だった。

 どちらから先に仕事に行くか公平にあみだくじで決めて、私からになった。二人揃って朝食を食べる。

「あのさー、不思議だね。とってもおかしな感じ」

 パンを齧りながら、彼女が言った。

 私はオレンジジュースを一口飲んで、頷く。

「‥‥‥呼び方なんだけど、このままじゃお互いあのさーとかそのとかちょっととかになってしまうでしょ?なんて呼ぶか決めたほうがよくない?」

「そうだね。私も全く同じこと思った」

 それはそうでしょ、同じ人間なんだから考え方だって全く一緒でしょうよ、と思い、ちょっとイラッときたけど、口に出さずに我慢する。そんなこと言ったら早々に喧嘩になってしまいそうだ。

 細かいことを気にしたら、いつでも喧嘩出来そうな感じがして、少し恐くなる。もっと寛容にならなくてはいけない。

「小川麻衣A・Bでいいかな。私はBで構わないし」

 私は努めて穏やかに言った。

「私だってBで構わないよ」

 彼女がすぐにそう答える。

「いいよ。私がBで」

「そんな、いいよ。私のほうが遅く起きたし、Bっぽいと思う」

「私だってAって感じじゃないよ。全然Bで構わないのに‥‥‥」

 無言になってしまった。遠慮しあっているうちに今度こそ、喧嘩になりそうだ。

「じゃあさ、A・Bじゃなくて好きなアルファベットにしない?」

 彼女が言った。私も同じ考えが浮かんでいたけど「同じことを考えてた」とは言わず、ただにっこりと笑って「それはいいね」と言った。

 最終的に彼女がR、私がJということになった。


 仕事から帰ると、アールは朝と同じパジャマ姿のままでテレビの前に居た。

「お帰り。お疲れ様」

 アールは言った。だらしの無いその格好が嫌だったけど、私だって明日は同じ状態で彼女を迎えるだろう。

「ご飯作っておいたよ」

 アールは私を見ながら言った。

「ありがとう。私もお土産買ってきたよ。モンブラン、大好きでしょう?」

 私がわざとそう言うと、アールはふふっと可愛く笑った。自分を可愛いと思うなんてナルシストっぽくて嫌だけど。

「何、作ったの?」

 予測は出来たけど、聞いてみる。冷蔵庫、冷凍庫の中には色々な食材が入っていたはずだ。いつも安いときにまとめ買いをしておく。

 決して上手いわけではないけれど、私は意外と料理をするのが好きだ。気分転換にもなるし。

「八宝菜と中華スープ。料理本見ながら作ったから、多分不味くは無いと思う」

 八宝菜ね‥‥予想通りだった。けれど、味の方は予想外だった。思っていたよりずっと美味しく出来ていた。私が作ったらこんなに美味しかっただろうか。

「すっごく美味しいよ」

 私は正直に言った。

「自分でもびっくりしてる」

 アールは人参を抓みながら、驚いた顔で言った。


「モンブランのこの不自然なくらいの黄色がたまらないよね」

 アールはうっとりとした顔で呟く。

「そうだね。茶色の自然な色のモンブランもあるけど、やっぱりこの鮮やかな黄色に勝るものはないよね」

 私もうっとりとしながら答える。

 ケーキを全部食べ終えて、アールは「今日の仕事はどうだった」と聞いた。明日は彼女が仕事に行くのだし、私は思い出したくなかったけど、仕事の進行状況や人間関係の変化などを簡単に伝えることにした。


 しばらくそんな交代で仕事に向かう日々が続いて、十日ぶりに彼から連絡が入った。

 一応私にもお付き合いしている人が居る。もう付き合って三年になる。私にしては長い付き合いだ。彼を好きかと言われれば好きだけど、付き合い当初と比べればもう情熱はかなり薄れてしまったように思う。別れて欲しいと真剣に頼まれたら、きっと引きとめもしないで私は従うだろう。勿論アールだって同じに決まっている。

 電話の圭吾の声は、妙に明るかったらしい(らしいというのは、電話に出たのはアールの方だから)。

 この異常な事態を圭吾に言うのが普通なのかもしれないけど、言ったからどうということもないし、冷たいようだけど今のところ秘密にしておこうということでアールと私の話は纏まっていた。

 圭吾に食事に誘われたので、また例のごとくあみだくじで決めることにする。今回はアールが行くことに決まった。次のデートは必然的に私ということになる。こちらも交代だ。

 私は深く考えていなかった。だって、アールも私も全く同じ人間だと思っていたから。実際全く同じだ。でも、自分自身に嫉妬するってことだってあるのだ、人ってヤツは。


 圭吾との食事から帰ったアールは、妙に明るかった。アールは自分なのに、その日のアールはとても自分とは思えず、彼女だけが可愛く見えて、それがショックで何処へ行ったとか何があったとか聞く気にもなれなかった。

 逆に私が圭吾とデートした日は、アールが不機嫌そうな顔で私を見ていることが多くなった。

 仕事だって、不思議と自分が行く日だけが辛いように思えてならない。

 私たちの会話は、次第にだんだんと減っていった。

 オリジナルはどっちなのだろう?

 最近はそんなことまで考え出す始末だった。本当にアールと私が二分の一ずつならいいけど、もし私のほうが彼女のコピーなのだとしたらそれはあまりにも悲しすぎる。そんなことを考えたら恐くて仕方なくて、眠れない日があったり無かったり。とにかく、このままでは駄目になってしまう。

 ある日私は言った。

「アール、圭吾に話そう」

「ジェイ、圭吾に話そう」

 同時だった。

 久しぶりに二人で笑い合った後、圭吾の家に向かった。


「麻衣ちゃん、双子だったっけ?」

 圭吾は、お決まりのボケをかました。双子だってこんなに似ていない。

 事情を説明すると、圭吾は驚きもせずに妙に納得して言った。

「ちょっと、おかしいと思ってたんだよね。だって、最近前に会って話したことを忘れてることが多かったじゃない。記憶障害とかじゃないかって心配してたんだよ。良かった」

 ちっとも良くはない。

「圭吾は、三人で付き合っていけると思うの?」

 私は言った。

「だって、どっちも全く同じ麻衣ちゃんじゃない。まさか、どっちか選べとか言うんじゃないよね?それは無理に決まってるよ」

 そんなことを言うつもりで来たわけではなかった。そんな下らない質問で圭吾を困らせるつもりも毛頭ないし、多分私は心情を理解してもらいたかっただけでここまでやってきたのだ。

「俺も良く考えてみるよ」

 圭吾が急に真剣な顔で言った。私は冷めた目で圭吾を見てしまった。考えたからどうなるというわけでもないのに、一体何を考えるというのだろう。良い解決策があるとは思えない。

 隣を見るとアールも私と同じ、冷たい表情をして圭吾を見ていた。ただ、告白したことで気持ちはすっきりとしたように思う。


 その日は久しぶりにモンブランを買って二人仲良く帰った。


 次の日の夜、仕事が終わり、ソファーで寛いでいると圭吾がやってきた。圭吾ではなく、圭吾たちと言ったほうがいいだろう。玄関前に圭吾が二人立っていた。

「麻衣ちゃん、これで心配ないよ」

と圭吾が言った。もう、この際どちらの圭吾でもいい。

「圭吾、双子だったの?」

 アールが聞いた。ボケではない。私も聞きたかった質問だ。というのも、私たちと違って圭吾たちは全く同じではなかったからだ。同じ人なのに、微妙にどこか違っている。

 とりあえずいつまでも玄関前で話しているわけにもいかないから、圭吾たちを部屋に上げた。

 圭吾たちは部屋に入るなり、興奮気味に交代で捲くし立てる。

「双子じゃないよ。麻衣ちゃんを困らせたくないから、真剣に考えたんだ」

「そしたら、麻衣ちゃんが増えたのなら俺も増えればいいだけだって気付いて、鏡の前でにらめっこして、とうとうもう一人の俺をこっちに連れてくることに成功したんだよ」

「もう何も心配いらないからね」

「麻衣ちゃんを愛する気持ちは誰にも負けない」

 圭吾たちは誇らしげだった。

「つまり、もう一人の圭吾は鏡の中の圭吾って訳だよね」

 アールがそう言う。違和感の正体が分かった。二人は左右対称なのだ。印象が違って見えるのも納得する。

「いつもの圭吾」

 私は、一人の圭吾を指差す。

「鏡の圭吾」

 アールはもう一人の圭吾を指差す。二人の場合、オリジナルが一目瞭然だ。

つまり、

「エー」

 再び、指を差す。いつもの圭吾のことだ。

「ビー」

 鏡の圭吾のこと。

「えっと、麻衣ちゃんたちはアールとジェイで呼び分けてるんだっけ?」

 圭吾Bが言った。

 私たちは同時に頷く。

 どっちがどっちか確認されたが、服を変えてしまえば明日には分からなくなるだろう。

「どういう組み合わせで、付き合おうか?それとも特に組み合わせを決めずにランダムで付き合う?」

 圭吾Aが私たちを交互に見ながら聞いた。

「私はビーとは付き合いたくない。何か圭吾と違う」

 アールがはっきりとそう言った。

「そうだね。圭吾は左目がほんの少し右目より小さいのに、ビーは右目の方が小さいもんね。髪形だって右分けが左分けになってるし」

「そんな細かいこと言わないでよ。髪型だったらすぐ直せるし‥‥‥」

 ビーは慌てて髪を直す。

「ほくろの位置は直せないよ。ずっと付き合っていくなら、いつもの圭吾でなきゃ落ち着かない」

 私は言う。

「我儘言わないでよ。中身は同じ俺なんだよ?」

 エーが困ったように言った。

 ビーは何も言わなかったが良く見ると、半べそをかいていた。可哀想だとは思ったけど、妥協できなかった。つまり、それはアールだって妥協できないということだ。


 結局、平行線のまま、圭吾たちは困った顔で帰っていった。


「ごめんね‥‥‥。でも、きっと同じこと思ってるよね」

 アールが言った。

「うん。ごめんね。私もそう思ってるよ」

 私は答える。

 限界が来たのだ。結局のところ、やっぱり同じ人間は二人も要らないってこと。

「どうしたら、元に戻れるんだろうね。どっちかが消えるんじゃなくて、二人一つになりたいよね」

 私は言った後、考え込む。

「最初の状態になってみよう。一緒の布団で寝る」

 実は私は誰かと一緒に寝るのが好きではなかったから、分裂(?)した次の日から、お客様用の布団を出して別々に寝ていた。

「これだけじゃ元には戻らなさそうだよね。重なってみよう」

 仰向けの上に仰向けで重なる。

「重いよ」

 下になっているアールが、本当に苦しそうにそう言った。

「駄目そうだね‥‥‥」

「疲れたね」

「もう、寝ようか」

「寝よう」

 気休めに(?)手を繋いでみようということになって、しっかりと手を繋いだまま私たちは眠りについた。



 朝になったら、横には誰も居なくなっていた。繋いだ手の温もりが残っているのに。私はアールとジェイとどちらの記憶も持っていて、勝手なものでアール(もしくはジェイ)が居ないことを少し淋しく思った。


 圭吾たちがどうなったのかと言えば、私が一人に戻ったと知って、なんとかビーを鏡の中に戻したらしい。方法としては、ビーを鏡に当ててぐいぐいと無理やり押し込むというかなり強引なやりかただったみたいだけど、彼が本来居るべきところへ。それでいいのだと思う。

 ビーには本当に悪いことをしてしまったと思う。


 明日の仕事のことを考えると憂鬱だったし、明るい気持ちには決してなれなかった。

 けど、私は旅行から帰ってきた人達がよく言う「やっぱり自分の家が一番落ち着くね」というような感覚で「普通が一番落ち着くね」と小さな声で呟いて、あの異常なまでに黄色いモンブランをゆっくりと口に運んだ。


お読みいただき、ありがとうございました。

当時、馬鹿馬鹿しい話を目指したのですが、もったり(?)とした感じになってしまいました。

笑えはしないのかもしれません。

感想などいただけましたら、うれしいです。



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