43 ライト工房の庭で
「きれいね」
「はい」
俺とリーゼ殿下は良く晴れた空の下、ライト工房の庭で咲き綻ぶ花々を見ている。
大武道大会も終わり、日常が戻ってきた。
もうすぐ二学年も終わる。
王宮からはゾロク王子が立太子となることが発表された。これでリーゼ殿下もケイン殿下も安心だ。
レッツ・ライト商社はますます大きくなっているが人材も増えた。銀行部門はケイン殿下が、チルノさんの経営管理部も順調だ。スキルの職技能訓練所や学校を卒業して、うちに就職してくれた人達が、学園外に作った各部署で働いてくれている。
魔道具の研究開発は俺が試作して図面を書いて、後は研究所で行う。
俺は趣味的な魔道具作りも行えるようになった。
今日はいつもの常連達は来ず、リーゼ殿下しかいない。新しい侍女と護衛も姿は見えるが、少し離れた場所にいる。
今日がチャンスだ。
リーゼ殿下への気持ちははっきりしているし、リーゼ殿下が俺のことを憎からず思ってくれているのはわかる。
男爵が王女殿下を妻に望むなど許されることではないが、経済的には大貴族も凌ぐ規模だ。ケイン殿下が教えてくれたのだが、王宮内で俺を魔道具の開発や事業の功績などで陞爵させて、リーゼ殿下を降嫁させようという案が出ているそうだ。
男爵から二つ上げて伯爵に。それでも殿下と格は合わないが、王都内の各部署の納税額は増えているから、俺が貴族位を返上してレッツライト商社の本社があるレッツ共和国に行ってしまうのを防ぐという目的もある。
古い体制派の貴族達は反対するだろうが、旗頭であるデロス第二王子の脅威も減った。何より国王陛下が乗り気だという。
ここまでお膳立てしてくれて、びびってどうするんだ。
先日から作っていた魔道具も完成した。
「リーゼリン・ブレイズ王女殿下」
「どうしたの、ジョウ。あらたまって」
リーゼ殿下は微笑んで小さく首をかしげた。
最近はリーゼ殿下と呼んでいたからな。
思えば彼女の第一印象はあまり良くなかった。でも、いつの間にか惹かれていて、どんどん好きになっていった。
俺は花が咲く庭の中で跪いた。
ポケットから小さな箱を取り出して蓋を開ける。
中にあるのは小さな魔石を嵌め込んだ指輪型の魔道具だ。
「私には家族が居ません。貴女を心から愛しています。幸せにします。私と家族になってくれませんか」
「ジョウ……はい」
リーゼ殿下の目にみるみる涙が溜まっていく。彼女の指に指輪をはめると、俺は立ち上がって抱きしめた。
リーゼ殿下から頂いたハンカチで涙を拭くが、彼女は泣きながら笑っている。
「ずっと一緒にいてください」
「ええ。家族になるんだもの」
リーゼ殿下にキスをしようと顔を近づけた時、ケイン殿下が護衛達を引き連れて血相を変えて走って来るのが見えた。
「もう、ケイン兄さま。いったい何事」
リーゼ殿下が不満の声を上げる。
俺も良いところだったのにと、非難の目でケイン殿下を見てしまう。
「ジョウ! 大変だ、まずい、ことに、なった」
ただ事でない雰囲気だ。
「どしたのですか。ケイン殿下」
「君の陞爵に合わせて、領地を下賜されることになった」
領地は無しのままだった筈だが、リーゼ殿下を降嫁させるためだろうか。
当然、自領にレッツ・ライト社の機能を移せば、王都の税収は減る。
「ケイン兄さま、どうして大変なの」
僻地や隣国との紛争地帯などの土地だろうか。
「廃領となっていたライト男爵領を復領させ、加えて隣国までの荒野と未開森林地帯と合わせてライト伯爵領とするそうだ」
頭の中で地図を思い浮かべる。ライト男爵領と未開森林地帯は、ゲベッグ領から山々の細い渓谷を通った向こうにある。
俺はケイン殿下の言わんとすることが解った。
「よかったじゃないジョウ! ライト男爵領が蘇るのね!」
我がことのように喜んでくれるリーゼ殿下。
「リーゼ。ライト伯爵領となる土地は荒野と魔獣が多く潜む森がある。数年は税が免除されても厳しい経営となるが、何より位置が悪い」
下賜されるライト伯爵領はゲベッグ領の向こうに位置する。王国からはゲベッグ領を通らなければ、人の行き来も物量の搬入出もできない場所だ。
ゲベッグが関所を設けて重税をかければ、あるいは通行を止めれば。レッツ・ライト社でいくら設けても、ライト伯爵領の死生をゲベッグに握られてしまう。
普通の領主ならそんな酷いことはしないだろうけど……
俺にはゴラン・ゲベッグの下卑た笑いが聞こえるような気がした。