夕焼けのカフェ
[ここは見渡す限り、一面の原っぱ。そこに一軒のカフェがポツンと佇んでいる。その傍に、一人の男がいた。18歳。]
やあ、君も来たんだね。ここから見える夕焼けは世界一綺麗なんだ。
何よ。私はわざわざ仕事を急いで終えてきたんだからね。あなたとは違って忙しいのよ。
ははは。そうさ、僕はただここで歌っているだけさ。
相変わらずお金ないんでしょ。
いや、ポケットの中には……ははは、あんまりないや。でも君と電話できるくらいのお金なら持っているよ。
いつもそうね。明日はそのお金じゃ暮らしていけないでしょ。
いいんだよ。サクセスを夢見ているだけで一日が終わる。ワクワクするだけで僕は満足さ。
ちょっと待って、ポケベルが鳴った。出るね。
……君はいつも忙しそうだね。そんなに急いで生きて楽しいのかい。聞こえないか。僕はもう少し、確かなものを探しているよ。
[男はその場を離れて、カフェに向かって歩き出した。陽気なひとりぼっち。]
僕はいつも夢を見ている。夢を失ったらすべてが終わるような気がして。じゃあまたマスターに夢を語りに行こうかな。
カランコロン。
[店内にはカウンターに初老の男が一人いた。若い娘の写真をまじまじと見つめている]
やあ、マスター。
夕焼けはもう終わったようだね。どうしたんだいスナフキン。
いいこと思いついたんだ。夜更けにこの原っぱで集まって踊る会をしてみてはどうだろう。
踊って何になるんだい。
そこさ。意味がないんだ。でもなにか楽しくなってこないかい。意味がなく集まって踊るんだよ。
スナフキンはいつも心が富んでいるね。
いいや、いつだって満足じゃないよ。
お金がないのにとんだ資産家だ。そういえばあの子は?
これから来ると思うよ。
カランコロン。
ほら来た。
ちょっと、なんで先に行くのよ。わざわざ呼び出しといて。
ははは。
マスター聞いてよ。今日も帰る間近に会社に電話掛けてきたのよ。公衆電話から。
そりゃびっくりするね。
そうよ、急な仕事だったらどうするのよ。残業よ。
ははは。
ここに来るのも飛ばしてきたんだからね。
そのバイク、もうずいぶん馴染んできたね。僕もいつか乗ってみたいよ。
何言ってるのよ。マスター、いつもの。二つね。
ありがとう恵美さん。
どうせお金ないんでしょ。
君に電話をかける分は残しているよ。
ふふふ、君たちが来てくれるからお店が賑やかだよ。
今日も誰も来ないでしょ。
そうだろうねえ。
こらっ。マスター、なんでこのお店やっているの?
そうだねえ。きっと私もスナフキンと一緒で、夢を見ているからだよ。いつか戻ってくるかもしれない娘に、ここにいるよと目印になるように。
じゃあ、将棋でもしようか。
あんたからでいいわよ、『スナフキン』。
▲6八飛
いきなり四間飛車って何やってんの?△3四歩
いいんだ。▲7六歩
変なの。△8四歩
▲2二角成
ちょっと、何やってんのよ。△同銀
▲8八銀
へへっ、将棋は楽しいなあ。いつだって夢を見ていられるんだから。
振り飛車が自分から角交換するなんて……信じられない。
スナフキンは自由だねえ。どうしてそんなことを思いつくんだい?
いっぱい楽しいことを考えているからかな。
まったく、お金ないのに心だけ膨大ね。
瘦せっぽちの心じゃ君を抱けないよ。
……バカね。小説家になれるまで暇じゃないからね。
さて、今日も店が閉まるまで、楽しもうか。ホオーウ、ホオオオオオ。
マスターったら、また歌いだした。
僕も歌おうかな。ホオオオオオ。
ふふっ。永遠は心の中、ってね。
ん?
いま窓の向こうに女性がいた気がするけど……
まあいいか。
[ここは一面の原っぱ。そこに一軒のカフェがポツンと佇んでいる。そこには確かなものをつかむため、夢を見る者達が集まる。]




