46 ゲベッグ領
「二度と来ることはないと思ってたな」
久しぶりのゲベッグ領は寂れていた。
得られるはずだった魔石鉱山からの収入は無く、活気がない。領民達はゲベッグ領の行く末に希望を持てず、不安に思っているのだ。
確かに今の状況では何か災害があったら、かつての状態に陥るだろう。そして今度は魔石鉱山という札が無い。商人からの融資も不可能だ。
俺の努力はいったいなんだったのだとも思うが、少なくとも領民達は重税は課されていないのが救いか。
領都ゲベッグに着いた。ここも以前より人出が減っている。
俺のことを覚えていた領民が居て、「ジョー・ゲベッグ様。戻って来て再びゲベッグ領の面倒を見てください!」と願い出たが、別の男がそいつを殴りつけた。
驚いていると殴りつけた彼は言った。
「あれほど領地のために働いて頂いたのに、ダブル外れスキルホルダーだなどと馬鹿にしたのは誰だ! 俺達が今更戻って欲しいなど言えた義理じゃねえだろうが!」と。そして「申し訳ねえことです」と彼は地に伏して謝った。殴られた方も反省したらしく、同じく俺に伏して謝っている。
今のゲベッグ領の沈滞はゲベッグの行いによるものだ。
あの時の俺はゲベッグ家を出て自由になれることが嬉しかったし、領民達を恨んだことは無い。苦労して行って来たことを統べて無駄にされて落胆はしたけれど。
何より俺は自分の加工と分析を外れスキルだと思はなかった。その証明をライト工房によって果たした。
彼らに「気にするな。もう過ぎたことだ」と言ってその場を後にする。何とかしてやりたいとは思うが、ゲベッグ領のことに俺は手が出せない。複雑な想いをしながら、かつて暮らしたゲベッグ屋敷へ向った。
「これはこれはようこそいらっしゃいました。ジョウ・ライト伯爵」
ゴラン・ゲベッグ子爵が挨拶をする。
無理矢理作った笑顔がひくひくと歪んでいる。嫌々丁寧にしているのが丸わかりだ。
挨拶だけはしなければならない。
「よろしく頼む。ゴラン・ゲベッグ子爵」
こちらの爵位が上だ。
ゴランの笑みがますます歪んだ。
「まあ! えらそうに!」
「後継ぎは僕だぞ!」
ノーラとギーズは相変わらずのようだ。
「これ! お前たちは黙っとれ! ご案内します」
案内されなくても知ってると言いたかったが、言葉を飲み込む。
同行者達と一緒に中に入った。今回はミーミシアさんと護衛が数名。チルノさんと経理や契約部署の所員達も一緒だ。
簡素な食事の後で、さっそくゴランが言い出した。
「ゲベッグ領からライト伯爵領への道には関所がありましてなあ。通行税を頂きます。ぐふふ」
「過去にはそんな関所は無かったはずだが」
「ほら、スタンピードでも起こって、うちの領地のなだれ込んできたら困りますしねえ。警戒のためにも必要だったんです」
ライト男爵領がどのようにして滅んだか知ってるおまえが俺に言うのか。
「ゴラン子爵様。実務担当のチルノです。税はどのように徴収を?」
俺の表情を見てチルノさん口を開いた。
「ああ? こちらを見ろ」
渡された紙を見てチルノさんの顔が眉を顰める。他のメンバーもありえないと首を振っている。
「こんな高額な通行税などありえません! しかも通行料を別に徴収するなんて!」
税は関所を通過する穀物や燃料に対して五割。通行料は通行する一名に対して一万ギル。荷馬車一台に付き三万ギルだ。ぼったくりではあの王都の王立魔術師協会以上だ。
「嫌なら他の道を通ればよろしいでしょう。ぐへへへ」
ゴランがニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。
ノーラとギーズも同様だ。
「わかった」
俺は席を立つ。
「は?」
「わかったと言ったんだ。もう用は無い。見送りは結構、私の方がゲベッグ領のことは良く知っているからな」
俺はメンバーを連れて部屋を出ようとする。
「ま、まて! そんなことを言っていいのか! わしが道を止めれば、おまえの領地はやっていけぬぞ!」
「さっさと謝って、お金を寄越すのよ!」
「そうだ、そうだ、偉そうだぞ!」
ノーラとギーズも盛んにまくしたてる。
「先ほどから伯爵様に対してその物言い。無礼ですぞ!」
連れて来た一人が溜まりかねたように怒鳴りつける。
俺もさっきまで腹を立てていた。ゴランにもノーラにもギーズにも酷い扱いを受けた。俺の努力を無にして、ゲベッグ領も民も不幸なままだ。
そしてゴランはまた金を絞りとろうとしている。ライト伯爵領から金を得たとして、どうするのだ。また自分達が贅沢をするだけだろう。
「ギーズ」
「なんだよ!」
「君は剣士スキル持ちだ」
「そうだ、パパと同じだぞ!」
ギーズは自慢気に言う。
「魔物を倒したり、領民を守るために、そのスキルを役立てたことはあるのか」
「へ? 何言ってんだ。僕は領主の息子だぞ。なんでそんなこと?」
ギーズはきょとんとした目で俺を見ている。
「ノーラもただ無駄に金を使うだけ。ゴランもだ」
「いったい何が言いたいのだ?」
「有用なスキルであっても、役に立つよう使ってこそだ。人がスキルを外れにしてしまうこともある」
「なんだと?!」
「この領地はもはや発展する方法が無い。希望も持てない民ばかりだ。お前はスキルを誰かのために使うことも無く、領民を誰一人として幸せにしていない。お前こそが外れ領主だ」
「おのれ!」
ぶんっと音が鳴った。
「わたち天槍ミーミシアなんだけど、知ってる?」
「ひいいっ」
俺に掴みかかろうとしたゴランが、真青な顔でへたり込んだ。
ミーミシアさんはついに槍が無くても闘気で相手を圧するという達人の域に至っている。
「ゲベッグ領からライト伯爵領への関は、絶対に開かぬからなっ!」
屋敷を出た俺の背に向かってゴランが吼えた。