華やかな夜会で
見事な満月が空に浮かぶ夜、やたらと広いホールを埋め尽くすような着飾った男女が賑やかに話し込んでいる。
あぁ、早く終わればいいのに、思いながら私は今日もバイオリンを弾いている。
上位貴族である侯爵家お抱えの楽団は、ここ数カ月の間、隔週の頻度で夜会だのパーティだのを繰り返している。
侯爵家の一番上のお嬢様の結婚が決まったの何だのという、いわゆる『偉い人たちの事情』で、この異常なペースでのパーティが続いているという噂だ。
まぁ貴族のお偉いさん達も大変なんだろうが、それに付き合わされる厨房と、そして『毎回違う曲を演奏しろ』なんていう無茶苦茶な指示をこなさないといけない楽団はたまったものじゃない。
通常、夜会だのパーティだの茶会だのはかなり準備を入念にするもので、規模によっては3ヶ月くらいの準備を要するものもある。
当然楽団が演奏する曲も規模に応じて増えたりもするし、何なら新しく作曲しないといけない。
侯爵家では何人かの作曲家を抱え込んで、パトロンになっている。
前回の夜会のあと、作曲家とちょっと飲みに行ったときには『アイツら、音楽はどこかから無限に湧いて出てくると思ってるんだよ』とぼやいていた。
楽団だって当然大変だ。
我々演奏家だって、騎士や魔道士たちと同じように、専門の教育と訓練を受けたプロフェッショナル。違いがあるとすれば、人を傷つけない事と戦場に行かないことだと言われる。
だが、実情は違う。
音楽で人を傷つけることだってあるし、何ならこのパーティホールこそが我々の戦場だ。
誰も聞いちゃいないであろう演奏であっても、下手に耳が肥えた貴族がいたりすると、『あ、あいつ今ミスった』と言わんばかりにニタァと笑顔を向けてきたりするんだ。
それが、侯爵家と仲のよろしくない家柄の人だったりするとさぁ大変。楽団長はあとから侯爵サマからこっぴどく怒られ、我々は楽団長からこっぴどく怒られる。
あぁ、因果な商売選んじゃったな。
今日だってほら、みんな談笑してて音楽なんて誰も聞いちゃいない。
いっそ思い切り明るいバンジョーでも弾いてやろうか、そう思ったときだった。
「侯爵令嬢、お前との婚約を破棄させてもらう! 私は真実の愛に目覚めたのだ!」
とんでもない大声で、とんでもない人物が、とんでもない事を叫ぶ声がホールに響いた。
叫んだのは、我らが侯爵家のお嬢様と婚約したばかり、という噂の第四王子だか第五王子だか、とにかく王子様っぽい男。
バイオリンは一斉に弓を止めたが、空気を読めないフルートの男が『ひょー』という気の抜けた音を出してしまった。
おいおいおい、何だよこれ。
ホールが静まり返り、そして徐々にざわつき始める。
これはアレか、今流行りの『公衆の面前での婚約破棄』か。
最近上演された演劇で話題になったシーンで、『高位貴族の女性と婚約した貴族の若い男が、平民の女を見初めて真実の愛に目覚め、すべてをかなぐり捨てて真実の愛を貫く』というもの。
貴族の世界に身をおくド平民から言わせてもらえば、まぁちゃんちゃらおかしい話だ。現実にはありえない。
貴族同士の結婚なんて、愛情で始まるものじゃない、というのが当たり前のもの。だって政治と外交の手段でしかないのだから。
高貴な家の方々っていうのは、その辺を幼少期から叩き込まれるだろうし、婚約破棄なんてしたら、下手すれば内戦が起きかねない。
そんなバカな事するような貴族はいないだろう、というのが当楽団の中でも笑い話になっていた。
何なら、その演劇のオーケストラピットにいたホルン吹きの女も『吹きながら笑いこらえるのが大変だった』とか言っていた。
でも、貴族のお偉い様方はヒマになると変なものに興味を持つものらしい。
なんと本当に『パーティの席での婚約破棄』が起きてしまったという噂が、音楽関係者の間で囁かれていた。
その場にいた『貴族』には箝口令が敷かれていたらしいけど、我々楽団員は『音楽を奏でる置物』みたいなものだ。誰も気にしていなかったためか、パーティの主催者から箝口令が出なかったそうだ。
『ナントカ伯爵家のご令嬢が使用人と駆け落ちして、辺境伯家の次男との婚約をおおっぴらに破棄したらしいぜ』
という噂は、音楽家の間で一気に広まった。当然ホルン吹きの女も『マジで!? ホントにやったの!? バカじゃないのその女!?』と何故か大喜びだった。
そして今、眼の前でその『マジで? ホントに? バカじゃないの?』とド平民からこき下ろされた事態が、眼の前で起きている。
うわぁ、とんでもない事件の場に居合わせちゃったよ。
王子様はさっきから、準男爵家のご令嬢のご来歴をつらつらとお話されている。
まぁよくある『貴族の男が使用人に産ませた私生児で、巡り巡って貴族の家の子女として戻ってきたが、政略結婚の駒として使われる』という、聞くも涙語るも涙な、演劇で使い古されたストーリーだ。
楽団の誰もが『あぁそれな、知ってる』と頷いている。
「私はこの真実の愛に目覚めた以上、自分の心にウソは付けない。したがって、キミとの婚約は破棄させてもらうぞ」
いやいや王子様、あなたどれだけ世間知らずなんだよ、と思わずツッコミを入れてしまった。
侯爵家と王子様との婚約ともなれば、それはもう王様が決めた『政策』なのに。王子様だろうと勝手に変えて良いものじゃないだろうに。
すぐとなりのヴィオラの男が、私に顔を近づけて耳打ちしてきた。
「なぁ、このパーティ、どうなるんだろうな。俺らもせっかく練習してきたのにな」
「ホントそれな。ま、面白い見世物だと思って拝見しようぜ。お嬢様も気の毒になぁ、やっと婚約決まったのに」
「ま、かえって良かったんじゃね? お嬢様結構優しい人じゃん。あんなバカ王子のとこに嫁がなくて済むし」
私は思わずヴィオラの男と顔を見合わせる。
「だよな? ホントそうだよな。あんなバカ王子にはウチのお嬢様、もったいないよなぁ?」
「だろ? やっぱお前もそう思う?」
「私も私も! 絶対そうよ!」
チェロ弾きの女も加わってきた。
楽団内で実に下世話な話が進んでいることなど、高貴な方々が気に止めるはずもない。
さっきから王子による演説が続いていたが、突然その演説は打ち切られた。
「破棄を受け入れますわ。この場にいらっしゃる皆様が証人です。殿下、やったことにはやったなりの責任が伴いますわ。そのことだけ、覚えておいてくださいませ。それでは、わたくしにもう用はございませんわね。気分が優れませんので失礼させていただきます。皆様、御機嫌よう」
お嬢様は見事なカーテシーを披露して、堂々とホールを後にしていった。
思わず『ブラボー』と叫びそうになってしまったが、我々はただの置物だ。こういう場ではいないも同然。
侯爵家の家宰さんが楽団長になにか耳打ちをすると、第一ヴァイオリンの団長はこちらを振り返り、弓をさっと構える。
我々も気を取り直して、さっと楽器を構え直した。
「6番から順に演奏するぞ。我々は何も見てないし、何も聞いてない。良いな?」
それだけ小声で言うと、いつもの曲を奏で始めた。
今回のショート・ショートは、王道の婚約破棄騒動を周囲の立場から見たものになっています。
が、その「周囲」を、BGMを演奏する楽団員という「庶民から見た婚約破棄」にしてみました。
ファンタジー世界でもはや無くてはならない婚約破棄ですが、別途連載中の長編「光のまほう」では、婚約破棄は出てきませんw
安心して読める異世界ファンタジーラブコメも、是非お楽しみください




