37 殿下、ミーミシアさんを?!
「こんにちわ、殿下。わたちミーミシア! 将来は騎士団長、今はライト工房の警備部長です!」
「こんな可憐な子が警備部長を?」
「ゾロク先輩殿下。彼女は天槍スキル持ちです。レッツ共和国からの留学生で、現在はライト工房の警備担当をしてもらってます」
「そうか、君が天槍持ちの留学生か」
もちろん事前に調べていたのだろうけど、本人をみればとても天槍スキル持ちにみえないから驚いたようだ。
「将来は騎士団長か。レッツ共和国では幾つかの国に騎士団があるね」
「うん。わたちはドラゴンブレス騎士団の騎士団長になるの!」
「ドラゴンブレス騎士団は歴史ある騎士団ではないか。しかし、あの騎士団の団長は代々貴族の、しかも男子だけではなかったかな」
「うん。だからわたちが最初の女騎士団長になる!」
「それは良いな。豪儀な話だ」
ゾロク殿下とミーミシアさんの会話が続いている。
「どうぞ。ミルクと砂糖はこちらです」
俺は注文のコーヒーをお供の方に毒見してもらってから出した。
「先ほどから良い香りがしていた。いただこう」
「わたちも頂きまーす」
「これは。素晴らしい。ううむ、普段飲んでいるものよりもいいな」
良かった。ゾロク殿下にも好評だ。
「殿下はブラックで飲むの? わたちより大人だ」
「ミーミシア嬢はミルク入りか。それもまたいいね」
「おいしいよ!」
話が弾む二人だがしばらくするとゾロク先輩殿下が帰る時間になった。
とても褒めて頂きまた来るとおっしゃって頂いたが……
二週間たった。
「今日も素晴らしいな」
「うん。このクッキーも美味しいね」
和やかに話すゾロク先輩殿下とミーミシアさん。
殿下は二、三日に一度は来られる。
まさか、殿下はミーミシアさんを?!
「そしたらね、レッドストーンゴーレムが出て来たの!」
「強敵ではないか」
「関節をばきっって、でも、そしたら槍が砕けちゃって」
「おお」
話の内容は和やかでは無かったが、盛り上がっている。
天槍スキル持ちとはいえ、他国からの留学生ミーミシアさんとゾロク先輩殿下では、身分が違いすぎるけど、それにしては仲が良いし……
ケイン殿下もリーゼ殿下も、ゾロク兄上はどういうつもりなのだと測りかねている。
まさか愛妾にするとか。
ミーミシアさんには騎士団長になるという夢がある。たとえ難しくても、ライト工房の従業員、いや友人として協力したい。幸か不幸かレッツライト商社によって、俺はレッツ協和国でかなりの地位と財産を得ている。
なんならドラゴンブレス騎士団を買収、無理なら資本介入してから――
「ジョウ。ちょっと悪い顔してるわよ」
「ジョウくん。業務が増えるようなことはやめてね」
リーゼ殿下とチルノさんに言われてしまった。
「あ、いやその。ミーミシアさんはどうなんだろう。この後は大武道会で優勝してその実績を引っ提げてレッツ共和国に凱旋する予定だったんだろう?」
「うん。ボクもそう聞いてたけど。ミーシャがあんなに男性と仲良くするのって……」
「チルノさん。そういえば、ミーミシアさんは騎士家貴族出身でもないのに、どうして騎士団長になりたいんだろう」
「それは……」
チルノさんが言い淀んだ時だった。
「心配させたようだが、安心してくれ。そういうのではないからな」
「わっ。す、すいません。ゾロク先輩殿下」
離れて話していたが、聞こえていたようだ。
「天槍スキル持ちの彼女に興味があるだけだ。例えそうであっても、ミーミシア嬢は他国の留学生だ。無理な話だよ」
余裕ありげにそう言ったゾロク先輩殿下は、次のミーミシアさんの言葉でコーヒーを吹き出した。
「そうだよ! わたち、弱い人はムリだもん!」
「ごほっ、ごほっ。ミーミシア嬢。弱いというのは私のことかい」
なんとか落ち着いたゾロク先輩殿下は、信じられないと言う顔だ。俺達も驚きに固まっていた。何を言い出すんだよミーミシアさん。
「うん。でも、しょうがないよ。わたち天槍だもん!」
「闘いの力だけが全てではないだろう」
さすがに王族のプライドに障ったか。
どうやって納めようかと思ってたら、さらにミーミシアさんが言った。
「うん。でも、殿下は心も弱いもん!」
「どういうことだ。私のスキルは――」
さすがに顔色を変えて立ち上がるゾロク殿下。
「ゾロク兄上! だめです!」
「ミーシャ。失礼だよ!」
ケイン殿下とチルノさんが双方を止めに入るが。
「ううん。わたちわかる。聞いたもん。殿下は王様になることから逃げてるんでしょ。スキルも心も弱いから、わたちそういう人と恋人になるのは、ムリ!」
ミーミシアさんは容赦なかった。
「私のスキルは天剣だ! それに、逃げているなどと、君に何が解る!」
言っちゃったよ。王子のスキルは秘密なのに。ケイン殿下だって銀行システムの長に就くからと契約してから秘密で教えてくれたくらいだ。
ケイン殿下もリーゼ殿下もチルノさんも唖然としている。
「あなたが天のスキルを持っているのは、わたちわかってたもん! わたち、武人としてそういうのわかる。あなたがわたちよりも弱いのも、お見通しだもん! 天剣スキル持ってて第一王子なのに、王様にならないなんて話にならないもん」
天槍と天剣、互いに武の天位同士だからわかったとか、何か惹かれあったとかなのか。じゃあ、そのまま仲良くしててくださいよ!
「槍と剣とで間合いは槍の方が有利ではあるが、天剣スキルが弱いなど、取り消してくれないか」
何とか落ち着こうとしているのだろうか。ゾロク殿下はゆっくりと言い聞かせるように言った。
「ううん。剣でもわたち、勝てるよ」
ミーミシアさんはもの凄い煽り上手だった。
「ならば私と試合ってもらおう!」
「ダメ、わたち大武道大会があるから忙しいもん」
「なにっ。ならば私も出る!」
「わかった。それなら勝負する!」
「約束だぞ。私が勝ったら、弱いと言う発言を取り消し貰うからな!」
「ゾロク殿下!」
「私は公務がある。タルカ、おまえは残ってミーミシア嬢の出場枠について聞いてから戻れ! 違うブロックから出るためにな。ミーミシア嬢、大会で会おうぞ!」
必死に止めるタルカ様には目もくれず、ゾロク殿下は出て行った。
「ミーシャ。我慢できなかったんだよね」
えらいことになったとケイン殿下とリーゼ殿下とタルカ様も一緒に頭を抱えていると、チルノさんが穏やかに言った。
「うん。チーちゃん。わたち、王族の人に失礼なこと言っちゃった」
「それはミーシャが殿下に思う所があったからなんだよね」
「うん。だけど、みなさん、ごめんなさい」
ミーミシアさんは頭を下げた。
「ミーミシアさん。殿下を弱いと言ったけど。他人の強さとか普段気にしてないよね。どういう理由があったのかな?」
「それは……チーちゃん。お話しておいてくれる?」
俺の問にミーミシアさんはそう答えた。
「いいの?」
「うん。わたちから話さなくてごめんなさい。今日は寮に戻ります」
もう一度、深々と頭をさげるとミーミシアさんも去って行った。
その後チルノさんは「これは本国でよく知られている話ですが」と前置きしてから話し出した。
「ミーシャには婚約者がいたんです。その人はドラゴンブレス騎士団の団長も過去に輩出してきた名門貴族家の三男で騎士でした。少し年上で剣術スキルを持っていて。ミーシャが天槍を得ても二人の仲は良かったんです」
それは中々出来た人ではないか。自分より良いスキルを婚約者が得てしまって、仲がこじれることも聞く話だ。
「でも、その人は魔獣から村を守る騎士団の任務中に亡くなりました。彼の夢がドラゴンブレス騎士団の団長に成る事でした。自分が団長になって騎士団を率いて、多くの人を守ることが彼の夢だったんです」
そんなことがあったのか。
「その人はミーシャにも槍術の教えを受けたり、鍛錬を続けて自分の生まれと騎士としての生き方から逃げませんでした。武門貴族としての責務から逃げず、領民のために戦う。だからミーシャは、ゾロク殿下が天剣を持っているのに。王に成って多くの人を導き守れるのに、と思ったのでしょう」
「それがミーミシアさんが言う。弱さ、か」
ミーミシアさんもゾロク殿下に弱いと言った気持ちがようやくわかった。
「ミーシャが亡き婚約者の思いを継いで騎士団長になるのを応援する人は多くいます。でも、女性騎士団長に反対する者も居て。そこで大武道大会の優勝という実績を求めてボクと同時期に留学となったのです」
チルノさんが話しを終えた。
「私はミーミシアさんを応援するわ」
「リーゼ?! しかし、槍ではなく剣で闘うなんて無茶ではないか」
「いいえケイン兄さま。ミーミシアさんなら女の矜持を見せてくれるはず! 皆さん、ミーミシアさんを応援しましょう!」
「はい、皆で応援だ!」
俺は一もにもなく、応じた。
「……そうだな。ゾロク兄上には悪いが、今回は同じライト工房の仲間であるミーミシアを応援するとしよう」
「ボクはずっとミーシャの応援をするんだ」
「……あの、私はそういうわけには……」
俺達は気勢を上げるが、タルカ様が申し訳無さげに言うのだった。