サンタクロースを探して/蛇山夏子
みどりむし書房の蛇山夏子が、華音さん作品に登場したキャラクターと春子ちゃんでコラボレーションしました。
【華音】
「魔法使いが来た街」:http://ncode.syosetu.com/n8484bl/
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【蛇山夏子】
『春子と不思議な物語』シリーズ
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春子は公園で対峙していた。
からっ風の吹く公園は、寒さに人も寄りつかず、茶色い落葉が乾いた音を立てて、地面に散ったり寄り集まったりしているばかり。
春子の右腕のあたりには、ファー付のピンクのコートを着たルミカちゃんがぽかんとしてくっついている。赤いコートを着た春子は、警戒を怠らず、じっと目の前を見つめている。ルミカちゃんをおかしなことに巻き込んではいけないと気合を入れている。
そして、公園にはもう一人の影があった。
白いシルクハット。白い燕尾服の裾ははたはたと靡く。
白いステッキが、キラリと光った。
何やら緊張感を漲らせている少女と、「あら、素敵ね」と暢気にコメントする少女の二人組を前にして、そのすらりとした長身の若き男性は、いかにもジェントルマンというように柔和に微笑みかけた。
「こんにちは、お嬢さんがた。僕は魔法使いです」
そう言って、彼がシルクハットを脱いで、真っ白な鳩を中から取り出してみせたので、春子はぎょっとしてのけぞった。
春子は「脱妖怪」の孫という、異色の出自を持つ。
そのためか、変なものや、不思議な現象によく遭遇する体質だったりする。
果たして、彼は如何に。
春子は目の前の人物を計りかね、同時に何故こんなことになったのかと思案を巡らした。
事の発端はルミカちゃんとの議論であった。
遠野家に遊びに来たルミカちゃんは、春子と一緒にクリスマスツリーを飾りつけながら、サンタクロースの実在否定論を語った。
曰く、毎年母がそれとなく欲しいものを尋ね、クリスマス当日は父がサンタクロースの赤い衣装を着て白い口髭をつけて現れ、「欲しいもの」どんぴしゃりの品をルミカちゃんにくれる。
そして、どう見てもバレバレなのに、ルミカちゃんが「お父さん?」と訊ねると、必死に身振り手振りで否定してくる。
「だから、毎年、知らないフリしてあげるの。一年生の時からよ。もうやんなっちゃう」
ふわふわの茶色っぽい髪に、シュガーピンクの頬。乙女チックなルミカちゃんは眉の形をハの字にして、溜め息をつく。
ルミカちゃんがサンタクロースを信じていないとは、意外だ。春子はふむふむと頷いた。
「うち、そういうの、やんない」
「そうなの?」
「うん。お父さんは何かしようって言うみたい。でもお母さんがバカバカしいって言って、毎年三千円以内の好きなものを言いなさいって」
「あら、現実的なのね」
「う、うん」
言うことは現実的、だが、去年買ってもらった色鉛筆セットが箱を開ける度に違う配色になっているから母のプレゼントに疑問がある、と思っていることは言えない。
「だけど、クリスマスって、やっぱり何かある気がする」
ボールの飾りをクリスマスツリーの枝先に吊るしながら、春子は言う。
遠野家のクリスマスツリーは一メートルほどのもので、さほど大きくはない。電飾はないので、ごく控え目にオーナメントを毎年飾っている。
クリスマスは人間の行事で、毎年の習慣であるはずだから、特別な気がするのは、人間の気分によるものかも知れない。それでも、春子はそれ以外の特別さをなんとなく感じ取っている。
クリスマスツリーの天辺に、金色の羽を持った天使を乗せる。ただの人形のはず。しかし、春子はその可愛らしい人形の顔をしげしげと眺めた。
ルミカちゃんは怪訝そうに尋ねた。
「それじゃ、春子ちゃんはサンタさんを信じているの?」
「む、信じているというか、いるかも知れない」
「えー。あんなの嘘だよ。お父さんとお母さんの作りものだよ。春子ちゃんちはやらないからそう思うんだよ」
「む、それもそうかも知れないけれど」
すっかりクリスマスツリーを飾り終えた。春子は余ったオーナメントをお菓子の空き缶箱に片付け始めた。
ルミカちゃんは林檎のオーナメントを一つ、箱に入れる。
「だいたい、トナカイが空を走るわけないよ」
「うん、確かに」
春子は小さなプレゼント箱のオーナメントを箱に入れる。
「世界中の子供って何人いるの。クリスマスだけでプレゼントを配り切れるわけがないよ」
ルミカちゃんは木細工の子供の合奏隊を仕舞う。
「うん、確かに」
春子は小さい靴下の飾りを仕舞う。
「日本にサンタさんが入ってこれるような煙突だってないじゃん」
「うん、確かに」
星のオーナメントを春子が仕舞おうとすると、ルミカちゃんが頬をぷくっと膨らまして、春子に抗議した。
「春子ちゃん、さっきから『確かに』ってばっかり。春子ちゃんは信じているんじゃないの、サンタさん」
「む、あのね、ルミカちゃんの言うことも、たしかにそうだと思う」
「えー」
「だけど、わたしたちって知らないことがたくさんあると思う」
「えー」
「見えてるものだけが全部じゃない、と思う」
「・・・ふむ」
「だから、サンタクロースもいるかも知れない」
「えー、それは言いすぎだよー」
む、と春子は言葉に詰まった。春子としては、筋の通った言い分なのだが。
ぷくぷくという笑い声が聞こえてきた。縁側の窓際で、今まで気配を消していた、祖父である。
丸い背に草色のカーディガン。しわくちゃの顔にちょこっと尖った耳。
ルミカちゃんが遊びに来ているときは出来る限り身を潜めているが、穏やかさと只者ではない異様さを滲ませて、この時はおもしろげに茶々を入れた。
「苦労しておるのう、春子」
「む」
「おじいさん、いつもそのカーディガンね。何着持っているの?」
「十着ほど。こう見えても、それぞれデザインが違うてのう」
十着もあるのか。デザイン違いの同じようなカーディガンを着まわしていることは知っていたが、具体的な数字を春子も初めて知った。
「春子、友人にも分かり易う、説明の仕方があるものよ」
春子は暫く考えて、ルミカちゃんに語りかけた。
「サンタクロースの格好している人って、皆、同じ格好してる」
「そうね。当たり前じゃない」
「ずーっと昔から、きっとあの赤い格好って決まっているんだと思う」
「ええ、そうね」
「それってきっと、誰か一人が始めたのを、皆が真似したからじゃないかな」
ルミカちゃんは目を瞬かせた。
「その、一番最初に始めたのがサンタクロースってこと?」
「・・・かも知れない」
ルミカちゃんはなるほど、と真剣に頷いて、何やら考え込むポーズをとった。窓際からはぷくぷく笑いが聞こえてきた。どうやら、春子の言い分は通ったらしい。
一番伝えたいことは、目に見えているものだけが全てじゃないってことなんだけどな。
もやもやした思いをしつつ、春子がクリスマス飾りを収めた缶箱の蓋をかぽりと被せると、急にルミカちゃんが顔を上げて、決意を秘めた笑みを浮かべて春子に言った。
「春子ちゃん、サンタさんを探しに行こう」
何故そうなった。
ルミカちゃん曰く。
最初にサンタクロースを始めた人は、相当昔の事だろうから、既に亡くなっているに違いない。だが、これほど世界中に広まっているのだから、サンタクロースを代々受け継いでいる人がいるのではないか。
町中に扮装サンタクロースがいる。彼らに誰の真似をしているか聞いていけば、いずれは本物の第○代サンタクロースに辿り着くのではないか。
なるほどと頷ける論考ではあるが、実際に外に出て商店街のそこかしこにいる扮装サンタクロースに聞いて回るのには春子も閉口した。ルミカちゃんの行動力には頭が下がるばかりである。
クリスマスシーズンのこの頃、扮装サンタクロースは至る所にいるが、きちんとトータルコーディネートしておじいさんサンタクロースを演じる人は少ない。赤いサンタ服のみを着用した若い男女ばかりである。ミニスカートサンタクロースだっている。そういった人たちはアルバイトで季節の格好をしているだけだと春子にだって分かる。彼らがルミカちゃん(と春子)の求める答えを持っているのか疑問である。
ケーキ屋さんや、ドラッグストア、スーパーなどで働いている俄かサンタクロースに、ルミカちゃんは春子の手を引いて回りながら、尋ね歩いた。
「その格好は誰の真似をしたんですか?本物のサンタクロースを知りませんか?」
扮装サンタクロースは皆、きょとんとしてピンクのコートと赤いコートの小学生二人組を見下ろした。
ケーキの路上販売をしていたミニスカートサンタと、トナカイのお兄さんは、揃って首を傾げた。
「誰の真似って、こともないな。サンタクロースってこういう格好って、気付いたら知っていたから。本物のサンタクロースも、うーん、ごめんね、知らないや。姫宮も知らないよねぇ・・・姫宮?ひめみや、ひーめーみーや!!嘘でしょ?!バイト中に寝るなぁ!!」
突然寝てしまったトナカイのお兄さんをミニスカートサンタのお姉さんがぶんぶん揺らし始めて、春子とルミカちゃんはお姉さん大変そうだなぁと思いながら眺め、礼を言ってその場を離れた。
ドラッグストアで赤いサンタ帽を被った店員のお姉さんは、うーんと考え込んだ。
「皆、こういう格好をしているから、サンタといえばこれって感じで赤い衣装着るんじゃないかな。本物はよく分からないけど、西洋人のおじいさんがサンタクロースの格好していると、本物に見えるよ。ニューヨークなんて、お祭り騒ぎで、リアルっぽいサンタクロースもたくさんいるし、格好だけしている人もたくさんいるよ」
「お姉さん、ニューヨーク行ったことあるんですか」
お姉さんはにっこりして頷いた。
「あるよ。向こうは大きなクリスマスツリーもあって、すごいよ。今年も行く予定なんだ。大事な友達に会いに」
ほおー、と、春子とルミカちゃんは声を揃えて感心し、海の向こうの煌めく街並みを夢想した。
スーパーで鶏肉を焼いて実演販売をしていた男女のサンタクロース二人は、顔を見合わせた。
「誰の真似をしたわけでもないけどさ、何でかね岸田」
「謎の組織が絡んでいて、世界中の人々を洗脳しようとしているんじゃないか」
「は?!」
春子は男のサンタの方を注視した。彼は何故か、赤いサンタ服なのに関わらず、黒いサングラスをしている。
怪しい。謎の組織とか言うあたりも、怪しい。
彼は小学生の少女の視線など一向気にも留めず、飄々と言った。
「それか、企業の商業的な戦略。サンタのイメージを大衆に擦り込んでサンタ服の販売を」
「よく分からないから春子ちゃん行きましょう」
ルミカちゃんがそう切り上げ、共に退散する背後で「岸田おまえお姉さんにクリスマスプレゼント買いたかったら黙って肉焼いてろ」という冷ややかな声が聞こえてきた。
なかなか求める答えが得られないので、しまいにはスーパーの雑貨売り場でこれからサンタ服を買おうとする高校生男女二人組にまでルミカちゃんは尋ねた。どう考えても本物のサンタクロースを知ってそうには見えない。
二人組は一瞬止まり、女子高生の方は徐々に真剣な顔つきになっていった。
「君、なかなか面白い論題を提供してくれたね」
「・・・また始まったか」
「誰の真似っていったら、私の場合は小さい頃にお父さんがサンタ役をしていたから、そのイメージかも知れない。が、お父さんもそのイメージをどこかで知ったに違いない。となると、サンタクロースのプロトタイプがあって、それが世界中に広まっている、ということだよね」
「テレビの影響じゃねぇの?」
「テレビもありそうだね。だけどそれだけじゃ説明し切れない。世界中の人たちにサンタクロースおじさんのこの格好が共通認識としてあるって、すごいことだよね。一体誰が何の目的のために、どういう経緯で伝えたんだろう」
「知らん」
「梨島、少しは考察に協力しようという気持ちはないの」
「サンタは赤い服着たじいさんだろ。そういうものだって。新山みたいに考えていたらキリがない」
生真面目そうな女子高生がむっとした顔をする。呆れたように男子高生は受け流す。それでも、男子高生の顔は少し笑っている。ぶっきらぼうな受け答えをしているが、面白がっているようだ。
男子高生は色白で可愛らしい顔立ちをしている。春子はどこかで見たようなその顔を眺めながら、クールなところがうちのお兄ちゃんみたい、と思い、はっとして隣のルミカちゃんを見た。
案の定、ぽーっと顔を赤らめて、男子高生を見上げている。
その彼は、ふと思い出したように言った。
「そういえば、俺、サンタ見たよ」
「どうした梨島」
「いや、本当。公園で脱出マジックみたいなことしていた」
脱出マジックって何だろう。
春子が首を傾げていると、ルミカちゃんが目を輝かして身を乗り出した。
「それ、どこの公園ですか?」
「市民ホール裏にある公園だよ」
「きゃっ。やっぱりサンタさんっていたのね。春子ちゃん、行きましょう!!」
「む?!」
どういうこと?!
説明求むと春子は懸命にルミカちゃんに目線で訴えたが、既にルミカちゃんはスーパーの入り口方面へ春子を引っ張ってまっしぐらだった。
背後から女子高生の慌てた声が飛んできた。
「変な人だといけないから、あんまり近づきすぎちゃいけないよー!!」
春子は辛うじて、目を丸くして見送る高校生二人に手を振った。
さて、三度目。
ルミカちゃん曰く。
昨今の住宅には煙突がついていない。ゆえにサンタクロースは日々、煙突のついていない住宅の脱出法を研究せねばならない。
しからば、公園で脱出みたいなことをしているサンタクロースがいたとしたら、それは脱出の練習をしている本物のサンタクロースのはずである。
なるほどと思いつつも、春子は戸惑った。家にいるときはサンタクロース否定派だったのに、ルミカちゃんは随分一生懸命サンタクロースを追いかけている。どうしてだろう。
不可解に思いながら、春子はルミカちゃんと並んで公園に急いだ。
して、冒頭の白いシルクハットに燕尾服の男性に辿り着いたのである。
それだけでは語弊がある。付け加えれば、春子とルミカちゃんが、公園に到着した直後、こんなことがあった。
冬の寒空の下、閑散とした公園には、茶色い落葉が地面をざわざわと駆けていくばかりであった。
が、その色の乏しい風景の中に、赤色のあのサンタクロース姿が、佇んでいたのである。
赤色の人影を発見して歓声を上げたルミカちゃんはもとより、春子もその後ろ姿を見てまさかと思った。こんな奇跡のような不思議が、有り得るのかと。
ところが、そのサンタクロースは奇妙なことに、自分の側に置いてある巨大な白いプレゼント袋を引き寄せると、俄かにその中に入り始めたのだ。
近くまで行きかけた少女二人は、これにはどういうことだか理解しかねて立ち止まった。
しげしげと眺めていると、その袋の中にすっかり入り込んだサンタクロースは中から袋の口を締め、少しの間その中でうごうごと身じろぎし―――
ザッ、と袋を突き破って出て来たと思ったら、白いシルクハットと燕尾服姿で現れたのである。
そして、彼は二人の観客を見つけると、躊躇なくこう自己紹介したのである。
「こんにちは、お嬢さんがた。僕は魔法使いです」
と。
シルクハットから飛び立った白い鳩が、羽ばたいて彼の肩に止まった。
ルミカちゃんは優雅な彼の姿に「素敵」とぽっと顔赤らめたが、春子は彼が何なのか分からず、混乱していた。
因果関係がよく分からない、サンタクロースだったのに魔法使いになった。彼が何か特殊なものに見えるかといえば、春子にはそう見えない。
魔法使いってシルクハットに燕尾服なのだろうか。春子は知らない。
白い鳩がシルクハットから飛び出してきた。意味が分からない。
春子の頭上は疑問符でいっぱいだったが、兎に角、頭の中ではいざとなったらルミカちゃんを連れて公園から逃げるシュミレートをフル回転で繰り返していた。
春子は気障で変人な美男子の不可思議現象に引っ張り込まれたことがある。
何やら警戒の目線を向けてくる少女と、うっとりこちらに見惚れる少女を交互に観察して、青年は微苦笑し、さっとステッキを振った。
「折角なので、魔法をご覧に入れましょうか」
ステッキの頭を撫で、するするとハンカチを取り出す。赤白交互に繋いだそれらは数珠繋ぎとなって次々に現れる。その長い連なりをひらひらと宙に踊らせて見せて、シルクハットを脱ぐと彼はその中にハンカチを詰めた。
3(スリー)、2(ツー)、1(ワン)・・・と、彼は指をパチンと鳴らしてみせた。
シルクハット満杯に、赤い薔薇と白い薔薇が咲いた。
わあ、と思わず二人は歓声を上げて、拍手をした。
春子も結局ときめいた。
彼はにこりと微笑むと、花束を二人に差し出して渡し、恭しくお辞儀をしてみせた。
春子は赤い薔薇の花束に浮き立ちつつ、冷静な頭で考えていた。不思議なことをしてみせているが、どうやら人を混乱させる類のものではないらしい。『披露』というような感じだ。
意外と冷静だったのはルミカちゃんも同じらしい。「ありがとう」と白い薔薇の花束を手にして、彼に尋ねたのだ。
「ねぇ、お兄さん、マジシャンなのね」
彼はにこりとして頷いた。
「その通り。魔法使い(マジシャン)の星瀬織といいます」
春子はははあ、と納得した。そういえば、近々市民ホールでマジックショーがあると聞いた気がする。そのマジシャンではないか。
「先程の変身マジックはどうでしたか」
「すごかったわ。どうやってサンタクロースから白い服になっちゃったのか、全然分からなかった」
「ありがとうございます。嬉しいです」
本当に嬉しそうにすると、急に青年は幼く見えた。先程遭遇した高校生と、さほど年齢が変わらないのかも知れない。
春子は「あの」と声をかけた。
「どうしてサンタクロースになろうと思ったんですか」
彼はきょとんとしてから、暫く考えて、答えた。
「大事な人に、素敵な魔法を届けたかったからです」
素敵な魔法。
春子とルミカちゃんは顔を見合わせた。
「実は、サンタクロースを探して、ここまで来たんです。お兄さんはサンタクロースを知りませんか」
「サンタクロースを?」
「ええっと、皆、サンタさんは赤い衣装って知っています。きっと誰かが最初にそうしたのを、真似したからです」
「サンタクロースを代々受け継いで、誰かがそんな格好を教えていったんだと思います」
「お兄さんは、誰からサンタクロースを教えてもらいましたか?本物のサンタクロースを、知っていますか?」
ふむふむ、と聞いていた魔法使いは、懐からトランプを取り出して、ものすごい手さばきで五十四枚のカードを切り始めた。
思わず手元に気を取られていると、彼は話し始めた。
「例えば、最初のサンタクロースさんがいたとします」
それはダイヤのキングのカードだった。
「彼は自分の大事な人、二人にプレゼントを配って、二人に自分の赤い衣装を教えました」
キングでカードの山をさっとすくうと、数字のカードが二枚跳び上がって、表返して二人の前に示された。
表返したカードを山の中に返し、再び切る。
「次に二人は、また自分の大事な人、二人ずつにプレゼントを配って、自分の赤い衣装と習慣を教えました。これで七人」
七枚のカードを選んで表返すと、同じカード三枚と新たに加わった別のカード四枚が示された。
「今度はこの四人がそれぞれ二人にプレゼントを渡して、自分の格好と、習慣を教えたとします」
またトランプの山から、先程と同じカードと、新たなカード八枚が出された。
「これを繰り返していき・・・・」
彼はざっと、両手で器用に押さえて、すべてのトランプを表返して広げてみせた。
ダイヤのキングを筆頭に、まるで、脈々と繋がる人の営みのように、それは百枚にも、千枚にも見えた。
「やがて、すべての人が知るようになったのです」
ほぅー、と二人声を揃えて、感心する。
彼はにこりとして、ざっとトランプを手のひらにまとめて収めた。
「誰が始めたか分からなくても、全員が受け継いでいけば、皆が知る〝サンタクロース〟は存在するようになります。つまり、この世のサンタクロースは、皆、サンタクロースの後継者なのです」
彼が次に手の中から取り出したのは、トランプではなく、サンタクロースの白い作りものの髭だった。悪戯っぽく笑いかけると、彼は春子に白い髭をつけてあげ、赤いコートのフードをすっぽりと被せた。
「春子ちゃん、サンタクロースだ」
ルミカちゃんが顔を明るくして言った。
大事な人に、素敵な魔法を届けたい。
そんなサンタクロースは、皆、本物のサンタクロースの後継者。
サンタクロースは、皆が使える、一番簡単な魔法なのかも知れない。
クリスマスはきっと、そんな素敵な魔法が世界中で一斉に行われる日なのだ。
ルミカちゃんは満足げに言った。
「なんだ、うちのお父さんも、ちゃんとサンタクロースだったのね」
「む」
特別な日の魔法はきっと、人以外のものにとっても。
クリスマスツリーの天辺に飾られた、金の羽の天使も、毎年こちらにウインクするのだから。
すっきりした気持ちで、マジシャンの彼にお礼を言おうと向き直り、春子はふと彼の肩にいる白い鳩と目が合った。
「そのひげ、だいじだからセオリにちゃんと返しなさいね」
わあ。
おそらく、自分だけに聞こえた鳩の高めの声に、春子は顔を引きつらせた。
面白い二人組だった。デコボココンビといったところだろう。
瀬織はベンチに腰かけて、鳩をシルクハットの中に仕込みながら、少し笑いがこみあげてくるのを感じた。
サンタクロースから魔法使いに変身するところを見られるとは思わなかった。成功したときだったし、それを確認できたからむしろよかったかも知れない。それでも、市民ホールで披露するマジックでなかったとはいえ、人目につくところで練習するものではないと瀬織は反省した。
それにしても、自分はサンタクロースをいつまで信じていただろう。気付いたときには、自分がサンタクロースになってステージに登場していた。瀬織にとってプレゼントとは、もらうものではなくて、与えるものだった。
サンタクロースは皆、サンタクロースの後継者、だなんて、よくその場で思い付いたものだ。しかし、案外それは自分の役割にも当てはまる気がして、しっくりくる。実はずっと、自分はそういうつもりで、マジックをしてきたのではないだろうか。少なくとも、自分は人に何か素敵なものを届けられるような、サンタクロースのようなものでありたい。
素敵な思い付きをもらった気分になって、最初は大きな目に思いっきり警戒心を滲ませていた少女と、終始マイペースにぼうっとしていた少女を思い出して、愉快な気持ちになった。面白い、魔法じみた出会いがあって、幸先いいかも知れない。今度の公演も、クリスマスも。あげたつもりの白い髭をなんともいえない表情で黙って返されたのはよく分からなかったが。
白い髭を広げて、微笑んだ。
まあいいや、クリスマスはこれでばっちり、サンタクロースになれる。
そろそろ暗くなってきたから帰ろう、と腰を上げた。
公園で練習していたマジックは、市民ホールで披露する予定のマジックとはまた違うものだ。
瀬織は暮れた空に一番星が光るのを見つけ、知らず心が浮き立った。
クリスマスに、堀田さんが東京に遊びに来てくれるのだ。
2012年12月25日 執筆者:蛇山夏子
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これらの作品は、すべて「Girl Meets Boy」(http://ameblo.jp/midorimushi-show-bow/entry-11191617448.html)という紙媒体に収録され、文学フリマにて販売されております。
(蛇山夏子より)
どうやら私は二次創作には向いていないようで、「コラボレーション」といった体になりました。
大好きな華音さん作品を描けてうれしい限りです。楽しんで頂けたら、嬉しく思います。
そして、素敵なお話を華音さん、ありがとうございました。実君イケメンです。