32 ブレイズ王国の魔術師ギルド
ブレイズ王国の魔術師ギルドには怒号が飛び交っていた。
「おい! いったいどうなっているんだ! 魔道具の製造契約ができなくなるってて、どういうことなんだ!」
「うちはね魔道具関連の資材卸なのよ。製造所が閉鎖なんてされでもしたら、商売が立ち行かないじゃないの! なんとかしてよぉぉぉ」
「契約延長するところも、新規契約のところもあるじゃないか。需要はどんどん伸びているんだ。なぜうちが契約できないんだ!」
「お静かに! 皆さん落ち着てください!」
魔術師ギルド員の受付ケイトは声を張り上げるが、人々の喧騒はまったく収まりそうもない。むしろ新たにギルドにやって来た人たちで、混乱はさらに酷くなっている。
「説明しろってんだ!」
「そうよ、そうよ!」
人々の悲鳴のような声がギルド内にわんわんと響いている。
ライト工房の業務の多くを請け負っていた魔術師ギルドは、大混乱に陥っていた。
ちなみに、商業ギルドでもどうようの事態が起こっている。魔術師ギルドが業務委託をしていたからだ。それくらいしないとライト工房に関する業務は追いつかなかった。
むしろ納税が絡むため、商業ギルドの方が大騒ぎになっているらしい。
うううー。ジョウライト男爵。登録料おまけしてあげたのに。そもそも貴族だったから、割引いらなかったわよね! これまでギルド業務の八割がライト工房関連になるほど、貢献してきたのに。そりゃあ、常に最新の魔道具も提供してくれていたけど、ギルドからのボーナスも一〇倍になったけど。私にも彼氏が出来たけど。
ああ、確かにこうする気持ちもわかるけど!
ケイトが混乱気味に嘆いているこの騒動の原因は、ライト工房がブレイズ王国から撤退してしまったからだ。合わせて魔道具製造に関するライセンスは契約期間が終われば終了し、延長するには別契約とすると通達した。
通達を受けた工場主や関係者は説明を求めてギルドにさっとしたという訳だった。
「だから説明しますから、さっきから静かにと! はい、あちらの掲示板を見てください。ああ、はいはい。要約します。王位を望まれているデロス第二王子様の派閥が、ライト工房員でもあるリーゼリン殿下を学内から誘拐しようとしまして、それは未遂に終わりましたが、それは新興勢力でもあるライト工房と、同工房の後見者的立場であらせられますケイン殿下への圧力でありまして」
「げっ……おい、そんな話。聞かせるなよ!」
突如語られる王家の話に、さっきまで喧々諤々だった人々がしーんとなった。デロス第二殿下の派閥が無茶なことをして、リーゼリン王女とライト工房が被害を受けたらしいというのは噂になっていたが、はっきりとした告知はなされていなかった。
「はいはい。説明しろっていうので説明したので、もう聞かなかったことにできませんからね! デロス第二王子がされたことの結果、ライト工房はレッツ共和国の支店に売却されてしまいました。要は本店はレッツ共和国に行っちゃったってこと! それによってこの王国での魔道具製作やライセンスの契約が、打ち切られたところがあります!」
「酷いじゃねえか!」
「そうだ、そうだ。ライト工房は可哀そうだが、俺達に何の関係があるってんだ!」
「ええーい。だまらっしゃい!」ケイトはカウンターの上によじ登ると言った。「契約が終了したところは、デロス殿下陣営の貴族が関係するところでしょう。ちゃんとわかっているんですからね!」
この言葉に居並ぶ者達は苦虫をかみつぶしたように、黙り込む。末端の孫請けの者には関係の無いが、貴族の意向で職を失うなどはある話だ。
「そうじゃないところは、契約も継続してます! それと職技能訓練所も孤児負傷退役軍人や未亡人、貧民街の整備改善のための事業も、むしろ増えます!」
「なあ、俺達も貴族のやり方に思う所はあるが、なんとか助けてくれよぉ」
「そうだそうだ!」
「はい、だから、こちらが新規の契約条件です。はい、読んで!」
ケイトがばっと紙をばらまく。
「おい、こりゃなんだ?」
「ええ? 新しい契約?」
「ケイトさん! これって本当に可能なのかしら」
新条件にざっと目を通した者達は驚きと困惑の声を上げた。
「大丈夫です! たぶん」
ケイトはカウンターの上にたったまま、大きく胸を張って言った。
「たぶんって困るんだよ!」
ケイトも怒鳴り返した。
「だって、前例が無いんですもの! わかるわけないでしょ! 商業ギルドの法務係でも検討していますが、法律がないので違反ではありませんってことです」
「しかしよぉ。こんなのありなのか?」
皆首をかしげているが、結局その契約を結ぶしかないとわかっていた。
魔道具製造に関する新しい契約は全てレッツ共和国にある「レッツ・ライト商社」と結ぶことになる。
締結の条件として、ライセンス料金などはこれまでとかわらないし、資材の仕入れや輸送などの業者同士の決済は手数料は取るが商社が代行する。手数料はギルドもとっていたが、ライト工房関連で商売をしていた業者が全て纏まることになり、これまでよりも利便性は良くなる。
ただ、今まで各業者が行って来た支払いも含めて全ての支払いはレッツ共和国の会社にて行うため、王都つまりこの国に収めて来た莫大な税収がほぼ無くなる。
「……これは、俺達はこれまでどおりってわけか?」
「しかしよ、王都の税収が減るってのは、結局は俺達市民に回る金が減るんじゃねえのか?」
中にはそれに気が付いた者もいた。治められる金で国の整備や軍事費も賄われているのだ。といっても、ここに集まった彼らにとって、契約が無ければそもそも暮らしが立ち行かない。設備の増設や増員してしまった事業者などもいる。
「そもそもライト工房が無かったころはそれでやってたんだし」
「あ。それもそうだな」
「そうね。それに、前だって何かしてもらってるわけでもなかったわね」
「わっはっは。そりゃそうだな」
「魔道具で生活は便利になってるしなあ」
「要はデロス殿下絡みのところから離れれば良いってことか」
「そんなら、うちは下請けだから。別のところから仕事をなんとか回してもらえばいけるかも」
「ああ。需要はあるんだ。いけそうだな」
「うちんとこは、これまで通り仕事はあるってわけだしよ」
「うん。だったら、これまで通り、後は王様にお任せだな」
「おう、そうしようぜ!」
結局そういうことになった。