4 王都ブライトネス
「賑わってるな。さすが王都だ」
俺は街道馬車を乗り継ぎ、王都ブライトネスに来ていた。
所持金は随分減ったが、ここで働いて暮らそうと俺は思っている。
前世の都会には及ばないけれど、ブライトネスは歴史が古く、各国から人や物が集まる都市だ。
まずは魔術師協会に入会だ。
この世界の魔法はかつて魔法系スキルを持つ者が、魔力を使って火や水を出すといった単純なものだった。それを呪文の巻物や魔法陣に落とし込み、複雑にしていって、生まれたのが魔道具だ。今では呪文を唱えて行使する直接魔法よりも、魔道具を研究するのが主流となっている。
魔術師協会に所属して、できれば魔道具製作の仕事を斡旋してもらいたい。
スキルは授かれば自然に使えるが、使いこなすために修練や経験を積まないといけないスキルもある。俺の分析と加工がまさしくそれだ。
外れダブルスキルと言われたが前世からすれば「スキルが使える」ことが奇跡だ。それに、分析と加工は良いスキルだと思う。趣味だったのか様々な工作の記憶がある俺には何とも嬉しいスキルだ。
前世の知識は一般的な教養ではあるが、この世界ではかなり高度な学問にあたる。
これもスキルの効果なのかもしれないが、深く学んでいなかった筈のそれらが旅の間に分析を使うことで鮮明になり、相乗して加工の修練も進んだ。この調子ならば、いい仕事を見つけられるかもしれない。
そんな甘く考えていた時もありました。
数時間後の俺は公園のベンチで、一人黄昏ていた。
「登録料が三〇万ギルに、年会費が七〇万ギル?! それに紹介状ですか?!」
一ギルがだいたい前世の一円くらいの価値だから約一〇〇万円。
高すぎる。ぼったくりじゃないか。
「ふん。ダブルスキルホルダーだというから期待したのに、分析に加工とはね。どうしても我らが王立魔術師協会に所属したいなら、せめてそれくらいは支払ってくれたまえ」
受付の男は、最初は丁寧に迎えてくれた。俺がスキルを二つ持っていると言うと、満面の笑みで褒め称えてくれた。
王立魔術師協会へようこそ、と。
ところがだ。
外れスキルを二つ授かったばかりだとわかると、態度が急変した。
「魔術師ギルド連盟会への登録料は一万ギルで、年会費は三万。紹介状は不要だと……」
登録手続きについては事前に調べてある。
魔術師ギルド連盟会は国際的な組織だ。各国の大小沢山の魔術師ギルドが加盟していて、多少の違いはあれど、規約や料金はほぼ同じ筈なのに。
「我らがブライトネス魔術師協会は、魔術師ギルド連盟会の設立よりも歴史が古い。由緒ある正統な魔術師の集まりなのだ。外れスキル二つ持ったやつなんて……どうしてもというなら、そのくらい用意してきたら考えてやろう」
俺は分析も加工も練度は足りないが、世間で言うほど外れではないと考えている。二つとも有効なスキル足り得ると語ったのだが、馬鹿にされただけった。
「こんなとこ、こっちから願い下げだ。他の魔術師ギルドに行く!」
「あっはっは。他の魔術師ギルドだって、そんなダブル外れスキルホルダーはお断りだろうよ! 王都にはおまえに仕事なんてないね。田舎に帰って風呂焚きでもしてな。ああ、火起しにも使えない外れスキルだったっけ? ぎゃはは」
「チキショー! 果てしなく禿げろ!」
俺は王都魔術師協会を飛び出した。
そのあと俺は普通の魔術師ギルドに行った。
建物も出入りする人も庶民的な感じだ。受付の女性ケイトさんもちゃんと応対してくれた。最初からこっちに来るべきだったか。
俺は魔道具関連の工房に勤めたいという希望を話した。
魔道具は魔法と魔石等で作られる物全般を指す。魔石をはめ込んだ魔剣も冷凍用の貯蔵庫も照明器具もそうだし、ライターの様な着火道具など、様々な物がある。開発者を保護する国際法があるので、当たればでかく稼げる。
魔道具作りを工房で修行させてもらえたら有難い。
しかし、ケイトさんは申し訳なさそうに「分析と加工のスキルでに紹介出来る仕事は、今のところ無い」と言われた。魔道具工房への紹介は錬金のスキルを持っていると即採用だが、加工では不採用になると。どんだけ不遇なんだよ分析と加工。
「何よ! 腕のいい魔術師は居ないのに、威張った貴族ばかりで。それなのに、世間からは歴史と格式とやらで魔術師ギルドよりも上に見られてる。ほんと嫌なやつらだわ!」
俺がここに来た経緯、王立魔術師協会の話をすると、途端にケイトさんはふんすと鼻息荒く怒りを顕にした。そして年会費を半額に負けてくれた。ごめん、俺も男爵位持っているから一応貴族なんだけど……
とにかくお礼を言ってギルドを出た。
そうして今、俺は公園のベンチで一人黄昏れているというわけだ。
魔術師ギルドに登録をして、どこかの工房で働いて、ゆくゆくは独立をと考ていたが甘かった。
ここに来るまで求人募集をしている店を探して歩いた。魔道具工房に限らず何軒かで話を聞いてみたら、「その年齢で住所が無し。スキルは授かったばかり。しかもハズレでは……」と、どこも断られてしまった。
それはそうだよな。
田舎なら皆が知り合い同士だ。俺がこの王都で働くには、有益なスキルか身元を証明する必要がある。身元鑑定の魔道具を使えば男爵と証明されるが、それで何か役職に就けるわけでもない。
計画としては魔術師ギルドに所属して、仕事を斡旋して貰うつもりだったが、分析と加工の評価が低すぎる。
旅の間にいろいろ試したけど、絶対に分析も加工も外れスキルじゃない。俺がその素晴らしさを証明するしかないのか! しかし、そのためには職が……で、堂々巡りだ。
あとは定番の冒険者ギルドに所属して冒険者として稼ぐか。
しかし、貴族の子弟として戦闘訓練は受けていたが得意じゃない。戦闘スキルチートも無い俺が魔物と戦って稼ぐなんて無理だ。
となると。
「第二プランか」
王都で就職が出来なかった場合のことを考えて、多忙な領主代行をこなしながら秘密裏に準備をしていた。
「……とにかく、やるか」
こうしていても仕方ない。
俺はベンチから立ち上がった。
中世風の石造りの街を夕日が照らして美しい黄昏だ。
「あっ。この時間だから。まずは宿探しをしないと!」
もはや景色を楽しむ余裕もなく、俺は魔術師ギルドを目指して足早に歩き出した。仕事を斡旋して貰えなかったので、意味の無い加入料だった。せめて安くて良い宿を紹介してもらわねば!