『愛のカタチ』
壊れた兄と兄を壊した兄の親友であった男
それは第三者で見る弟
なぜ兄の親友が恋人として兄を選んだのか
兄さんが壊れてしまった。いや正確には、ずっと前から壊れていた。
ただ、その壊れた心にゆっくりと蝕むような形容しがたい恐怖がまとわりつき、ついに耐えられなくなったのだ。そう他人事のように分析して冷静さを保つ。
今日は一時入院している兄の病室へ向かう日だ。生花は処分が大変だから造花を花束にしてお見舞い品として途中のお店で買った。兄さんの着替えを入れたボストンバッグも持ってきたからとりあえず大丈夫だろう。
今日は荒れていないといいけどなんて考えながら、消毒液の匂いが漂う廊下を歩く。
スライドドアを開く。
来客がいて、その姿を見ただけで自分の顔が歪むのがわかる。
平然を装わなくては。
「来てたんだ。」
「おう……邪魔してるぜ。」
そこには、兄の唯一の友人で……心を壊した一因でもある彼がいた。
兄が寝ているベッドの傍にある椅子に腰掛けていた。
「まだ学校あったんじゃない。僕がこの時間なら君も同じくらいじゃないとおかしいよね。」
「……抜け出してきた。」
「兄さんも聞いたらきっと呆れるよ。」
「そうかもな。」
そうやってどこか切なそうに言う彼に腹が立つ。兄にその選択を選ばざるを得なくしたのは他でもないお前なのに。
「兄さん起きてた?」
「一回起きて、俺の顔見てた。そのまま動きそうにないからやることはある程度済ませたら、また寝た。
水分は取らせといた。」
「ありがとう。荒れてなそうでよかった。」
「あぁそうだな。」
男は先日暴れて怪我した兄の手を優しく撫でていた。包帯の手が痛々しい反面、優しく撫でる男の手つきがあまりにもアンバランスに感じる。
兄の精神は波がある。ほとんどが不安定だが、彼がいると安定するのがムカつく。自分にはできないことだから尚更だ。
「今日はどうするつもり」
「ギリギリまでいる予定だ。」
「そう……」
兄はなぜコイツを選んだんだろう。この男が兄を一番に守ってくれるわけでもない。
兄の友人と兄の確執は詳しく知らない僕にもわかるほどのものだ。でも兄は教えてくれやしない。自分の弱いところは弱みにしかならないと思っているからだ。
だからこそコイツに聞かなければならない。
僕には兄がこうなるまでの間に兄の友人であった男と兄に何があったか分からない。
けれども、この男の兄を見る目が愛おしいものを見る目で見ているあたり、僕の予想する通り。そして兄が心を壊したのも納得がつく。
「ねぇなんで兄さんを選んだの。君なら誰でも選べるじゃないか。」
「誰でも選べるは語弊だろ。
まぁ、俺は誰でもいいけれど、コイツは俺じゃないとダメだった。
寂しがり屋の癖に、人を突き放して一人になりたがる。挙げ句の果てに愛を欲しがっているのに、受け取ることができず拒絶する。
ほんとバカだよ。コイツは……」
「だけど、そんなバカだから好きになった。」
バカなのは君もだよとは言える空気ではなかった。
きっと彼の言葉は今の兄には届かないだろう。愛を欲しがった子供は求めた相手に拒まれた上、壊れた。壊れたことに気づかず、更に自分を追い詰めていって消えるように。
いや、もしかしたら兄は、0にしたかったのかもしれない。
兄は自分は醜く穢れていると言っていた。それは容姿ではなく心なのだろう。
それを壊して0から構築すれば、たとえそれが歪になったとしてもそれでも0から始めれば、まだ彼の隣でいられると思ったのでないか。
結局それは僕の憶測に過ぎない。当の本人には聞けないままだ。
「……君は憎くないの?」
純粋に出た言葉だった。
兄が彼にとった言動では殺したいほど憎んでもおかしくなかった。兄は彼と彼の大切な人を守ろうとして、身体と精神を傷つけてまで、憎まれようとした。
けれどもそれは兄の優しさから得た憎しみ。兄は彼から一生憎まれることで、全てを終わらせようとした。
それを終わらせなかったのが、彼だからこうなった。
彼は長考する間もなく口を開く。
「そりゃあ……憎くて、憎くてしょうがねぇ。」
その言葉の重みは兄にしかわからない。
一見すると、兄を恨んでいるように聞こえるその言葉は、別の響きで僕に届いた。
「でもこれは愛でもあるだろ?
こいつが一番に欲しかったものであるから。
俺はコイツの傍にいてずっと憎んでやらないといけねぇからな。」
この言葉こそ彼の、兄へのストレートな想いなんだ。本当に伝えたい人には届いていないであろう素直な言葉。
この人達は本当に救えない人達だ。
互いに「愛」という名で利用して共依存して生きていこうとしている。目は口ほどに物を言うと言うけれども、今なら本当に砂糖を吐けそうだった。
認めたくはないけれど、今の兄にとっての最善は彼しかいない。
「はぁ……ほんとに兄さんも君もおかしいよ……
僕はついていけない。
ここに着替えとか置いとくから。兄さんのこと頼むよ。」
兄の友人にボストンバッグを押し付ける。
「あと、僕は君のこと認めてないし認める気なんてない……けど、兄さんが幸せになれるなら協力はするつもりだから。」
スライドドアを閉めて、病室から出た。
夜道を歩いていると、電話がかかってきた。
「もしもし?」
『あ!今暇か?』
「うん、ちょうど用事終わったとこだよ。」
『これからみんなで夜ごはん食べに行かないか!?』
「いいね。今、駅付近だから電車乗ったらまた連絡するよ。」
『おう。じゃあまた連絡くれよな。』
「うん、じゃあまた。」
電話を切った。
ホーム画面には家族写真が写り、当分見ることのない兄の笑顔もあった。
夜の街なのにどこか静かさを感じる。それは僕の心境の変化だろうか。
僕には心を壊すほどの愛も、自分が壊した相手への献身も理解できない。
けど、それがきっと彼らの愛の”カタチ”なんだろう。
憎んで相手を殺してやりたいほど憎んでそれで壊れてもそばにいたいと思えるほど愛して……彼らがその選択で幸せになれるのならそれでいいんだと思う。
個の幸せを諦めた兄さんがもう一度笑顔になれるように……
理解はできなくても、そこに確かに在る
それが、「愛のカタチ」なんだと。
「おやすみ 兄さん」
夜風とともに言葉は流れていった。




