紫苑編 第一話 忍び寄る病
PM1:30
「はぁ~…めんどいな~」
まぁ、奏と遊ぶより全然ましだけど…
あいつと遊ぶととにかく疲れる…
いつもなら付き合ってやってもいいけど今日は久しぶりの休みだし帰って正直早く休みたかった。
「そういや、どこ行きゃいいんだ?」
やば、さっきの子にそこまで聞きゃよかった…
俺たちは春休みの前、一応テストを受け終わったらすぐ収録だったり、溜まった仕事だったりがあったので非常に忙しくて学校は一ヶ月ほど行ってない。
多分その間に入院したのだろう…
「ってかどうすっかなぁ~」
まぁ担任のあいつに聞きゃわかるだろ。
そうと決まりゃさっさと職員室に行こう。
撒いた奏に、また見つかるとまたやっかいだし…
「しつれいしまぁ~す、森崎先生いませんかぁ?いませんね。はいありがとうござ」
パコンッ!!
「痛っぁ!!」
「ほう、目の前に担任の森崎先生がいながら無視か。生意気ヘタれ女顔」
「失礼な、いつもの姿とあまりにかけ離れていたから見逃しただけです。」
やっぱ職員室もやめときゃよかった…
この今、目の前でコーヒー(激甘、ミルクたっぷり)を片手に立つ仕事が出来る美人という印象の女性が我がクラスの担任、森崎遥である。
ちなみに僕はいつも絡まれるので仲がいいとか変な戯言を抜かす奴がいるが別に仲がいいなどということはない。
てか、むしろ天敵の方がお似合い。
時々、他のクラスの人が羨ましがるがそれはこの人の素顔を知らないからだ。
見た目に騙されるとがっかりするほど、生活能力が乏しいし。授業は大体、学年一の秀才の煉に任せっきりだし…
それに口は悪いし、怒ればヤンキーだし…
「お~い、何ぼーっとしてんだ…担任があまりにも美人で惚れたか?別にいいけど本人目の前にして妄想してんじゃねぇぞ気持悪ぃ…一発殴っと」
ガスッ!!
「いっっっっってぇぇえぇ!!」
「あ、やべ。先に手が出ちまった。」
「やべじゃねぇしっ!先に手が出るような人が教師やってんじゃねぇ!!」
「悪ぃ悪ぃ。ノリでやっちまった…で、何の用だ女顔」
「ノリかよ!ってか女顔もノリであって欲しかった!…用は入院してるっていう委員長んとこにプリント届けに行きたいんだけど、病院の場所聞くの忘れたから聞きにきた」
「ま、まさか……余りある若い性欲を持て余して弱った委員長を…きゃーっ!鬼畜~破廉恥~…」
「…顔も名前も知らない女子にそんなことするわけないでしょ!」
「なんで一年間も同じクラスにいてまだ名前も、顔も覚えてないのよっ!」
だってしょっちゅう休んでたじゃん…とは言わない。
絶対殴られるから…
ガスッ!
「痛ぁ~っ!!今なんで殴られたの!?」
「なんか口答えしたような気がするから」
くそっ、鋭い…
「気のせいだっ!」
「学校では教師が一番偉いんだからいいんだもーん。」
教師にあるまじき発言だ…
「奏みたいなバカになったらどうするんですか!?」
「…うーん…御愁傷様しかなくね?」
「…何も反論出来ない…」
八つ当たりだけど今日の晩飯の奏のおかずは横取りすることに決めた。
「もういじるのも飽きたし、猫舌の私にはちょうどいい具合にコーヒーも冷めたからさっさと教えるね。入院してる病院は芦名総合病院、512号室。ついでに名前は天ヶ瀬渚よ。去年のクラス写真が廊下にはってあるから一応見ておけば?ちゃんと覚えておきなさい。じゃ気をつけて。」
最初から答えて欲しかった…
それに絶対後ろのコーヒーが本音だ…
暇つぶしにいじられるとか屈辱…
「どれどれ…?」
去年のだから…クラスは2ーH。
「あっ、これか?」
女子の中でも背は高めで後ろの列に気の強そうなぽっちゃりした女の子が映っている。
もうちょっとやせれば可愛いんじゃないかなぁ~なんて。
「まぁさっさと行くか…」
PM2:15
「ついたぁ~」
デカい建物だったし、何回か来てるから迷わなかったけど家とは逆方向だから疲れた…
帰りが鬱になる…
「すいません。512号室の天ヶ瀬さんのお見舞いなんですが許可証を発行して貰えますか?」
「はい、ちょっとお待ち下さい………」
なにげなく周りを見渡す。
病室棟までは来たことなかったけど、このロビーもガラスの吹き抜けで開放感ある設計だなぁ~…
「お待たせしました。発行出来ましたよ。お名前、日時を書いて下さい。部屋の前にあるパネルにかざすと鍵が空きますのでそれでなかに入って下さい。面会時間は五時までとなっています。向かって右のエレベーターで五階、右手の通路です。」
「ありがとうございます。」
長い説明だった…だる…
「512、512、512は…」
あった。ここだ…
ついでに名前も確かめる。
[天ヶ瀬 渚]…
間違いないな。
ピッ。
ウィーン。
トビラが開く。
「………………あれ?」
そこには写真で見た人物からは想像できない美少女がベットで横になって寝ていた。
まるで、一枚の絵画の様に整った造形美は僕の背中に鳥肌を立たせた。
彼女の目には涙が浮かび、それは胸で組んだ手と合間って祈りを捧げるかの様な神秘に満ち溢れていた。
そう、僕はこのとき初めて女神を目にしたのだと思う。