44 陞爵
「ジョウ・ライトを伯爵に任じ、ライト伯爵領を授ける」
「有難き幸せ」
王宮の謁見室で俺は片膝をついて伯爵への任命を受けた。正式な領地の拝領は三学年が終わり、俺の卒業を待ってのことなので、一年後になっている。
祝福の言葉が述べられる。陛下もゾロク殿下も淡々とした中、デロス第二王子だけが素晴らしく上機嫌に祝いの言葉を述べるので、俺は厚く御礼の言葉を申し上げる。内心ではよくもやってくれたなと思いながら。
陞爵に合わせた土地の下賜は、デロス第二王子の発案だった。
魔道具開発と事業を通しての王国への多大なる貢献によりジョウ・ライトを伯爵とする。かつて領民のために散ったライト男爵夫妻を称え、廃領となったライト男爵領を復活させて広大な土地を付加して、ライト夫妻の息子ジョウを領主と任じる。彼ならばリーゼリンと共に素晴らしい領地開拓経営を行うであろう、と。
陞爵に合わせて俺とリーゼリン殿下の婚約が内定した。ゾロク殿下やケイン殿下はもちろん、国王陛下とゾロク殿下の母である王妃陛下も祝ってくれたが、これもデロス第二王子が強く主張したそうだ。
陛下やゾロク殿下は婚約には賛成だったが、土地の下賜は考えていなかった。王都にレッツ・ライト商社の支店と各部署がある。商売が発展すれば、税収が王宮へ収められる。むしろ領地がない方が都合が良い。
デロス王子は、ゾロク殿下が王位を継承するまでの一連の出来事は、全て俺が関わったことが原因だと思っていて、その報復らしい。
リーゼ殿下と合わせて俺をあの土地に追いやる。だが、表向きは俺の功績への褒美だ。廃領となった土地をその遺児が受け継ぎ復活させるという美談が、既に王国中で噂になっている。
ライト伯爵領への移住希望も既に受け付けが始まっていて、かつての領民も多く応募している。俺の下へ移住応募者の名簿が届き始めた。あの加工スキル持ちの子の一家の名前があった。
ライト男爵領の復領にあたっては隣領になり、寄り親でもあったゲベッグ家へ確認が行われた。王とゾロク殿下がゲベッグに断るよう仕向ける前に、ゲベッグからの快諾がデロス王子によって王宮に届けられていた。
俺にもゴラン・ゲベッグからの書状が、リンザー侯爵家を経由して届いた。
それは色々あったが仲良くやって行こうという書き出しだが、何かと領内が困窮しているので、ぜひとも援助を願いたい。ゲベッグ領の通行許可も関税も優遇しよう。ぜひ、一度ゲベッグ家を訪れて欲しい、とあった。
金の無心をする気なのが、あからさまな内容だ。
伯爵にするのもリーゼ殿下を降嫁させるのも国王とゾロク殿下が考えていたことだが、それをデロス第二王子が復讐として利用したわけだ。
「ジョウ……」
俺とリーゼ殿下は宴の後で、ライト工房に戻った。侍女と護衛の方には隣の部屋に居て貰っている。婚約したばかりでと眉を顰められるのを配慮する余裕も無い。婚約は嬉しいが、二人とも素直に喜べないでいる。それが悲しい。
俺は地図を眺めて解決策を探しているが、険しい山があるのでゲベッグ領への渓谷を抜けるルート以外は道がない。
山々を大きく迂回して王家所有地へ出る道を作るとしたら、巨額の資金をつぎ込んで馬車道を整備しても、それは魔獣の潜む森林沿いの道で一週間ほどかかる道となる。しかも、魔獣に襲われなければ、だ。何か所も停留地や宿泊所を作らなければならない。魔獣から防衛を考えるならばかなり頑丈なものを。
反対側はレッツ共和国との国境であるフローレス川まで荒野が続いている。レッツ・ライト商社があるので、ゲベッグ領よりも遥かにまともに付き合えるが、こちらも道を整備したとしても、馬車で二週間程の距離になるだろうか。
そして、元々王国からレッツ共和国までは主街道があるから、利用はライト伯爵領への輸送だけの赤字路線確定だ。
このままではライト伯爵領は、ゲベッグに領の死生を握られる。レッツ・ライト商社からの収入はあるから暴利を貪られても何とか出来るが、荷止めや人の往来を止められたら、いくら金があっても領地が成り立たない。
移住希望している旧ライト男爵領の領民は、俺が爵位を返上して他国へ逃げないための人質のようなものか。他国へ逃げればリーゼ殿下との婚姻も無くなる。
だが、このまま結婚してもライト伯爵領では苦労が絶えないだろう。魔獣の脅威もある。だから――
「リーゼ殿下」
「お茶を淹れるわね」
リーゼ殿下が魔導コンロに薬缶をかけて、スイッチを入れた。
「聞いてください」
「私もできるようになったのよ。だって、伯爵夫人なら大事なお客人に手ずから淹れることもあるから」
聡い人だから、俺が何を言おうとしているのか、わかっているのだろう。
「リーゼ殿下、聞いて!」
「……ジョウ。家族でしょう。困難な時も、ずっと一緒よね」
「だけど。このままライト伯爵に行っても未来が無いんです」
「いやよ!」
「魔獣のスタンピードで一度滅んだ土地なんだ! 貴女を危険な目に、死なせたりしたくないんだ! 聞き分けて。俺とのことは」
「いや! だって。家族だって、一緒だって言ったじゃない!」
指輪をした手を握りしめるようにして、リーゼ殿下が泣いている。
胸が痛い。
抱き寄せるが、リーゼ殿下は泣きながらずっと首を振っている。
何かないのか。魔道具をたくさん作って、スキル訓練の支援も学校も作って、巨大商社も作って、人々の生活を良くするんだってやって来たのに、俺自身は愛する人を泣かせることしかできないのか。
いや、何とかするんだ。
青く燃え上がる炎のような感覚が湧き上がる。
転じて得たこの生だ。
理不尽に抗わなければ、生きる意味なんて無い。
「ごめん、リーゼ殿下。俺、頑張るよ。ついてきてくれますか」
「もう二度と、諦めるなんて言わない?」
「はい。俺は諦めないよ。君を幸せにする」
「絶対よ。約束の証明に、私をリーゼと呼んで」
「えっ。はい。リーゼ!」
「ジョウ。一緒に考えましょう。私、錬金スキル持ちなのよ。あなたは加工と分析で。二人のスキルがあれば、きっと何とかなるわ。そうでしょ」
「うん。そうだ。ごめん。二人でなら。うん。俺、頑張ります。協力してくれますか」
抗うのも今は一人じゃないんだ。
「はい」
ハンカチで彼女の涙を拭いた。
そうして俺とリーゼ殿下が良い雰囲気になる。
その時、お湯が沸いて薬缶の蓋がカタカタとなった。
「まったく、間の悪い」
「ほんとうだわ」
そう言って二人で笑った。気分が軽くなっていた。
「カップを用意するわ」
お湯が沸いてかたかたと蓋が鳴っている。
「わかりました。俺が煎れましょう」
魔導コンロを止めようとして、何かが気になった。
蒸気で押し上げられた蓋がカタカタと音を立てている。
「ジョウ、どうしたの?」
「すこし、待って」
何かが俺の頭の中で形になりかけている。
分析を使うまでも無い。
熱せられた水が蒸気となっている。
その瞬間、俺の中であるものが形になった。
作れるよな。
原理自体は複雑ではない。
機構の製造は難しいが、工作好きの前世で自作キットを作った記憶がある。
あれがあれば距離なんて。
作成は、俺の加工と。
「リーゼ殿っ。リーゼ! 錬金スキルで作って欲しいものがあります!」
彼女の手を取って叫んだ。
「何か思いついたのね! わかったわ。任せて!」
そうだ。
こうやって愛する人を笑顔にすることが、今の俺にとって魔道具を作る意味だ。