独り暮らし
独り暮らし引っ越してきて三ヶ月になる。築30年の古いアパート、2階の角部屋。家賃は安い。駅から徒歩15分で、夜は本当に静かだ。
最初はそれが気に入っていた。でも最近、毎晩同じ時間にノックがするようになった。最初は21時頃。
コンコンコン。
軽い、でもはっきりした三回叩く音。「はい?」と返事しても、誰も答えない。
ドアスコープを覗いても、廊下は真っ暗で誰もいない。
宅配便かと思ってドアを開けたこともあったけど、もちろん誰もいなかった。
「気のせいかな」
そう思って無視するようになった。それから一週間ほど経つと、ノックは少しずつ早くなった。
20時、19時半、19時……。
そしてある夜、18時ちょうどにノックが来た。コンコンコン。その日はバイトが休みで、昼過ぎからずっと部屋にいた。
外に出る用事もなかった。
つまり、ドアの外に誰かが来るはずがない。心臓が少し速くなったけど、また無視した。
コンコンコン。
二回目。コンコンコン。
三回目。四回目からは、間隔が短くなった。
まるで、焦っているみたいに。コンコンコンコンコン!叩く力が強くなっていく。俺はベッドに座ったまま、膝を抱えて動けなくなった。
スマホで時間を確認した。18時12分。ノックは止まなかった。
10分、20分、30分……。ようやく、19時を少し過ぎた頃に、ピタリと止んだ。ホッとして、息を吐いた。でも、その瞬間、背後から小さな声がした。
「……開けて」
声は小さくて、震えていた。
女の子の声だ。振り返った。
部屋の中は俺一人のはずなのに。声は、クローゼットの方向から聞こえた。
「……開けてよ。もう、限界……」
俺は立ち上がれなかった。
足が震えて、動かない。クローゼットの扉は、半開きになっていた。
引っ越してきたときから、ずっと開けっ放しにしていた扉。中は真っ暗で、何も見えない。でも、声は続いた。
「ずっと、待ってたの。ノックしても、開けてくれないから……もう、我慢できない」
俺はようやく声を絞り出した。
「……誰?」
「私だよ。ここに、いるよ」
その瞬間、クローゼットの中から、ゆっくりと手が伸びてきた。
細い、青白い手。
爪が長くて、黒ずんでいる。手は、俺の腕を探るように、ゆっくりと動いた。
「やっと……見つけた」
俺は悲鳴を上げて後ずさった。
でも、背中が壁にぶつかった。
逃げ場がない。手は俺の袖を掴んだ。冷たい。
死ぬほど冷たい。そして、クローゼットの奥から、顔が現れた。それは、俺の顔だった。いや、俺の顔にそっくりな、でも明らかに違う顔。目が落ちくぼんでいて、唇が裂けていて、頰がこけている。でも、間違いなく俺だった。
「……お前、誰だよ」
俺の声が震えた。その「俺」は、ゆっくりと微笑んだ。
「私だよ。ずっと、ここにいたの。お前が来るのを、待ってた」
「は?」
「引っ越してきたときから、ずっと見てた。お前が寝てる間も、起きてる間も。ノックしても、無視するから……仕方なく、待ってたの」
俺は理解できなかった。でも、次の言葉で、全てが繋がった。
「ねえ、もういいよね?私、外に出たいの。お前が、代わりに中に入って」
その瞬間、俺の視界が揺れた。体が、勝手に動いた。いや、動かされた。クローゼットに向かって、ゆっくりと歩いていく。
「待って……やめろ……!」
叫んでも、声が出ない。体は俺の意志とは関係なく、クローゼットの中に入っていった。暗闇。そして、扉が、ゆっくりと閉まった。外から、コンコンコン、というノックが聞こえた。今度は、外から。俺は中で、必死に扉を叩いた。コンコンコン!でも、外からは返事がない。代わりに、俺の声が聞こえた。外から、俺の声で。
「……やっと、出られた」
足音が遠ざかっていく。部屋の明かりがつく音。テレビの音。誰かが、俺の生活を、始めている音。俺は、クローゼットの中で、ただ叩き続けた。
コンコンコン。
コンコンコン。
でも、もう、誰も開けてくれない。
(ここからネタバレなので、読んでから見てね)→ ノックしていたのは「もう一人の自分」ではなく、先に部屋にいた「元の住人」の霊(または存在)。
引っ越してきた主人公が無視し続けたせいで、待ちきれなくなった「元の住人」が、主人公の体を乗っ取って外に出た。
今、部屋で普通に生活しているのは、主人公の体を着た「何か」。
そして本物の主人公は、クローゼットの中に閉じ込められたまま、永遠にノックし続けている。
そんな感じでした
暇が出来たら別の作品で書いてみようかなぁ




